徐々に意識が覚醒し、春日はゆっくりと瞼を開けた。天窓から差し込む日差しが強い。どうやらまた昼近くまで眠ってしまったようだ。疲れのせいか時差ボケでもしているのか、ハワイに来てからというもの起床時間が安定しない。寝過ぎた為か、却って身体がだるい。ソファに寝転がったまま春日が腕を頭上に放り出して思い切り伸びをすると、バルコニーへの扉が開いた。
「ああ、ようやくお目覚めですか」
水の入ったペットボトルを持ってハン・ジュンギが屋根裏部屋に入る。纏っているのは異人町に居る時によく見たモッズコートではなく、ラフな黒いTシャツだ。春日は身体を起こすと、まだ見慣れないハンの白い腕を見ながら、差し出された水を受け取った。
「ん、ありがとな」
「いえ」
乾いた喉に水分を流し込む。自分で思っていた以上に脱水気味だったようで、春日がボトルから口を離す頃には中身は半分ほどになっていた。
「...みんなは?」
「今は自由行動しています」
「あ、そうだったな」
昨夜、リボルバーの1階で飲みながら各々の用事や行きたい所を確認すると見事にバラバラだった為、自由時間を設けることにしたのだ。何かあればスマホに連絡が来る事になっている。
「...あれ?あんたは行かなくて良いのか?」
そうなると春日が気になるのは目の前の男だ。本人にとってはただの任務なのかもしれないが、折角ハワイに来たのだ。どこか行きたい所は無いのだろうか。
「春日さんに用がありまして」
「そうか、そんなら待たせちまって悪かったな」
起こしても良かったんだぜ、と春日が笑うと、ハンは苦笑いを浮かべる。
「完全な私用ですから。...それに準備もさせて頂きたかったので」
いつもの得意気な笑みでは無い。不安が入り混じった表情に、春日は心配そうにハンを見つめる。ハンは緊張を和らげるように一度深く呼吸すると、座る春日の前に跪いた。
「春日さん」
整った顔が真っ直ぐに春日に向けられる。
「好きです」
「...え?」
冗談という訳ではないとハンの表情が、姿勢が、言葉が、全てを語っていた。そして、それが単なる友人への親愛ではないことも。
唐突な告白に、春日は視線を彷徨わせる。疑問符が見えそうなほど狼狽える春日を見ながら、ああ、やはり気付いていなかったのか、とハンは苦笑いを浮かべる。
「...本当は墓場まで持っていくつもりでした。もう私のような暗部の人間が、真っ当な道を行く貴方と関わるべきではない、と」
事実、近江連合や青木遼との戦いの後、ハンは春日達と会うことは無くなった。ハン自身もこの想いは諦めるべきだと頭では分かっているつもりだった。だが、監視モニターに映る春日を見る度、目で追ってしまう。目を逸らそうとすれば、監視カメラに気付いた春日がこちらにひらひらと手を振りながら、屈託のない笑みを向けてくる。諦めよう、忘れようとしてはモニター越しに春日を見つめてしまう。その繰り返しで、どうしても春日への想いを捨て切れなかった。
「ですが、また貴方の傍で同じ時を過ごす事で──抑え切れなく、なりました」
こちらの感情になど、気付きもしないで無防備に近付いてくる。会うことも叶わなかった相手が、手を伸ばせば触れられる距離にいる。本来は想いを隠し通して、もう二度と会わない日々に戻るのが正しいのだろう。しかし、無理やり抑圧していた好意は既に止めることが出来ないくらいに溢れ出していた。そもそも自身の本名を教えた時点で、既に取り返しがつかないくらい春日に惹かれていたのだ。今まで堪えていた忍耐力を褒めて欲しいとさえ思う。
「私は、貴方を愛しています」
騒がしく脈打つ胸を片手で押さえながら、ハンは改めて自身の想いを伝える。お伽噺の王子がしそうな告白に耐え切れず春日は手で顔を覆って俯く。指の隙間から覗く頬は既に真っ赤に染まっていた。
実を言えば、ハンが春日に好意を伝えたのはこれが初めてでは無い。まだ共に行動する事が多かった四年前にも、ハンは遠回しに自分の想いを伝え続けていた。傍に居られるうちに気付いてはくれまいかと淡い期待を込めて、伝え方を変えて、何度も。しかし、自分への好意に鈍い春日はまるで察すること無く、今日に至ってしまった。
しばらく思案した後、春日は覚悟を決めて顔を上げる。春日が混乱しながら俯いていた間も、ハンは変わらず跪いたまま真っ直ぐに春日を見つめていた。
「...あの、な。ハン・ジュンギ」
何故、自分なのか。自分の何が良いのか。聞きたいことは山ほどあったが、彼が今聞きたいのは告白に対する返事だろう。春日としては返事すらも考えが纏まっていないが、ありのまま伝える事にした。
「ちょっと、待ってくれねぇかな...?俺、あんたの事は大事な仲間だってずっと思ってたからよ...。こう、告られて...今すげぇ意識しちまってて...どう返事していいか、分かんねぇんだよ」
先ほど水を飲んだばかりだというのに、口の中が酷く乾いている。告白されてようやく恋愛対象として意識し始めた相手に、自分も好きだと返すには無責任に思えた。
「あ!でも別にあんたが嫌だって訳じゃねぇからな!?」
寧ろ嫌いでは無いから返事に困っているのだ。春日の好意は親愛に寄っている。ハンの好意とは種類が違う、今は。
春日の弁明に安心したのか、ハンは普段通りの──いや、普段より砕けた笑顔を見せる。
「では、もっと意識して頂けるように努めますね」
「...へ?いや、それってどういう...」
「これから二人きりで食事でもどうです?」
確かに昼まで寝ていたせいで空腹だったが、異人町でしていた二人飲みとは違う意味であろう誘いに、春日は平常を装いながら尋ねる。
「いや、その言い方だとデートみてぇじゃ...」
「そのつもりで誘っています」
「い、いきなり過ぎねぇ!?」
思わず大声が出て、春日は階段の方に目をやった。一階に聞こえてないだろうか。声が出てから口を手で覆ったところでもう遅いのだが。
「早く貴方からも好きだ、と言われたいんです」
告白されてからずっと困惑したり赤面したりと忙しく表情を変える春日とは対照的に、ハンは爽やかな表情で手のひらを差し出した。ホストクラブで好評を得そうな体勢だと考えていると、手を乗せろと言わんばかりの無言の圧力を向けられる。何で、と尋ねるのも憚られる空気に耐え兼ねて、躊躇いながらも春日は手を重ねた。自分よりも日に焼けた無骨な手をハンは優しく握ると、美しい所作で立ち上がり春日の手を引く。
「...待て待て待て!このまま行く気か!?」
つい、されるがままになっていたが、手を繋いだままの姿をマスターやケイに見られるのは気まずい。逃れるように春日が手を引っ込めるとハンが小さく舌打ちをした。
「失礼、皆さんに見せ付けたかったもので」
「まだ付き合ってねぇだろうが!」
「そうでした。"まだ"お付き合いしていませんね」
わざとらしく強調され、既に陥落しているような発言をした事に気付かされる。まさか、今後はこうして積極的に迫られる事が増えるのかと春日は頭を抱えた。
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