Vの足元で眠っていたシャドウが唐突に顔を上げて事務所の出入口に視線を送る。ぐるる、とVに何かを伝えるように喉を鳴らすと、その姿はVに吸収されるように消えた。それを確認すると、ダンテのデスクで羽繕いをしていたグリフォンは飛び立ち、シャドウと同じようにVの刺青となった。事務所内には階段の手摺に凭れて立つVだけが残される。その直後だった。
荒々しく開け放たれたドアから赤いコートの男と青黒いコートの男が言い争いをしながら入ってきた。この事務所の主とその兄だ。
「おかえり、ダンテ」
他者であれば決して割って入ろうとは思わない小競り合いにも臆することなく、Vは手にしている本を片手で閉じるとダンテに微笑みかけた。端から見れば無視をされたバージルは少しも気にする様子を見せずに奥の部屋に消えていく。恐らくシャワーを浴びにでも行ったのだろう。
小競り合いを打ち切られたダンテは「ん」と適当な返事をしてVの横をすり抜けようとする。が、そうはさせないとばかりにVは銀色の杖で彼の進路を塞いだ。
「…何だよ」
微笑み、と言うには悪どさを感じずにはいられない笑みにダンテは思わず一歩後退りをする。問い掛けはしたものの、Vが何をする気かダンテは分かっていた。今までも何度かされている"あれ"だ。
カラン、と乾いた音と共に杖は投げ捨てられた。刺青に覆われた細い腕がダンテに向かって伸び、そのまま身体を抱き締める。外出から戻って来たダンテに対して、Vが必ずと言っていいほどする行為だった。
細身ながらダンテと変わらぬくらいの背丈を持つVは、大人しく抱き締められているダンテの無防備な首元に顔を擦り寄せた。素肌に触れられた瞬間、ダンテはびくりと身体を強張らせる。Vはそんなダンテの背を、幼子をあやすようにゆっくりと撫でた。
今日は随分長い、と思っていたダンテの心の内を見透かしたようにVが呟いた。
「今日は帰りが遅かったな」
「何だよ、浮気でも疑ってるのか?」
「ああ」
思わぬ肯定の言葉にダンテは思わず目を丸くする。初めて会った時のように冗談だ、と笑うことを期待したがどうやら冗談ではないらしい。
背を撫でる右手はそのままに、Vは左手でダンテの鎖骨上部にそっと触れる。見に覚えのある場所にダンテは更に身体を萎縮させた。
「俺の方が多かったな」
ダンテがバージルと共に依頼を終わらせた時の事だ。集団で襲ってきた悪魔たちを片付け、いつものようにダンテは自分と兄が倒した悪魔の数を比較する。そしてバージルはその発言に直ぐ反論し、小競り合いが始まる。そこまでは普段と変わらなかった。
建築物が少ない郊外、邪魔をする悪魔も巻き込まれそうな人間もいない状況、そして有り余る時間。奇しくも魔界のような環境が整ってしまった依頼場所で双子は互いに刃を向ける。他者から見れば殺し合いだが、当人たちからすればじゃれ合いに過ぎなかった。
魔界から戻って以来の力比べに時間を忘れて没頭していたが、それは悪魔の襲来により打ち切られる形となった。先程の生き残りか激しい力の衝突に惹かれたのか、どちらにせよ双子を敵として見なしていることに変わりはない。現れたエンプーサクイーンは鎌のような両腕を振り上げたが、銃弾と幻影剣が女王の頭部を貫いた為にその腕が振り下ろされることは無かった。
「…そろそろ帰らねぇか?」
予期せぬ邪魔が入ったことにより興が削がれたダンテからの提案にバージルは眉を顰めた。
「勝ち逃げする気か」
双子の闘いは引き分けになることが殆どだった。どちらかが勝ちを先取しては追い付くのを繰り返していたのだが、エンプーサクイーンが横槍を入れた時、丁度ダンテが一勝多く勝ち越している状態だった。
何であろうと弟に負けたくない。そんなバージルの思いがこのまま帰路に着くのを拒んでいた。
「また今度やれば良いだろ」
たまたま勝ち逃げする形になってしまったダンテは己の名を冠した剣を背負い、最早闘う意思などないことを示す。納得出来ないのかバージルは眉間に深く皺を刻み、もう構うものかと背を向けたダンテの胸ぐらを掴んだ。
「何だよ…っ!?」
怪訝そうな表情を浮かべるダンテの首元に突然バージルは噛み付いた。肉食獣が獲物を仕留めるように、バージルの歯はダンテの皮膚を突き破る。そのまま喰い千切りそうな勢いの兄をダンテは何とか引き剥がし、痛む傷口を押さえる。本来であれば即座に塞がるような噛み痕は、治癒阻害の魔力でも捩じ込まれたのか未だに血が流れていた。
「アンタな…!!」
「これで五分五分だ」
そう言ってバージルは満足そうに笑った。
「痛っ…」
流血こそ止まったがハッキリと残された噛み痕にVが爪を立て、ダンテを回想から引き戻す。
「しかし…妬けるな」
「あれもお前だろ」
Vは背中に回していた手を離し、出迎えにしては長過ぎる抱擁から漸く解放されたと思ったダンテの首元に口を寄せた。丁度バージルの付けた噛み痕とは左右対称の場所である。
「おい、V…!?」
ダンテの制止も聞かずにVは首元に口付ける。わざとらしくリップ音を立ててVが唇を離すと、そこには噛み痕に負けず劣らずハッキリとした鬱血痕が残されていた。
「これで五分五分だ」
満足そうなVの笑みはバージルとそっくりだった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.