夜を煌々と黄金色の満月が照らしている。満月の日は人間の引き起こす事件数も増えるらしい。人間でさえあの光に狂わされるのなら、悪魔なら尚更──。と思っているのだが、しっかりと電話線を挿し直した筈の電話機は沈黙を守っている。
手持ち無沙汰なダンテはいつものようにデスクに脚を投げ出して椅子に座っていた。床に煩雑に置かれた書物はあらかた読み終えてしまっているし、机上にある雑誌に至ってはもう少しで暗記出来そうな程だ。
暇潰しにとダンテは素早く、それこそ手品のように手から薔薇を出してみせる。魔力から生み出された赤い薔薇は常人から見れば種も仕掛けもない代物だが、この事務所にはその事に対して驚く人間などいない。ソファに座るバージルも、階段の手摺を背凭れ代わりにして立つVも、事務所に長年放置されていた埃まみれの書物を読み耽っている。勝手に読んでいるというのに、すっかり痛んだ本を開いてはダンテに対して「ちゃんと手入れしておけ」等と小言を言ってくる。
ダンテは先程の薔薇の花弁に触れた。本物のように滑らかで瑞々しい手触りだが、投擲することで小型悪魔を吹き飛ばす強度があるそれは、力を込めて握り締めると硝子のような破砕音を立てて粉々に割れた。
思っていたよりも大きな音に二人の目線がダンテに集まる。ダンテがわざとらしく肩を竦めてみせるとバージルは鼻で笑い、また読書へと戻る。Vもバージルと同じように鼻で笑ったものの「退屈か?」とダンテに歩み寄った。
「ああ、暇で暇で仕方ねぇ」
ダンテに手が届く位置まで近寄ったVは彼の頭を撫でる。Vはこういったダンテへのスキンシップが多い。一方、ダンテは照れのせいか、愛玩動物のような扱いをするなと払い除けることが多かった。
「やめろって、V」
意地悪そうな笑みを浮かべるVの手をいつも通り払い除け、ダンテはそっぽを向いて頬杖をつく。ふと顔を上げたバージルと目が合った。
「…何だよ」
時間にして三秒程、バージルはただじっとダンテを見つめると、また書物に視線を落とす。その口角はVと同じように上がっている。堪えきれないとばかりにVが口元を押さえクックッと笑い始めた。状況が理解出来ていないのはダンテ一人である。
「おい、お前ら何なんだよ」
返事の代わりに聞こえたのは事務所入口の開閉音である。相変わらずノックなどせずに入ってきたのは、デスクに置かれた写真の人物によく似た金髪の美女と、黒髪のこれまた美女だ。
「お邪魔するわよ」
「ダンテ、仕事よ」
いつの間に仲良くなったのかcrazy bitches…もといトリッシュとレディは近頃二人で行動することが増えた。それに伴い仕事の仲介料も、だ。魔界で兄弟喧嘩を続けている間の事務所の維持に力を貸してくれたのは感謝してるが、それ以上の借りを作ってしまったのは失敗だと思っている。
「…場所は?」
乗り気でない事を隠しきれていない声で訊きながら、彼女たちと目が合わないことに気付く。いや、此方側を見てはいるのだが、きょとんとした顔で立ち尽くしている。かと思うと二人は文字通り腹を抱えて笑い始めた。
「何だよさっきから!!」
先程の兄たちからされたのと重なる事態にダンテは思わず声を荒げる。するとトリッシュが笑いすぎてぷるぷると震える指でダンテの米神の上辺りを指し示した。丁度、彼女たちが先程目を釘付けにしていた辺りである。
ゴミでも付いてたかとダンテは視界に入りきらないその場所を手で探ると、滑らかで瑞々しい"何か"に触れた。
「…まさか」
どういう仕組みか、頭にくっついていた物の正体は花径五センチ程の二輪の薔薇だ。深い青と紫、誰かさんたちを連想させる色に今までの不可解なことにも合点がいく。しかし、直接頭に触れていたVはともかく、離れた位置に座っていたバージルが触れもせずにこんな造形のものを作り出すことが出来るとは、格の差を見せられたようで少し悔しくなる。
昔から兄は幻影剣を作り出したりと、魔力の扱いに長けていたし、それについては自分と差があるとは思っていた。だが、こちらも魔具無しで似たようなことが出来るようになったというのに、とダンテは小さく舌打ちをした。対するバージルはそんなダンテの思いを見越してか、愉悦に浸っているような笑みを浮かべる。
「お前らな…」
兄弟喧嘩の気配を察したレディとトリッシュは即座に、しかし慌てる素振りは微塵もなくダンテと兄たちの間に割って入る。喧嘩が始まってしまえば元も子もない、と彼女たちはダンテを連れ出した。その際にトリッシュはこっそり例の二輪の薔薇を持ち去る。
「お前ら後で覚えておけよ!!」
振り向きざま、兄たちに向けて叫ぶダンテの頭には、トリッシュによってまた薔薇が飾られていた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.