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千代里
2024-11-05 12:59:17
15073文字
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リーブラ14話
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リーブラの針は問う・14話・その8
頭の下から響くがたがたという音。おまけに不規則に来訪する振動に、オデットは快適とは言い難い目覚めを迎える。
横たわっている体は分厚い毛布に包まれているように暖かだが、いかんせん振動がもたらす不愉快さまでは消し切れない。それに寝台のような敷布団の上にいるわけでもないらしく、体のあちこちが痛い。
頭は柔らかいものに載せられているようだが、ガタンという音と共に一際大きく体が跳ねたせいで、思わず舌を噛みそうになった。
「あう」
呻き声をあげると、枕がわりにしていた何かがもぞもぞと動く。一体自分は何を枕にしているのやら。うう、と声にならない声を漏らしていると、
「オデット。起きたのか」
頭上から降ってきた声
――
耳馴染みのあるノエのそれに、オデットはゆっくりと自分の状態を把握し始める。
そもそも、自分はなぜこんなにもガタガタと揺れる場所で寝ているのか。外気に触れる肌は冷たさを訴えているので、外にいるのだろうとはわかる。
(わたし
……
たしか、怪我をしていた人の治療をしていて
……
最後に入った部屋にいた方の治療を終えて、それで
……
)
思い出せたのはそこまでだった。そこから、記憶がぶつりと途切れている。
ありがとうございました、と頭を下げるエレゼン族の男性に、大事なくてよかったですとこちらも頭を下げ
――
その後、頭を上げた記憶がどこにもない。下を向いた時に目に入った、床板の木目。くらりと揺れる視界の後の光景はどれだけ頑張っても思い出せなかった。暗転した記憶の続きが、今のこの状況である。
(あのまま、気を失ってしまったのでしょうか
……
)
事実、横になっているというのに体は妙に気だるく、指先一つ動かすのすら億劫だ。
だが、気絶して安静にしているという割には妙に寒い。先ほどから響く振動といい、上から降ってくるノエの声といい、これはもしかして。
「兄さん、わたし
……
」
慌てて飛び起きようとしたのに、体がちっとも言うことを聞いてくれない。全身に錘をつけたどころではない。まるで、自分の腹の中にすら錘があるのではないかと思うほどだ。
結局オデットは起き上がるのを諦めて、頭を預けたまま、
「もしかして、わたし、兄さんの膝を枕にしているんじゃ
……
」
「頭をぶつけると良くないからね。それに、頭を下にするよりは上にしておいたほうが気分も楽だろうから」
「頭をぶつける
……
?」
「移動中なんだよ。車輪の音がうるさいようなら、耳栓を用意しようか」
やはり自分はノエの膝を枕に眠っていたらしい。それに羞恥を覚えたが、それと同じくらい、ノエが説明している現在の状況も気になった。
話している間にも、もう一度ガタンと大きく体が揺れる。一定のリズムで体に響く振動。ノエの言うように、車輪が雪を蹴立てて進む音には覚えがある。
「わたし、もしかしてチョコボ車に乗っているんでしょうか」
「そうだよ。オデットは、自分が倒れるのことをどこまで覚えている?」
ノエから質問されて、オデットは先ほど思い出した内容を繰り返す。ノエはオデットの説明を全て聞き終えてから、
「僕たちが魔物の討伐を終えて戻ってきたら、オデットは宿の部屋を借りて眠っていたんだ。ゲルダさんが、オデットが急に気を失ってしまったから寝かせておいたって教えてくれてね」
やはり、自分は怪我人を治しきった時点で限界を迎えて倒れてしまったらしい。その割に体が痛む様子はないのは、ゲルダがオデットが体を打たないように、また支えてくれたからだろう。
「ゲルダさん、きっと驚いてましたよね
……
」
「僕が出会ったときは、特に動揺はしていないようだったよ。それよりも、宿の人の方が申し訳なさそうにしていたかな」
以前もそうだったが、ゲルダはオデットと同い年くらいに見えるというのに、緊急時における動揺が少なく見えた。彼女を保護した時も、雪崩を前にして何をするべきかすぐに判断していた。
一方で冷静な判断力を見せる人間につきものの打算や抜け目のなさといえるものは薄く、よく言えば超然としているが、悪く言えばどこかぼんやりしているように見える。本人なりに考えがあって異端者の集団から抜け出すなど、ただぼんやりと生きているだけには思えないのだが。
「僕たちの方も、無傷というわけにはいかなくてね。怪我はさほどなかったんだが、ルーシャンさんが魔物の討伐の際にひどく消耗してしまっていたんだ」
「えっ。消耗、ですか?」
「うん。相手が周囲の環境に影響を及ぼす魔物だったんだ。その影響を中和するために、ルーシャンさんも同じような環境に影響する大規模の魔法を使ってくれた。でも相当無理をしたみたいで、今も休んでいる」
言われて、オデットは横たわったまま、周囲の様子を探る。
どうやら、一行はチョコボ車といっても、以前にノエの父が用意してくれた座席のある屋根付き客車ではなく、文字通り荷台の片隅に空間を作って相乗りさせてもらっている状況のようだ。雪が降り込む様子はないものの、冷気は遠慮なくオデットの肌を撫でるのは、荷車を覆っている屋根が幌かそれに類した簡素なものだからだろう。
座席がない分、オデットの目から見ても人影がはっきりと確認できる。ヤルマルやオランローの特徴的な影は、すぐに見つかった。そしてオデットと同じように横たわる男の影も。
「ルーシャンさんは、大丈夫なのですか」
「さっきも言ったように、怪我はしていないよ。二人とも、魔法を使いすぎて体の中にあるエーテルが足りなくなっているだけだった」
それならば、安静にしてエーテル回復用の錬金薬を飲ませれば直に回復する。以前、ヤルマルが昏倒したときも五日もすれば動き回れる程度には回復した。
だが、問題はまだあった。
「ただ、肝心の錬金薬の持ち合わせが、僕らも心もとなくてね。おまけに、街道で足止めされていた商人の方々に問い合わせても、皆持ち合わせがないって言われてしまって
……
」
「それで、動けないあんたとルーシャンを連れて、迅速に次の街に向かうために、一番広い荷台を持つ行商人に頼んで、相乗りさせてもらうことにしたんだ。チョコボについては、次の街まで連れてくるように、宿の連中に約束させた」
話に入ってきたのは、オランローの声だった。揺れの理由も、自分が横たわっている経緯もこれでようやく理解できた。
「オデット、気分の方はどうだろうか。ゲルダさんが、体を打つ前に受け止めてたから、体は打っていないはずだと言っていたけれど」
「それは
……
大丈夫です。ゲルダさんにも、ありがとうと言っておいてください」
「うん、ちゃんと聞こえてるよ。オデットが無事でよかった」
ひょい、とオデットの視界に飛び込んできた少女は、目元を細めて笑顔を見せている。どこかぎこちなさの残る笑顔に見えたのは、まだオデットたち一行との交流に慣れていないせいか。オデットが淡い笑みを返すと、彼女もそれにつられるように強張りを解いたようだった。
「ルーシャンさんの消耗の状態は、わたしより酷いのですか」
横たわっている状態なので、オデットからはルーシャンの様子ははっきりとは見えない。あの饒舌な彼のお喋りが一言も聞こえてこないのは、嫌な想像を膨らませてしまう。
そんなオデットの憂慮を察したのか、
「安心してくれー
……
ちょっと、年甲斐もなく、無茶しただけだからよ」
チョコボ車の移動音にかき消されそうな細い声が、オデットの耳に届いた。
よほど気だるいのか、倦怠感が見て取れるような声だ。だが、声を発する程度には彼も回復しているらしい。
「これでも、一応エーテル回復用の錬金薬は少し飲んだんだけどな
……
」
「ルーシャンのような熟練の魔道士にはわざわざ言うまでもないと思うけれど、あの手の薬は、空っぽになった体に即座に魔力を戻す薬じゃないんだよ。本来なら、じわじわと自然回復していくエーテルを、いつもより少し早く回復できるように手助けするだけだ」
「それって、つまり薬を飲んでもすぐに元気になるわけじゃないってこと?」
「そうだよ、ゲルダ。他の錬金薬だってそうさ。元々元気な体ならともかく、病で弱った体や、今のようにエーテルが枯渇した状態の体では、効果が出るまでに時間がかかる。十を二十にするのは得意な薬でも、ゼロを一にするのは苦手ってことさ」
「じゃあ、オデットもルーシャンも、今はゼロってことなんだね」
ヤルマルのごもっともな解説と、ゲルダのストレートな状況整理の言葉を聞き、ルーシャンは「うぐぅ」と呻いたまま反応しなくなった。正論をぶつけられて、ぐうの音も出なくなったようだ。
「ノエ。オデットの意識が戻ったのなら、残りの薬を飲んでもらう?」
「いえ
……
街に着いたら、錬金薬を扱っているお店もありますよね。そこで買い直してからで、大丈夫です」
サルヒからの申し出を、オデットは小さく首を横に振って断る。
チョコボ車は今のところ順調に進んでいるが、いつなんどき魔物に襲われるかわからない。有事を考慮して、薬は戦える力が残っているノエたちのために残しておきたかった。
「安心するといいよ、旅人さんたち。『シュガーグレイヴ』には、少し前から腕利きの錬金術師さんが引っ越してきて、俺もいくらか卸してもらっているんだ」
「へえ、そうなのかい。どこかの著名な工房の出身とか?」
ヤルマルが興味本位で行商人に問いかける。
エオルゼア地方では、錬金術師の後ろ盾となるのは工房の著名度だ。特に、ウルダハという都市にある、エオルゼアでは最大規模の錬金術師ギルドや薬学院の出身となれば、皆が一目置く。しかし、イシュガルドでは、今の所そのような大規模なギルドの名は耳にしていない。
「その方は、昔は神殿騎士団に所属して、薬を作っていたんだそうだ。今は引退したそうだが、錬金術師としての腕に衰えはないそうだよ」
御者台から聞こえてきたのは、どこか誇らしげな声だった。神殿騎士団といえば、イシュガルドでは唯一といっていい公的な武力組織だ。竜と日夜戦うための人々に協力してきたという功績は、エオルゼア地方とは異なる大きな後ろ盾になっているらしい。
錬金術師を気にかけていたヤルマルとは異なり、ノエは別の部分が気に掛かっていた。
「シュガーグレイヴ、というのは街の名前でしょうか」
「ああ、そうさ。焼き菓子に溶かした砂糖をかける技法を、シュガーグレイズっていうだろう。そんでもあって、あの街は黒い岩がよく取れて、街並みも石造りなものが多い。だから
――
」
「岩の上に
……
砂糖をかけたような街。それをもじって、シュガーグレイヴ(岩の砂糖がけ)
……
だろ」
「そうさ。よく知っているねえ、そっちの旅人さんは!」
街の名前の由来を言い当てたのは、ルーシャンだった。いまだ寝込んだままであるというのに、彼はそれだけは自分が伝えねばとでも言うかのように、街の名前を口にしていた。
「サルヒさん、以前にその街を訪れたことがあるのですか?」
ルーシャンは依然として会話も辛そうだったので、ノエはルーシャンの従者でもあったサルヒに質問をした。
サルヒは瞼を軽く伏せて、しばらく考え込むようなそぶりを見せた後、
「
……
昔、この辺りに滞在していた時期があったから。でも、随分と前の話。第七霊災よりもさらに前だから、今がどうなっているかは分からない」
「この辺りも、随分と地形が変わってしまったのでしょうね。街が残っていただけでも僥倖、と思うべきなのでしょうか」
ノエがぽつりとそう漏らしているのを聞いて、オデットも思い出す。
ゲルダと合流してすぐの頃に滞在した廃村。竜か魔物の襲撃を受けて壊滅したらしき姿は、村のかつての姿を知らないオデットであっても、胸が痛むような光景だった。
そして、建物の跡地に佇むルーシャンは、どこか遠くを見ているようだった。あれは、かつてこの近辺に滞在していた頃に目にしていた、平和だった頃の村の情景を思い出していたのかもしれない。
(この国では、いつも誰かがどこかで悲しんでいる
……
。そんな風に、思えてしまいます)
ノエは、オデットが記憶を取り戻して旅に一区切りしたら、イシュガルドに残ると話していた。彼は自分のできる限りのことをしたいと、その決意を語っていた。
(でも、そうしたら、兄さんもこの国の悲しみの渦に取り込まれてしまうのではないでしょうか
……
)
再び押し寄せてきた疲れもあってか、オデットの頭に浮かんだ考えは悪い方向にばかり傾いていく。取り留めもない思考が好き勝手に散らばり、眠気に押し負けて言葉すら定かにならない。
一度覚醒した意識すら、ふわふわと形を留めずに曖昧に揺れている。不愉快だと思っていた振動も、こうなっては赤子をあやす母の腕のようだ。
「オデット、もう少し眠っているといい。ついたら、すぐに宿のベッドで休ませるから」
オデットが一番安心できる人の声が、オデットの意識をゆっくりと眠りの海に連れていく。暖かく大きな手の感触を頭で感じながら、オデットは再び意識を手放した。
***
街を守る、堅牢な灰色の城壁を目にしてから、さらに十五分ほど経ったころ。ノエは目的地である街
――
『シュガーグレイヴ』にたどり着いた。城壁の大きさは、ノエたちが以前滞在していたベルナールの街と同等ではあるが、ここは領主が滞在している街ではない。それを思えば、領地内にある一都市に過ぎないこの街にこの規模の城壁があるのは、かなり異例のことだろう。
「大きな街だね。遠くから見たときはそうでもなかったけれど、領主もいない街にしては、ずいぶんな規模だ」
「領地においては、まだ辺境に属する部分だと思っていたが
……
」
オランローが地図を広げ、自分たちの前に聳え立つ城壁を見上げる。彼らの言う通り、領主の膝下ではないにしては、堅牢な城壁がよく目立つ。その終わりは入り口から確認することもできず、今まで何度か目にした砦や、その付近に作られた小さな町とは規模が違うことを示している。
「
……
ここは、元は辺境じゃないからな」
「おや、ルーシャン。そうなのかい」
「ああ、いや
……
推測だよ。寒冷化のせいで、領地の線も引き直されたんだろ」
いまだ倦怠感の強いルーシャンの声は、オデットが一度目を覚ましたときよりは多少しっかりしていた。
それもそのはず、朝に出立したというのに、入り口前に到着した現在は既に日が傾き始めている。それだけの期間、体を休めていれば、多少は体内のエーテルも回復する。
それでもオデットもルーシャンも体を起こせていないのは、彼らが全快に程遠いことを示していた。
幸いなことに検問を待つ列もなく、ノエたちのチョコボ車はすんなりと城壁の通用門の前に到着できた。あとは、街を守る騎兵たちに荷物の検査をしてもらい、中に入れてもらうだけである。
「オデット。もう少しで宿に到着するからね」
いまだ、ノエの膝を借りたまま微睡んでいるオデットを安心させようと、ノエはそっと声をかける。
御者台と荷台を分けていた布が退けられ、見覚えのある様式の鎧を纏ったエレゼン族の兵士が荷台に姿を見せた。貴族の紋章を押し出した鎧ではないので、ここに配属されているのは土地を管理している貴族の私兵ではなく、イシュガルド正教会が管理する神殿騎士団の者のようだ。
「運んできたのは、薬品と保存食だったな」
「はい、そうです。騎士様」
「それで、そちらの者が同行した旅人か」
「おっしゃる通りで。病人がいるから先を急いでいるということでしたので、ここまで一緒にきたんですよ。街の宿に泊まる予定だそうです」
「承知した。おい、そこのお前。今の発言の記述をしっかり取っておけよ」
短いやり取りを御者台の商人と交わしてから、騎士は外にいる兵士に先だってのやり取りを伝える。その後、彼は御者台に載せられた荷物の蓋を開け、一つ一つ検分を開始していく。
異端者の証でもある竜の血が荷物に紛れていないか、異端者そのものが紛れ込んでいないか、輸送が厳格に管理されている希少な鉱石や薬草などが不正に混じっていないか
――
検分する要項は多いと行商人から聞いていたので、ノエたちは荷台の隅に身を寄せて、それが終わるのを待っていた。
積み込んでいた木箱の中身を一通り検めてから、兵士がノエたちを見やる。
「お前たちが、御者が話していた同乗していた旅人とやらか」
「はい、そうです」
「街に滞在するつもりだと聞いている。間違いないか」
騎士は、御者と旅人たちの言い分に食い違いがないか、確認するために質問を続ける。ノエが間違いないと頷くと、
「なら、貴様らにも街の滞在費を払ってもらおう。街に滞在する以上、貴様らには支払う義務が発生する」
「
……
滞在費? 宿の代金をここで払うんですか」
「違う。街の利用費と言い換えてもいい」
聞いたことのない単語に、ノエは眉を寄せる。今までいくつかの町や村に滞在したことはあったが、宿以外で宿泊費を支払った覚えはない。まして、街を『利用する』費用など初耳だ。
「理解が遅いやつだな。貴様らは、この街に滞在する。それはすなわち、我々神殿騎士団の設備によって守られることを指す。その使用料を払う必要があるのは当然だと言っているのだ」
「そうなのかい。以前行った街では、そのような話はなかったけどなあ」
「嫌だというのなら、貴様らをこの街の利用は許可できない。他の村でも町でも探すがいい」
横暴とも言える物言いに、他の街の話題を出したヤルマルはしかめ面になり、ノエに目線で問いかける。
ノエはイシュガルドの体制について、さほど詳しいわけではない。まして、ここはノエの父が治めている領地でもない。場所が変われば、街の体制にも変化があるのかもしれないと、ノエもひとまず己を納得させる。
「では、その滞在費はいくらぐらいになるのでしょうか」
「子供二人に、大人五人か。
……
なら、この額だな」
男が口にした金額を聞いて、ノエは思わず眉を吊り上げた。それは、七人が一ヶ月の間、大きな宿に泊まることが可能なほどの大金だった。
「おいおい、冗談を言わないでもらえるかな。街道の一般的な通行料の相場から見ても、十倍は盛った額だ。そんな額、ボクらのようなただの旅人に払えると思っているのかい」
「旅人というわりには、貴様らは随分と装備も整っているようだな。ならば、その装備のいくらかを売れば、金を用意することも可能だろう。何なら、我々に提供してくれてもいいのだぞ」
最初こそ、街に入る以上は神殿騎士団の守護下に置かれることになるのだから、と考えていたノエも、この発言には顔を顰めるしかなかった。
ちらりと御者台の方にいる商人を見やると、彼は申し訳なさそうに眉を下げて、首をゆっくり横に振っている。どこか諦めた様子なのは、うっすらこのような状況を予想していたからか。
(このやり取りは、今に始まったことじゃない
……
ってわけか)
ノエたちがが一般的な旅人
――
たとえば巡礼の旅に出ている司祭や、あるいは諸般の事情で旅をしている民間人などだったら、彼もここまで横暴な突っかかり方はしなかったはずだ。
だが、ノエたちは冒険者として身なりを整え、武具の手入れもしている。つまり、金銭的に余裕があり、ふっかけられるカモだと判断されたのだろう。
「嫌だというつもりか? 先ほど聞いた話では、そちらは病人がいるという話だったらしいが、この寒空の下では病状が悪化するかもしれないぞ」
「それは脅しのつもりか。神殿騎士団が聞いて呆れるな」
オランローが吐き捨てるようにそう言う。すると、騎士はじろりとそちらを見やり、
「
……
貴様、先ほどからずっとフードをかぶって顔を隠しているな。そちらの女もだ。それを下ろして顔を見せてみろ。我々には、指名手配されている異端者が街に入り込まないか、確認する義務がある」
「
…………
」
ここで押し問答をしていては、無駄に兵士の敵意を煽るだけになってしまうだけだ。
オランロー、そしてサルヒは彼に言われるがままに、深くかぶっていた外套のフードを下ろし、その顔を兵士の前に晒す。
なるべく敵意を煽らないように、できる限りゆっくりとした挙措を心がけたが、それは無駄に終わった。二人の顔
――
特にアウラ族の特徴でもある黒い角と肌を這う爬虫類の鱗に似たそれを見た瞬間、兵士は短く息を飲み、
「その竜に似た姿、貴様ら、もしや異端者か!! 竜の血を飲んだ不埒ものが、よくも堂々と姿を見せられたものだな!!」
兵士の怒号が響き、にわかに周囲が騒がしくなる。荷台のやり取りを見守っていた兵士たちが一斉に武器を抜く音が響く。どたどたと響く足音は、荷台を包囲したものか。
御者台にいた商人は、周囲の兵士に事情を説明しようと声を張り上げているが、まるで聞く耳を持っていないようだった。
商人には既にオランローとサルヒのことについて、説明は済ませている。以前、アウラ族の旅人を見たことがある彼はすんなりと受け入れてくれたが、万事そのように上手くいく保証はない。それが、今の状況だ。
ばさりと幌が取り払われたおかげで、周囲の状況がよりはっきりとわかる。ノエの嫌な予想はあたり、周囲の兵士たちは得物である槍を抜いて、一斉に荷台にいる面々に突きつけていた。
「ヤルマルさん、オデットをお願いします。ここは僕が、なんとかします」
殺気立つ彼らを刺激しないように、ノエはオデットをヤルマルに託すと、ゆっくりと立ち上がる。最初に荷台に乗ってきた兵士が構える槍の切先が、ノエの頬を掠める。す、と走る赤い筋も厭わずに、最初にノエたちに声をかけた騎兵の眼前に立つと、
「僕らは、ラペイレット家の当主より他領の来訪について許可を貰った旅人です。こちらが、その証拠である指輪です」
できることなら、使いたくなかったが
――
と心の隅で呟きつつ、ノエは手袋を外し、小指にはめていた指輪を突きつける。
それが、貴族の当主または長子が受け継ぐ印章の入った指輪であることは、イシュガルド正教の傘下にある神殿騎士団に属する者ならすぐに分かるだろう。
「彼らの姿を隠していた件については謝罪します。彼らはアウラ族です。イシュガルドでは見かけない種族の者です。その姿が邪竜を彷彿させて、今のように皆さんの不安を煽り立てるため、普段は姿を潜ませてもらっていたのです」
「
……
だが、貴様らは滞在費の支払いを渋った。それは、異端者の敵である我々に支援をしたくなかったからではあるまいか」
「単なる旅人なら、支払いができないなどと言えないはずだ!」
「そんないい防具や武具で着飾って、王様にでもなったつもりなのかねえ」
ノエは筋道立てて説明をしたつもりだったが、今度は先だっての態度を持ち出されてしまう。兵士が放った言葉に煽られて、周りから野次まで飛んでくる。彼らから向けられた悪意にノエは唇を噛んだ。
(
……
僕らは旅人だ。イシュガルドという国に属しているとは言い切れない姿をしている者もいる。イシュガルドには、冒険者ギルドのような組織もない。僕らの身分を保証するのは、父さんが使う許可をだしてくれた、この指輪だけだ)
見慣れない種族に、見慣れない装い。おまけに、竜に似た姿をした者もいる。
彼らにとってノエたちは外様の存在であり、だからこそ搾取しても構わない対象と見做されているのだろう。
それは、ゲルダが属していた異端者たちも嫌っていた、富める者や権力を持つ者が振りかざす悪意そのものだった。
「やはり、異端者の仲間じゃないのか? さっさと吊し上げちまえば、こいつらも白状するだろうよ」
一番最悪の可能性を言葉にしたヤジが飛んでくる。それだけは避けなければならないと、ノエが口を開きかけ、
「
……
異端審問に、かけるっていうのか? 仮にも、貴族の印章を持って身分を保証されてる
……
って主張しているやつを?」
すぐに言葉が出てこなかったノエに助け舟を出したのは、枯れ草のように乾いた声だった。
「旦那様、無理は」
「こんな無茶苦茶な話聞いて、おとなしく寝ていられるか
……
っ」
サルヒが止めるのも聞かず、ノエの腕を借りて、先ほどまでぐったりしていたルーシャンが立ち上がる。
(他の街ではどうだか知らないさ。だが、ここで
……
この土地で、かつては親父が統治していたこの街で、そんな無茶を通させてやるものか)
もはや執念じみていると自分で思いながらも、ルーシャンは悲鳴を上げる体を無理矢理立たせ、
「
……
他領の一都市の護衛を任されているだけの神殿騎士団の一部隊ごときが、そんな真似してみろ。領主から越権行為として糾弾されるのは、お前らの方だ」
実際のところ、神殿騎士団にどれだけの権利を与えるかは、都市や領主ごとにも異なる部分がある。大領地の領主なら個々の治安維持の手が回らず、全権を委任しているような場合もいるのだろう。
故に、ルーシャンは自身の発言がハッタリであると自覚していた。しかし、目の前の騎士たちは、どう見ても隊長クラスには見えない。それならば、細かい権利のあれこれなど知らないだろうと踏んで、わざと命令違反の可能性をちらつかせた。
思惑通り、騎士たちの間にざわめきが生じる。印章を突きつけられた以上、ノエたちを異端者として処刑でもしようものなら、もしそれが本物ならラペイレット家に喧嘩を売るのと同じだ。しかも、その場合、喧嘩の責任は雇用者である貴族の方に降りかかる。当然、貴族と神殿騎士団の間の信頼も大きく損なわれてしまう。
かといって、このまま通すのも癪だという空気も残っている。そんな行き詰まった沈黙が、辺りに流れてきたときだった。
「たった一台のチョコボ車の検閲に、一体どれだけ時間をかけてるんですか? 僕のところまで、騒ぎが聞こえているんですが」
男とも女ともとれる中性的な声が、不意に響いた。
その一声だけで、ノエたちも悟る。馬場を取り仕切ることに慣れた、凛然とした発音。周りの空気に飲まれない、一本芯の通った声音。この声の主こそが、兵士たちの上司にあたる存在だ、と。
「し、失礼しました、隊長殿! 実は、この者たちが、滞在費を支払わないと言いまして
……
」
「しかも、異端者のように怪しい連中も混ざっていたのです。ですが、隣の領土である貴族の紋のついた指輪を見せてきたんですよ」
騎士たちは、視線を下に向けて隊長なる人物に声をかけている。
一方、荷台にいるとはいえ、ノエたちからは、その人物の姿が見つからなかった。
たとえ相手が小柄な相手であっても、流石にこの位置からなら見えるものではないか。そう思ったときだった。
不意に、小さな影が荷台の上に落ちる。次いで、トンと着地の音を響かせ、一つの影が荷台に降り立った。
遅まきながら、それが荷台に近づいてきた『隊長』が荷台に飛び乗った音だとノエたちは気がつく。
「あなたは
……
」
荷台に立っていたノエですら、ようやく確認できた姿。見覚えのある神殿騎士の甲冑には、所属する部隊における最高責任者を示す特徴的な色味の入った鎧下が使われている。
腰に吊るした剣も他の兵士とは趣が異なり、目の前の人物がこの部隊の長であるのは間違いあるまい。
だが、ノエたちが一様に声を失ったのはそれが原因ではない。
「イシュガルドに、ララフェル族が
……
?」
荷台に飛び乗ってきた、兵士たちの長。その姿は、ノエの膝に届くかというほどの小柄な種族
――
ララフェル族だったからだ。
「いかにも。ララフェル族の名前を知っているとは、勤勉な方ですね」
その人物は鎖帷子の裾をつまみ、まるで貴人のように一礼する。
「僕はピヌヌといいます。ニヴェール様が治めている所領における街の一つ、第三十四番都市『シュガーグレイヴ』の守備を任されています。以後、お見知り置きを」
隊長は悠々と告げると、ゆっくりと顔を上げて一行を見渡した。
ヤルマルに似た、黒みがかった濃い緑の髪は、背中に届くかどうかの長さで不揃いに切り揃えられている。頭に二つあるお団子や、茶褐色の瞳をおさめた眼窩はとろんと目尻が下がっており、そばかすが散った丸い頬などもあわせて、見た目だけなら愛嬌があり、他種族の子供に似た風貌だ。だが、ピヌヌの口から発せられた声は隊長に相応しく、凛とした芯のはっきりしたものだった。
ララフェル族は男女の性差が判別しづらいが、微細な振る舞いや男性にしては高い声音から察するに、ピヌヌは女性のようだ。
「それで、貴族の印章を持っているというのはどなたですか」
「僕です。こちらの紋章はラペイレット家のものです。確かめていただけますでしょうか」
ノエは自分より二回り以上は小柄なピヌヌのために膝を折り、腰を屈めて、自分の指輪を彼女に見せる。
ピヌヌはしばらくその指輪を凝視していると、
「わかりました。では、この指輪が本当にラペイレット家のものか確認を取るため、かの家まで照会を取りに行きましょう。返事があるまで、あなた方は、ここで待機していてください。確認がとれれば、そちらの黒角の者たちの身分も保証されますので、客人として滞在費を払わずに街に入ることを特別に許可しましょう」
「
……
待ってください。その『確認をとる』のには、一体何日待てばいいのですか」
一瞬、申し分のない提案に喜びかけたが、すぐにノエはピヌヌが提案した内容の裏に隠された感が前に気がつく。
彼女は、再び座り直して今も苦しそうに肩で息をしているルーシャンを見ている。ヤルマルとゲルダに身を預け、ぐったりしているオデットも視界に入っているはずだ。
体調が悪い二人を、雪降る中に放り出したまま悠長に待つ選択肢など選べないと踏んで、敢えてこのように『譲歩をした』姿勢を見せている。ピヌヌの提案を、ノエはそう読み取っていた。
果たして、ノエの応答に、ピヌヌは口元をゆっくりと吊り上げてみせる。
「では、このような案はどうでしょう。こちらの指輪の件もありますからね。確かに不用意な貴族同士の争いに巻き込まれたくはありません。ですので」
こほん、ともっともらしく咳払いをして、ピヌヌはララフェル族特有の愛らしい笑顔を見せる。
「支払うのは、先ほど僕の部下が提示した代金の半額で構いません。旅慣れた皆様なら、少しばかり街の方々から依頼を受ければ稼ぎ直せる額だと思いますが?」
「
……
それでも、ずいぶんな額だとは思うけどね」
ヤルマルの言うように、街道の警備のために通行料を旅人から取ることは、冒険者業をしていれば往々にしてよく目にすることだ。
だが、街に入るときまで高額の滞在費を取ることは滅多にない。
街に入った者は、街の中で飲み食いをして、宿泊をする。街に外からの金を齎すものである以上、入る時点で不当にお金をむしり取るのは得策ではない。宿の経営者や小売業の者に金銭が行き渡らなくなっては、元も子もないからだ。
だが、ピヌヌは軽く目を伏せ、ヤルマルの指摘に動じることなく、
「街に滞在している間、竜や魔物が襲ってきたときにあなた方を守るのは、僕らの役割であり義務です。そのための設備、武具や防具、錬金薬だってタダじゃない。その代わり、ご安心を。あなた方は街に魔物が来ようが、指一本動かす必要はありません」
滞在中の安全を確保する代わりに、安全という最大の利益を享受するための金銭を支払うのは当然だと、ピヌヌはそのように主張していた。
「
……
言っていること自体は、筋が通っている部分もある。だが、無い袖は触れない。オレたちが、あんたのいう金額を支払ったら、この街に滞在するときの費用が無くなる。旅人を路頭に迷わせるのが、神殿騎士団のやり方か」
オランローの言葉に、ピヌヌは小さな眉を寄せる。彼女の目は、一行の防具や武具の上をさっと横切っていた。
そして、小さな眉を寄せると、
「それなら、最後の譲歩です。君たちは武具を持っている。なら、病人を休ませた後、我々の哨戒任務を手伝ってもらいしょう。それなら、無料で通行を許可します」
「しかし、隊長。このような邪竜に似た姿をしたものを、中に入れるのですか!」
「そちらの旅人の言葉が正しいのなら、彼らはただそのような見た目をしただけの種族なのでしょう。僕も、このような鱗の生えた種族は何度か目にしたことがあります」
どうやら、ピヌヌはアウラ族についての知見はあるらしい。ひとまず誤解による処刑は免れそうだと、ノエは内心で安堵する。
「ですが、身元が定かでないのは変わりありません」
「身元の有無で言うのなら、どのような旅人であっても同じです。その保証も兼ねて神殿騎士団に寄進する機会を与えたというのに、無碍にしたのはあちら。そして、より近くで身元を保証する機会を与えるという提案に乗ったのもあちらです」
すすんで彼らの提案に乗ったわけではないが、騎士団の面々にはそのような考え方もあったらしい。
街道の通行料などを素直に渡す理由の一つに、相応の金額を支払って管理者を支援することで相手に帰順するという意思を示す場合もある。もっとも、それを踏まえても提示された金額が法外である事実に変わりはないが。
「幸い、彼らは戦う手段を持っているようです。使える労働力なら、とことん使わせてもらいましょう。それで構わないという認識で相違ありませんか」
ピヌヌがノエを正面に見据え、問いかける。
どのみち、ノエたちも路銀を稼ぐために、村人や行商の護衛などの依頼を受けるつもりはあった。騎士団の依頼は滞在費の代わりなので報酬は出ないだろうが、騎士団と共に活動する姿を見て、街の者や商人から信頼を得ることはできる。信頼を得れば、後に続く仕事探しには有利だろう。
「
……
僕もそのように認識しています。では、仲間の体調が落ち着き次第、あなた方の任務を手伝います」
「話はまとまりましたね。では、君たちは武器を下げろ。彼らは、これよりこの街の『滞在者』だ」
最後の言葉は、きっぱりとした命令となり周囲の兵士に届く。彼らは不満げな様子はそのままだったが、武器を下ろし、荷台から離れていった。
やがて、最初にノエたちに声をかけた兵士と隊長であるピヌヌをそのままに、チョコボ車が動き始める。幌を外されたままなので、野晒しになった荷台には、細かな雪が散り始めていた。
「一つ、質問させて。私たちは旅人であるから、あなた達に守られるために滞在費用を払うという話だった。なら、この街に住んでいる人はどうしているの」
サルヒの至極当然の質問に、ピヌヌは大きな瞳を一度ぱちくりとさせると、
「僕たちの部隊がこの街の人民を守るのは、任務であり義務です。街の方々が個別に滞在費を支払う必要はありません。その分の費用は、神殿騎士団本部を通じて、領主様から先んじていただいておりますので」
彼らにとって、領民までは仕事のために守る範疇ではあるが、ノエたちはそれに含まれない。かといって、城壁の内側に招く以上は、旅人である彼らも守ることになる。ならば、特別に守ってやるから相応の代金を支払えという考え方のようだ。
(
……
神殿騎士団の中では、私腹を肥やすために不当に金銭を巻き上げようと、旅人や貧民に難癖をつけるという話を聞いたこともあるが。この街に駐留している部隊もそうなのだろうか)
ウヴィルトータと旅をしていた頃に、一部の騎士団員が権力を傘に横暴な振る舞いをしているとは聞いていた。だが、自分がそれを目の当たりにする日が来るとは思わず、ノエは苦い感情を噛み締めていた。
チョコボ車が城門の重たい鉄門をくぐり、入り口前の広場に辿り着く。ちらちらと雪が降る中、黒々とした石造りの家が立ち並ぶ様は、たしかに『岩の砂糖がけ』のような風情だ。
行き交う人々の数も多く、皇都ほどではないものの賑わっている様子を見せる。領主の直轄下でもない街としては、ヤルマルたちが話していたようにかなり大きな街のようだ。
「では、そろそろ僕らもお暇しましょう。本日は、長らくお引き止めして失礼しました」
全く失礼に思っていなさそうな調子でさらりと言うと、ピヌヌは一礼して荷台の縁に向かう。先に降りた兵士は、小柄な隊長へと手を差し伸べ、まさに騎士そのもののようにエスコートをしていた。
「哨戒任務の手伝いについては、明後日にはそちらに使いをやります。宿泊する宿が決まったら、連絡をしてもらえますか。宿の者に問えば、騎士団の詰め所はわかるでしょう」
小さな隊長は、飛び降りる前にノエへと振り返り、
「ああ、そうでした。先ほどの件ですが、ラペイレット家への照会も、僕の方で行っておきます。もしあなたが見せた指輪が偽物だったと判明した場合は」
丸い頬に柔らかな笑みを浮かべて、彼女は言う。
「今度はちゃんと、身ぐるみはいで異端審問にかけますからね」
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