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ぷの
2024-11-04 18:35:13
4442文字
Public
レイチュリ
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結婚記念日
結婚記念日に仕事になっちゃった🦚をケアする🛁の話。
※結婚しておます。
あっ! アベンチュリンは思わず声を上げそうになったが、ギリギリ持ちこたえた。会議中である。
クソみたいな議題でもう三システム時間は紛糾している。この場にいる必要ないよね、と席を立ってしまいたかったけれど、そうすると殺し合いが始まりそうな殺伐具合だ。武器の持ち込み禁止とアベンチュリンが仲裁者として同席することで成り立っている。議長は暴れ馬どもの手綱に振り回され、半分白目を剥いている。
会議室の掛け時計を見て、右腕につけている腕時計を見て、端末の時計を見た。ちなみに、全部違う時刻が表示されている。会議室の時計は言うまでもなく現地の時刻、腕時計は銀河標準時、端末はピアポイントの時刻だ。
二システム時間前、レイシオから不在通知とたった一行のメッセージが残されていた。約半日の時差があるので、向こうでは夜の十一時ごろ。間に合うように連絡をくれたのに、アベンチュリンは出られなかった。よりによって、こんなに時差のある場所にいるなんて。レイシオの時間では昨日になってしまったけれど、アベンチュリンの時間ではまだ今日だ。レイシオの心の時計をそこに合わせてもらうしかない。頭ではそう宥めるものの、目に入る端末の時計の無情な表示がアベンチュリンをしょげさせた。
初めての結婚記念日だった。急遽ねじ込まれたこの仕事がなかったら、昨日は家でささやかなお祝いの準備をしていただろう。こんな会議にかまけて大切な連絡をスルーしてしまったなんて、痛恨の極みである。
今すぐ連絡を返したい。けれどこの会議は苦労して設けたもので、前に進まないまま解散すれば人の血が流れかねない。穏便に解決できないなら、アベンチュリンが来た意味がないのだ。アベンチュリンが矢面に立って会議を仕切るわけにもいけない。それではカンパニーが表立って支配することになってしまう。議長は十分に彼の仕事をしている。この会議をバラバラにせず時間を稼ぐという仕事を。
アベンチュリンは端末でいくつかの数字を確認した。予定より少々時間がかかったものの、市場での操作は上手く済んだ。それを確認して部下が動き出したはず。インカムからの報告に耳を傾ける。
『総監、調印しました』
待っていた連絡が来た。議長に目配せすると、彼はガラリと表情を変えた。手綱を手放して鬣をひっ掴み、太ももの締め具合で暴れ馬に言うことをきかせる、老練の元将軍がお出ましだ。言葉で説得するのは苦手だが、同じ価値観を持つ輩を威圧するのは滅法上手い。彼が会議室の面々に一喝し、それで暴れ馬どもが背筋を正すのを見て、アベンチュリンはただ野蛮だなと思った。
こんな奴らの団結のために特に必要のない条約を結ばされ、仮想敵に仕立てられた隣の星の首脳には申し訳ない。けれど、とっとと小競り合いを終わらせてこの星の主体がひとつにまとまってくれないと、カンパニーは商売がやりにくい。今は議長をトップに据えて連合を作れればいい。いずれトップをすげ替えて、脳筋どもにご退場いただこう。議長は前もって話し合っていたとおりに各国のお偉いさんを煽って脅して、解体してしまった連合を再び立ち上げることに成功した。
お話はまとまったようですね。では新しい連合とカンパニーの取り引きの話を。そう提案しようとしたところで、後ろに立っている護衛の部下がアベンチュリンが座る椅子の足を蹴り、背もたれを掴んでグッと下に押し込んだ。背もたれに身を預けたまま椅子ごと滑るように沈む。頭と体があったところを銃弾が三発通過していった。続く三発は部下に向かったがアベンチュリンのバリアに弾かれて、跳弾が不運な一人の書記の腕に当たった。
あ、これレイシオだ。理由はわからないが、何かに既視感があった。背もたれを掴んだまま椅子が倒れないように支えている、部下の格好をした男を見上げる。カンパニーのお仕着せの仮面の向こうで口の端を上げる仕草が透けて見えるようだ。ゆっくり椅子を引っ張り上げられ、元通りの位置に戻された。拳銃を握る議長を見る。会議室は静まり返っていた。
「もう終わりかい?」
さあ的ですよと言わんばかりに両腕を広げて小首をかしげたアベンチュリンを、議長は苦虫を噛み潰した顔で見ている。
「我々はカンパニーとは取引しない」
「へえ、それはここにいるメンバーの総意かな?」
会議室を見渡して、一人一人の顔を確認する。負傷した腕をぶらりと下げた書記が立ち上がった。机の影になって議長からは見えないが、下げた手に拳銃を握っている。持ち物検査したやつ出てこい、賄賂に弱すぎる。戦争続きで困窮しているから、規律が乱れるのも当たり前だと思うけれども。
「いいえ。僕たちはもう戦争なんかしたくない。父さん、あなたのやり方にはうんざりです」
気が合うね、こちらもうんざりだよ。その内心の呟きを聞いたかのように、レイシオが椅子ごとアベンチュリンを壁際に下げた。アベンチュリンはそこからの腕力にものを言わせた議論には手を出さず、二人だけを囲ったバリアの内側で話がまとまるのを待っていた。仲裁役は連合が完成するまで。その後は商売の話をしに来たお客さんにすぎない。
「野蛮だねえ」
「誰が残るか賭けないのか」
「僕が賭けたからこうなってる。過程までは面倒見きれないよ」
「なるほど」
一番聞きたかったその声を聞いて、届いていたメッセージを思い返す。
『僕は君の隣にいる。愛を込めて』
まったく文字通り。いつからここにいたんだろう。突然交代させられた部下はびっくりしただろうか。可愛い部下たちはアベンチュリンとレイシオの無茶にすっかり慣れているから、なんならノリノリで送り出したかもしれない。サプライズってやつですね! うん、言いそう。
クックッと笑いだしたアベンチュリンを咎めるように、レイシオが椅子の足を軽く蹴った。一刻も早く仕事を終わらせたくてイライラしていた気持ちは、一刻も早く仕事を終わらせたくてウズウズする気持ちに変わった。早くあの仮面を剥ぎ取って首にしがみついて歓迎のキスを送りたい。今日が終わる前に、二人きりの時間を過ごしたい。
死者こそ出なかったが、関係者も会議室もボロボロになり、連合の新しい総長も銃弾が入ったままの腕を治療しに出ていった。同じく治療のため搬出された前任者たちに代わって新しい議長と各国の代表が駆けつけて、アベンチュリンに頭を下げた。
「では、ビジネスの話をしよう」
とっとと片付けたかったので、場所を変えようという気遣いは断った。から騒ぎの後に持ち込まれた連合の旗が無傷で掲げられたので、それで十分である。
カンパニーの艦船に戻ると、部下たちは二人をアベンチュリンの個室に押し込んだ。三システム時間後の出港までそこで大人しくしていてください。我々は忙しくて総監になんて構ってられません。そう宣言されて、なんとインカムのチャンネルから蹴り出された。アベンチュリンのチームでなければ、ほとんど反乱である。
「暇になっちゃった」
「素晴らしいチームワークだな」
仮面をはずしたレイシオは軽く首を左右に振ると、乱れた髪をすいて直した。カンパニーのスーツを手際よく脱いでいく。アベンチュリンが手を出す隙などない。
「ずいぶん着慣れてるみたいだね」
「ああ、何度か世話になったからな」
戦略的パートナーになってから、いろんなことがあった。アベンチュリンの見ていないところでレイシオが部下たちと仲良くしているのも知っている。だからどこかでそんな楽しいことをしていてもおかしくはないけれど、アベンチュリンがレイシオのその姿を見たのは今回が初めてである。なんだか悔しい。そういうのは混ぜてほしかった。写真の一枚もくれたらよかったのに。
むうっと口を尖らせ、さあ的ですよと言わんばかりに両腕を広げて小首をかしげたアベンチュリンを見て、普段の格好に戻ったレイシオは目を細めて笑った。よしよしと念入りに頭を撫で、額と鼻先と両頬に口づけてから、ちょっと息苦しくなるくらい抱きしめられた。
拗ねた気持ちは締め出された息と共にどこかにいった。ぜーんぶどうでもよくなった。
ぎゅうっと抱き返して広くて温かい胸に顔を埋め、馴染みの香りを吸い込む。たっぷり堪能してから顔を上げた。口はにっこり半円に。
「会いたかった。隣に来てくれてありがとう」
愛を込めて肺の中の空気を何往復か交換して、爪先まで満ち足りた。キスをしているだけなのに、くっついて溶け合ってひとつの生き物になったみたいな不思議な一体感に包まれた。
三システム時間あったら、家に行ってなんやかやして帰ってこられるな。フワフワした余韻を味わいながら、位相霊火に期待して目でおねだりしてみたけれど、レイシオは首を横に振った。
「明日は代休だろう、ギャンブラー。ピアポイントに帰るまでに報告書を送って、そのまま直帰してこい」
「そういうところだよ、教授」
名前で呼ばないことで、お仕事モードに追いやられた。悔しいけれど、そうした方が何倍も幸せに浸れるであろうことは想像に難くない。またむうっと口を尖らせたら、チュッと触れるだけのキスをされた。待ってたんじゃないんだよ、このやろう。
「仕事の前に、昼食を持ってきたから食べよう」
渋々端末を立ち上げて仕事を始めようとしたアベンチュリンの前に、レイシオは家から持ってきたらしい弁当を広げた。ところどころ見覚えのある食材がある。記念日のお祝いに使おうと用意しておいた、日持ちしない食材たち。入れ物こそ飾り気のない弁当箱だけれど、彩りは華やかだ。こういうところだよ、ベリタス。君のことが本当に大好きだ。
「待って、写真を撮らせて」
「それなら左手を出せ」
右手で端末のカメラを構えて左手を差し出すと、背後に回ってきたレイシオに手袋を脱がされて、レイシオの左手が絡められた。お揃いの指輪が写るように弁当箱の横に左手が置かれ、アベンチュリンのつむじに口づけが落ちた。
「いいぞ、手を震わせるな」
「無茶言う
……
」
アベンチュリンは端末を構えるので精一杯だった。レイシオが楽しそうにシャッターを切るたびに、熱い喜びが喉をせりあがる。けれど言葉が見つからなくて吐き出せず、飲み込んだアベンチュリンの頭を蒸しあげた。
これでどうやって仕事をしろというのか。すっかり昂った気持ちはそう簡単には収まりそうもないと思ったのに、穏やかに話しながら食事をして、食後のコーヒーを出される頃には、ほどよく鎮火していた。なにもかもお見通し、手のひらの上。
「では、僕は先に帰る」
空の弁当箱を持って、愛しい配達屋は青い炎の向こうに消えた。もう口を尖らせても寂しいばかりである。
脱がされたままの手袋をつける気にならず、左手の指輪を眺めて奮起しながら、アベンチュリンは完璧な報告書を書き上げた。
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