ぷの
2024-10-31 12:47:20
5844文字
Public レイチュリ ※ベ限
 

ハロウィン2024

お祭りから逃げてきた🛁と仮装する🦚のハロウィン🎃。(2025/10/27 改稿)

 午前中に出張先から戻り、午後からオフィスで事務作業と格闘、夕方から特殊なお仕事が少々。本日のアベンチュリンの予定は以上の通り。
 最大の敵は出張の間に溜めてしまった事務作業で、一番の足枷は頭の働きを悪くする時差ボケだ。せめてもの対策に、シャトルに乗るなり軽食を腹に入れて寝ておいた。起きてピアポイントに着いたら、まもなく昼。とんでもなく寝過ごしたような気がするけれど、実際は徹夜明けで少々仮眠をとっただけの状態で、わりと眠い。
 これで書類仕事はキツいな。アベンチュリンは何度目かの欠伸を噛み殺した。ターミナルから本部ビルへの移動の車は、眠気覚ましに運転席を譲ってもらった。シャトルで仮眠をとっていない助手席の部下は眠っている。寝ていいよと言ったのはアベンチュリンだから構わない。しかし、おしゃべりができないと退屈である。
 ポケットの中の端末に着信があって、左耳のイヤホンマイクに通知が届いた。告げられた相手に思わず口角が上がる。その名前を聞いただけで、眠気の何割かが泡のように弾けて消えた。
 車内には音量を絞ってラジオを流していて、着信はイヤホンでしか聞こえないはず。それなのに、助手席の部下がピクリと反応した。アベンチュリンは運転席を囲うようにバリアを張って気休め程度に音をカットし、心の中でおやすみと声をかけた。バックミラー越しに後部座席の部下に目をやり、ジェスチャーを送る。『君も寝なよ』。対する返事は『前を見てください』。まったく、仕事熱心で結構なことだ。肩をすくめて、待たせていた着信に小声で応答する。
「やあ教授、いいところにかけてきてくれたね」
『車か?』
「そう、本部に向かって運転中。ちょうど眠くて話し相手がほしかったんだ」
『生憎、僕は暇ではない。今から君のオフィスに行ってもいいか?』
「もちろん大歓迎だよ。今おしゃべりできなくても、そういうことなら話は別だ。通れるようにしておくから遠慮なく中に入ってて。僕は半システム時間くらいで戻る」
『ありがとう』
 用が済むと、通話はあっさり切れてしまった。信号待ちの間に、今日一日レイシオがオフィスに自由に入退室できるようドアロックの設定を追加した。何度か常にフリーパスにしようと言ったけれど、レイシオは公私混同だと承諾してくれないのだ。そういう考えの人だから安心して通せるというのに、ままならない。
 会えるの、嬉しいな。
 少し前にレイシオと付き合い始めてから、気持ちの輪郭がよく見えるようになった気がする。特に「嬉しい」は長いことぼんやりとしか掴めなかったのに、今はこんなにくっきりと言葉にできるほどクリアだ。
 アベンチュリンは急上昇した気分を微かな口笛に乗せて吹いてから、バリアを解除した。


 アベンチュリンがオフィスに戻ると、レイシオは応接セットのローテーブルに資料を広げているところだった。
「なんだい、仕事をしに来たの?」
「そうだ。夜まで場所を借りたい。ここが邪魔なら移動しよう」
「来客はないから構わないけど、そこじゃ腰が痛くならないかい? 隣に空いてるデスクがあると思うよ。備品は好きに使って」
 ドア一枚隔てた隣の部屋はアベンチュリンの部下たちがデスクを並べるオフィスだ。アベンチュリンの個室より広く、作業に便利な備品が揃っている。
「見られては困るものがあるからここで。体は休憩のときに動かせば問題ない」
「それなら監視カメラは切っておくね」
 返事は頷くだけ。車のときと同じく、またあっさりと会話が終了してしまった。集中できる環境を提供できたようでなによりである。
 おしゃべりの機会は後で見つけるとして、アベンチュリンも自分の仕事と向き合うことにした。チラッと視界に入ったデスクの上に置かれた箱は、今は見なかったことにする。
 レイシオはときおり一口ずつコーヒーを飲むくらいで、黙々と作業をしている。とても静かだ。キーボードを案外柔らかいタッチで叩く音が心地いい。
 レイシオの集中に感化されたのか、アベンチュリンもいつになく集中できた。室内に流れるほどよい緊張感のおかげで、カフェインなんてなくても眠気が飛んでいる。オフィスでの作業は機密が多くて一人で籠りがちだけれど、戦略的パートナーには隠す必要がないこともある。こんなに捗るなら、こちらから定期的にお願いしたいくらいだ。
 技術開発部に専用の個室があるのに、なぜここへ?
 そもそも今日は大学に行く日じゃなかったっけ?
 明日の予定は?
 よかったら夕食を一緒にどうかな?
 それからうちに泊まっていかないかい?
 頭の片隅でそうした雑念が踊っていても、中心部分では最高のパフォーマンスで仕事を処理していく。音や光さえゆっくり流れているように感じる万能感が今は何にも代えがたく、顔を上げればすぐそこにレイシオがいるのに、不思議と話しかけたいとは思わなかった。
 しかし、何事にも終わりはあるもので。夕方になり、時間を守るトパーズからの入室申請に許可を出してしまえば、アベンチュリンのハイパーお仕事タイムは幕を下ろした。
「お邪魔するよ~。あ、教授、いたんですね」
 トパーズに声をかけられて顔を上げたレイシオは眉間に皺を寄せた。
「ここもか……
「うちはこういう行事を積極的にやる社風ですから」
 どっと疲れたようなレイシオの呟きにそう答えたトパーズは、普段とはまるで違う格好をしている。
 先っぽが折れた黒い大きな三角帽子を被り、パニエで膨らませたオレンジ色のミニ丈ワンピースの腰を黒の幅広リボンで絞っている。襟や袖、裾から覗くフリルは全て黒。オレンジの紐で編み上げた黒の膝上ブーツの踵をカツンと鳴らし、装飾過剰な魔女はくるりとその場で一回転した。その足元からピョンと飛び出したカブも、オレンジと黒のストライプのリボンでめかしこんでハロウィン仕様だ。肩から下げたジャック・オー・ランタン型のポシェットにこれでもかと個包装のお菓子が詰め込まれているのをアベンチュリンは知っている。なにしろ、毎年の社内行事なので。
「君の衣装も届いてるでしょ、とっとと着替えて。交代の時間はもうすぐだよ」
「ハイハイ」
 トパーズに急かされ、アベンチュリンはさきほど目を逸らしたデスクの上の箱を持って部屋の隅のパーティションの中に引っ込んだ。
 オレンジのシャツに黒のタイとベストとスラックス。子供が主役のイベントなので、襟を閉めて刻印を隠せとのお達しだ。おとなしいデザインかと思いきや、アベンチュリンの髪色に寄せた毛色のオオカミの付け耳と付け尻尾が出てきた。靴も毛がフサフサしたモコモコの獣の足である。肉球がなけなしの滑り止めになっているものの、履き心地がゆるく踏ん張りがきかなくて歩きにくい。仕上げにトパーズとお揃いのポシェットを身につけて完成。獣の手は毛と色だけを揃えた手袋だった。お菓子を配るためにフサフサモコモコは免除されたようである。そこはカンパニー、合理的だ。
 着替えて顔を出すと、トパーズは悪戯好きの魔女に相応しくにんまりと笑った。レイシオの方は見られない。絶対に嫌そうに顔をしかめていることだろう。
 せっかくいい時間を提供できてたのに、呆れて帰っちゃうだろうな。アベンチュリンはしょぼくれて肩を落とした。
 これから二システム時間、社内を巡ってお菓子配りのお仕事である。トパーズに引っ張られて、トボトボとオフィスを後にした。


 内心しょんぼりしていたってお仕事なので、盛り上げろと言われれば盛り上げる。尻尾をふりふりハイテンションでお菓子を配り歩き、子どもたちと写真を撮り、なぜか保護者たちに握手を求められて応え、ギャラリーに呼ばれて笑顔で手を振り返す。オオカミ総監は決められた時間ぴったりに指定ルートを練り歩いた。また来年会おうね!と一言添えてSNSに写真をアップすれば、この特殊なお仕事は終了である。
 来年は逃げたい。去年までは上手く予定で埋めてブロックしていたのに、今年はせっかく入れた出張をうっかり前倒しで消化してしまった。己の仕事の手際が恨めしい。悪あがきで直帰からの午後休を企んだが、ジェイドが許すわけがなかった。
 でも、この二システム時間の見世物と引き換えに、同じだけの時間をレイシオと心地よく過ごせた。アベンチュリンにとって収支はプラス。きっとこれは幸運が働いた結果なのだろう。
 高級幹部のオフィスがある上階のフロアに戻ると、一般客で賑わう下とは別世界の静けさだった。定時を過ぎているからなおさらである。衣装を着たままなので、すれ違う職員に平常通り軽く会釈されてから、大変ですねと目で労られた。
 自分の縄張りに戻り、入ったところで立ち止まってドアが閉まる音を聞いた。人目がなくなったと思ったら、深いため息が出た。付け耳を支えるカチューシャの締め付けで頭が痛い。外そうと頭に手をやったところで再びドアが開いて、入ってきた人物とぶつかった。
「おっと、ごめん!」
「すまない」
 倒れ込みそうになった腰に後ろから腕が回る。今日家主以外でこの部屋に自由に出入りできる唯一の男は、アベンチュリンを軽々と支えて立て直すまで待ってくれた。
 体を離して向かい合ったレイシオは、アベンチュリンを興味深そうに上から下まで見下ろした。仮装姿に呆れるだろうと思っていたけれど、見たところ否定的な表情ではない。たぶん。
「まだいたんだね。帰ったと思ってたよ」
「仕事の切りが悪い。君が帰るまでいさせてもらえると助かる」
「もちろん、好きなだけどうぞ」
 今更ながらのレイシオの説明によれば、今日の大学はハロウィンで浮かれていて、とても仕事をする空気じゃなかったそうだ。幸い朝だけだった講義を終えて、レイシオはカンパニーに避難してきた。しかし、技術開発部もまた浮わついていて落ち着かなかった。それはそう、今年の彼らは子どもたちに向けて面白い実験の数々を披露するコーナーを担当していたのだ。そういうわけで途方にくれたレイシオは、アベンチュリンに助けを求めたのである。
 レイシオの権限なら、望めば静かな個室の一つくらい簡単に確保できるだろう。考えが及ばなかったのか、簡単な申請手続きすら面倒だったのか。理由はなんでも、レイシオに頼られたことがアベンチュリンは嬉しかった。
 部下も立ち入らせずレイシオの貸し切りにしたこのオフィスは居心地がよかったみたいだ。それだけに、トパーズとアベンチュリンの仮装をお見せすることになったのは大変遺憾である。当方しがらみばかりの会社員なので許されたい。
「君がいると捗るから、僕ももう少しやっていこうかな。そうだ、今まで頭を使ってたなら甘いものがほしくなる頃合いだろ。お菓子食べるかい? 少ないけど残ったのがあるんだ」
 ポシェットの中身を開いて見せたが、レイシオは何も取らずにファスナーを閉じてしまった。アベンチュリンの付け耳を揉んだかと思うと、カチューシャを外して床に落とした。ポシェットも外されて床へ。ベルトループにフックで吊るしていた付け尻尾も片手で器用に外されて、腰を抱き寄せられた。髪の中に鼻先を埋めてすりすりと懐かれる。
「えっと……教授?」
 大きな片手に後頭部を包み込むように掴まれて動けない。頭のてっぺんで、すう、と息を吸い込む気配がして、アベンチュリンは飛び上がった。心臓と、それから心が。
「レイシオ!?」
 吸われた後は、尻の下に腕を回されて持ち上げられた。獣の足が脱げて落ちる。危なげなく運ばれた先はソファの上。優しく下ろされた上にレイシオが覆い被さって、両腕の間に囲われた。
「お菓子はここにある。僕が包装を開けてもいいな?」
「今さっき、まだ仕事が残ってると言わなかったかい?」
「甘いものがほしくなる頃合いだと君が言っただろう」
 仮装していたアベンチュリンよりよっぽどオオカミらしいレイシオが、ぱかりと口を開けてアベンチュリンの鼻先をかじる。
「ふはっ、食べるとこ、そこ?」
「上から順番に残さず食べるとも」
 その予告はアベンチュリンの背筋を震わせた。レイシオは目元をゆるませて、戦慄くオオカミ男の唇を軽く舐める。お伺いを立てるように、ぺろり、ぺろりと舐めて、その度にアベンチュリンの目を覗き込んで反応を見てくる。様子を窺いながら、タイをゆるめ、ボタンを外して、指先で骨の浮いたところをなぞる。
 オオカミの群れの真のリーダーはメスだという説がある。本当に力のあるオスはつがいに思いやりをもって接し、その意向に従うのだと。強いもの同士なら、力だけをアピールされるより響くかもしれない。オオカミはこれと定めたつがいと添い遂げる。一生を共にするパートナーは、衝突を回避する寛大な賢さと愛嬌がある方が断然いいに決まってる。
 アベンチュリンは薄く開いた唇の間から舌先を覗かせてその先を誘った。応えたレイシオは口内でもぺろり、ぺろりとお伺いを立てながら、結局隅々まで堪能していった。その頃にはベストとシャツのボタンのほとんどが開かれていた。はだけてあらわになったアベンチュリンの胸の先は勝手に芯を持って、レイシオの指がベルトを外して戻ってくるのを待ちわびている。
「ハチミツがけになったな」
 レイシオも盛り上がるとこっぱずかしい台詞を言うんだな。アベンチュリンは頭ではそう思ったけれど、口にはできなかった。期待で蕩けた心と体はまさにその表現がぴったりの有り様だったので。
 なら、一緒に馬鹿になってしまえ。盛り上げるのは得意だろう。
「垂れちゃうから早く食べて」
 アベンチュリンはレイシオの首に手を回して、とびきり甘ったれた声を出した。ところが、すぐに食いついてくれると思っていたレイシオは体を起こしてしまった。やりすぎて正気に返してしまったか、これだから理性の男は難しいな。なんて思ったも束の間、懐から出てきたのは位相霊火だった。
「仕事は後にしよう」
 掲げられた白旗は、申し訳ないけれど、アベンチュリンの笑いのツボに入った。肩を震わせて笑いながら、再び覆い被さってきた可愛いつがいをぎゅっと抱きしめた。
 青い炎に包まれながら交わすキスは幻想的で胸を打った。レイシオの自宅のベッドに沈んだ時にはもう、笑いの発作は消え失せていた。