久しぶりに確保した今日の休日は、家の創造物たちの定期健診に当ててある。いつものようにアベンチュリンの家までレイシオが来て、一匹ずつ丁寧に診察してくれる予定だ。今までは毎回仕事の合間に寄ってくれていたのだが、このところ平日は時間が合わず、今後もしばらく見通しが立たない。創造物たちはすっかりレイシオに慣れているので、アベンチュリンが不在でも問題ないはず。そう思って家の合鍵を渡そうとしたけれど、レイシオは頑なに受け取らなかった。
予定がないなら休日はどうかと言い出したのはレイシオで、家事や半分仕事のような投資以外に用などないアベンチュリンは二つ返事で承諾した。家の中をいつもより少し丁寧に掃除して、昼食用に近所のベーカリーで具がたっぷり詰まったサンドイッチを買ってきた。レイシオが来ることを伝えてあるので、三匹は落ち着きなくインターホンの下に集っている。
端末にそろそろ着くと連絡があり、来客用の駐車スペースを案内した。診察の道具などを持ってくるために車で来たのだ。不思議なセンサーで何かを受信した創造物たちがみゃうみゃうとアベンチュリンを呼ぶ。
インターホンの画面で外を見たかったのかと思いきや、奴にもう用はないとばかりに三匹はぽよぽよと玄関に跳ねていった。アベンチュリンもその後を追う。背後で呼び出し音が鳴った。
「外に出ないでね」
足元の三匹に声をかけて玄関扉を開くと、大男の足が見えた。あ、いつものサンダルじゃない。
「相手を確認せずに開けるな、不用心だ」
「はーい。いらっしゃい教授、絶好調だね」
挨拶より先に降ってきたお小言に苦笑する。見上げたレイシオは、いつもとは違う私服姿だった。それはそうか、アベンチュリンもそうだ。休日に好き好んで支度の面倒な仕事用の格好なんかしない。メイクどころか髪のセットすら雑だ。
「どうぞ入って。わざわざ来てくれてありがとう」
「みゃーう!」
歓迎の声をあげて体当たりする三匹を、中腰のレイシオが「落ち着け、靴が脱げない」と押しやる。ドム、ドム、となかなかの力加減で当たられているが、さすがのレイシオはびくともしない。体当たりなんて、アベンチュリンに対してはしない行動である。あんな勢いでこられたら倒れる自信がある。荷物を預かり、三匹を促して、アベンチュリンはリビングに先に行くことにした。これじゃ僕ら、叱られるためにレイシオを呼んだみたいじゃないか。
診察は何も問題なく終わり、おやつをもらった三匹はご機嫌だった。いつもより少し早起きをしてずっとはしゃいでいたせいか、エネルギーが切れたように窓際の日向に集まってぷうぷうと昼寝を始めた。その隙にとレイシオをキッチンに呼んで、用意していたサンドイッチと野菜をごった煮にしたスープで昼食にする。
「君は、料理をするんだな」
「これ料理のうちに入るかい、切って煮込んだだけだよ」
普段、野菜のいいところは創造物たちが食べたがったときにあげていて、自分の口にはほとんど入らない。最後にくず野菜をまとめてスープにしたものがアベンチュリン用である。今日はレイシオに出すので、まともな具で作っている。なんだか贅沢をしたような気分だ。
「故郷でこういうものを食べていたのか?」
「いいや、だいたいは乾物をふやかすくらいでそのまま齧ってたかな。水が貴重だから、スープなんてしっかり雨が降った後の数日しか作れなかった」
スープといっても、塩で少々味をつけただけでほとんど素材そのものだった。その素材も今手に入るものの方がはるかに味がいいので、同じように作ったところで再現はできない。粗末なくず野菜を使っても、むやみに捨てられない気持ちが慰められるだけだ。
「道具の使い方や基礎的な調理は教養として教わったから、危なっかしさはないはずだよ。あんまり調味料を増やしたくなくて味付けはワンパターンだけど」
「十分だ。とても美味しい」
「ふふ、良かった」
食後のコーヒーはレイシオが淹れてくれた。時々鼻を近づけて香りを楽しみながら膨らんでは萎んでいくコーヒー豆を眺めていると、ふと隣に立っているレイシオがじっとこちらを見下ろしていることに気づいた。
「なに?」
見上げたら、くしゃくしゃと頭を撫でられた。突然どうしたんだとは思ったけれど、不快ではなかった。すぐにハッと熱いものに触ったみたいに手を引かれて、かえって悪いことをされたような気まずさが生まれる。
「すまない、いつもよりその……幼く見えて」
「ああ、私服になると弱そうだってトパーズに言われたことがある」
仕事の服は見た目が派手なだけでなく武装もしているし、気を張って雰囲気を作っている。今とのギャップが大きいのは認める。
「君は私服でも、もう少しかっちりした格好をしているものだと思っていた」
「ちょっと近所を出歩くくらいならこんなものだよ。君だってそうだろ?」
アベンチュリンは自分の格好を改めて確認した。体の線に沿ったゆとりの少ないシャツに、細めのカーゴパンツ。伸縮性があってボタンのないシャツは急な仕事のときに着替えが楽で、ポケットがあれば手荷物がなくなるから重宝する。どちらも暗い灰色なのは、創造物たちの毛が付いても目立たないからである。その上に着ているローゲージのセーターはジェイドから貰ったものだった。彼女が面倒を見ている孤児院のバザーで売れ残った手編みで、男性用だからと回ってきた。小柄なアベンチュリンが着るとゆったりしているが、だらしなくはない。
一方レイシオは、ボックスカットのシャツを一番上のボタンまでしっかり閉めて、下は濃い色のデニム。デニムなんて着るんだと思ったら、創造物たちの爪対策だった。たしかに爪を立てられると柔な生地なら穴が開く。来たときに着ていた襟のあるニットのジャケットは、診察のときに脱いでそのままだった。
アベンチュリンに言わせれば、レイシオこそ普段の格好がなかなか尖っているのでギャップがすごい。パーティーのスーツ姿や大学での白衣姿を見ていなかったら、玄関先で偽物だと疑ったかもしれない。最初は私服の想像がまるでできなかった。シーツみたいな布を巻いていたらどうしよう、絶対に正視できないとトパーズに話したら、「そのときは写真を送って」とあしらわれたものだ。
「日常で着るものなんて、実用重視だよね」
「そうだな」
とはいえ、鍛えた体にぴったり合ったサイズのものを着ているレイシオは、マネキンのように決まっている。同じような着こなしの人間を並べたとしても、頭ひとつ抜けて洒落ているだろうなと思うのである。
しまった、寝てしまった。
一匹がアベンチュリンの顔の上に乗ってきた重みと感触で目が覚めた。よしよしと撫でて甘いお菓子の香りを吸い込む。それから息苦しいからどいてと押しやると、素直に降りていった。目を擦ってから開くと、至近距離に考える石膏頭がいた。
「えっ!?」
驚きすぎて頭と体が硬直した。顔に手の甲を当てて俯く石膏頭は、レイシオ以外の何者でもない。問題は、その膝をアベンチュリンが枕にしていることである。
昼食をとったあとはリビングに戻って、コーヒーを飲みながらとりとめのない会話をしていた。会話が途切れたとき、日向で寝ている三匹がとても心地よさそうだったので、アベンチュリンは吸い寄せられるようにその中に混ざった。ほかほかの体を撫でたり揉んだり吸ったりしているうちに一緒に寝てしまったらしい。客をほったらかして、なんたる失態。
で、目が覚めたら、こう。ソファに座っていたはずのレイシオはラグに座ってソファに寄りかかり、アベンチュリンはレイシオの膝の上に頭を乗せて寝そべっている。窓際からここまで転がるひどい寝相だったのだろうか。そんな馬鹿な。
窓から射しこんでいた日差しはもうどこかにいってしまって、細く開けていた窓は閉められていた。創造物たちはアベンチュリンに寄り添っている。室内が暗いせいで、石膏頭が外れたのにレイシオの表情はよくわからない。
「窓、閉めてくれた? ありがとう」
「……ああ」
「膝を借りちゃって悪かったね。足が痺れるし、帰れなくて困っただろう、ごめん」
「いや」
レイシオの手が躊躇ってからアベンチュリンの前髪に触れる。生え際を辿って、左耳のピアスを撫でた。ゴールドの台座に小さなガーネットがはめられたものだ。それはもう時間をかけて比較して見つけた、とっておきの一粒だった。その石を、同じ色の瞳が見つめている。心臓が竦んだ。ろくに考えずに付けてしまったけれど、今日だけはやめておけばよかった。髪で隠れるからとたかをくくったりせずに。
「起きるよ、明かりを」
「待て」
ピアスから離れた手がうろついて、アベンチュリンの肩を押さえた。
「待ってくれ」
念を押すようにそう言うと、レイシオは自身のシャツのボタンを上から二つ外した。中に指を入れて引き出したのは細い鎖で、ころんと姿を表したペンダントトップの緑色の石には見覚えがありすぎた。
「えっと……僕たち、ずいぶん可愛いことをしているね?」
自分が身につける時は、バレたら気持ち悪いと思われるだろうなと、ネガティブな想定しかできなかった。ところが、実際に同じ意味を持つアクセサリーが目の前に表れて浮かんだ感想は、ただただ可愛いしかなかった。いじらしくて、愛おしい。
まあ、想う相手のすることだから、そうなんだけれど。
「私服の時くらい、全部が全部実用重視でなくてもいいだろう」
「そうだね」
拗ねたように言うものだから、おかしかった。基石にも劣らない見事な緑色の石に触れる。伸びあがってそれに口づけた。おまえも僕の一部となれ。砕けようと、燃え尽きようと、何があってもレイシオを守れ。満足して離れようとしたが、レイシオの腕に捕まった。軽々と持ち上げられて体ごと膝の上に乗せられ、ぎゅうっと抱きこまれる。
そこに、衝撃が加わった。一匹がレイシオに体当たりし始めたのだ。
「レイシオ、はなして」
「ひとりじめ、だめ」
「アベンチュリン、だっこ」
ドム、ドム、と伝わってくる振動はあらゆる余韻を吹き飛ばした。レイシオが深々とため息をつく。アベンチュリンは耐えきれなくなって、思いきり笑った。
「アハハハハハ!」
「邪魔されたのはこれで三度めだ。君が愛されていてなにより」
涙目で話せないくらい笑うアベンチュリンをレイシオはしばらく離さなかったので、苛烈な攻撃もしばらく続いた。
やがてくだらない騒ぎが収まると、自由になったアベンチュリンは部屋の明かりをつけた。一匹ずつ抱き上げて頬ずりしたあと、創造物たちのご飯を用意して、シャツのボタンを閉めて元通りになったレイシオを夕食に誘う。
「うちで食べる? 外がいい?」
「外で」
ジャケットを着ながら即答したレイシオに、いたずらっこがまた飛びかかろうと身構える。その背中をアベンチュリンは撫でた。
「今日は見逃して。僕のために」
三匹はもちもちと集まり、言葉以外の何かで気持ちを交わしている様子だった。話がついたのか、可愛らしい三対の目がアベンチュリンを見上げる。
「いってらっしゃい」
「はやくかえってきて」
「おきてまってる」
「うん、ありがとう」
決意を覆さないためか、三匹はリビングに残り、玄関まで見送りに来なかった。
靴を履き終えて必要なものをポケットに入れながら、さて何を食べようかと脳内でお店検索をしていたら、体を押されてくるっとターンさせられ、玄関扉に背中をつけていた。恐ろしい手際の良さだった。左の横髪をよけて耳を指で挟まれ、さっき自分がしたことを思い出す。目を閉じて、このピアスは的が小さくてやりにくそうだな、なんてドキドキしつつものんきに考えていたら。
耳たぶごと唇で食まれた。
元通り髪で隠された耳が尋常じゃなく熱い。後ろ手で玄関扉を開けて、倒れるように外に出た。もしかしてこれ、手に負えないのでは?
アベンチュリンは家の可愛い子たちの頼もしさを見直した。レイシオは満足げに微笑んでいる。その様子は全然可愛いなんてものじゃなかった。
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