ぷの
2024-10-09 09:58:45
6095文字
Public レイチュリ🍰
 

レイチュリワンウィーク - 看病

病気で倒れた🦚のところにすっ飛んでいく🛁の話。
※結婚しています。

 レイシオとアベンチュリンはなんやかやあって結婚したが、すぐ一緒に暮らし始めることはできなかった。
 アベンチュリンの利便性を考えて、メインの住まいはピアポイントにあるレイシオのセカンドハウスを使うと決めていた。しかし間が悪く急遽アベンチュリンの長期出張が入ったため、先にレイシオだけが拠点を移した。そこに三匹の創造物たちが越してきて、アベンチュリン不在の家族の暮らしが始まった。
 自分の家を引き払いはしなかったが、結婚前からアベンチュリンはこの家にほぼ入り浸っていた。一緒に来ていたお菓子たちもここを第二の我が家のように思っていて、引っ越しのストレスはまるでない。預かっている合鍵でアベンチュリンの家から愛用の道具やお気に入りのクッションを運んでくれば、慣れた様子でくつろぎ始めた。
 レイシオはリビングのテーブルに新しく買った時計を置いた。二つの文字盤が並び、時差がある二拠点の時刻が一目でわかるものだ。片方にピアポイントの首都の時刻、もう片方にアベンチュリンが滞在している星の宇宙ステーションの時刻を設定して、時計の読み方を創造物たちに教えた。
 それ以来、アベンチュリンの起床時間になると、創造物たちがみゃうみゃう鳴いてレイシオに知らせる。通話をしようと呼んでいるのだ。遠くにいる愛しい家族の声を聞きたい気持ちはレイシオもアベンチュリンも同じだったので、出張の翌日からモーニングコールを兼ねて毎朝通話をしている。
 向こうも二十四システム時間で一日、タイミングを合わせるのに難はない。ただし時差があって、あちらの朝はこちらの夜だ。レイシオがどうしても用事で帰宅できないときのために、リビングの時計の横に創造物たちのための端末を置いた。学習能力の高いお菓子たちは肉球での操作をあっさり覚えた。むやみにコールしない分別もある。彼らが顔を合わせられる時間はそこしかないから、レイシオの都合に左右されない環境が整ったのは幸いだった。
『おはよお……
「おはよう。昨晩もまた遅かったみたいだな」
『そうなんだよねえ。起こしてくれて助かるよ。君たちも元気そうだね、良かった』
 パジャマ代わりに洗いざらしのよれよれのシャツを着たホログラムのアベンチュリンは、手を伸ばしてお菓子たちの柔らかい体を撫でるように動かす。三匹は口々に「んみ」と答えて、触れない小さな手に前足を伸ばして甘えた。
 んあー、と唸ったアベンチュリンは手で口を覆ってあくびを隠すと、寝癖のついた頭をぐらぐらと揺らしながら寝ぼけ眼を擦る。ホログラムではわかりにくいが、顔色が悪そうだ。少しやつれたように感じる。
「下まぶたの内側と舌を見せてみろ」
『嫌だよ、どうせちっちゃくてちゃんと見えないだろ。大丈夫、疲れがたまってるだけで、食事も睡眠もそれなりにとってる。お通じ良好、貧血も起こしてない……貴重な時間でこんな報告したくないな』
 この様子では、それなりがまったく信用ならない。追求したいのはやまやまだが、たしかに朝の忙しい時間から捻出したひとときに優先するものは他にある。
「無理をするな」
『わかってる、気をつけてるよ。今日は地上に降りるんだ。ここに戻るのは明日の夜だから、次に話せるのは明後日の朝だね』
 それから三匹が口々にその日の出来事を話し、アベンチュリンはとろけそうな顔で相づちをうった。
「では、また明後日」
『元気でね、愛してるよ』
「みゃう!」
 二人と三匹で言葉を交わしあって、いつもどおり通話を終えた。
 現地時間の翌々朝、何度コールしてもアベンチュリンは出なかった。


 アベンチュリンと連絡がつかないことが発覚してすぐ、レイシオはジェイドに一度だけ問い合わせた。確認中だから待つようにと返答があったので、数日間の予定をすべて繰り延べるかキャンセルして動けるように身構え、家で待機していた。
 たいしたことのないトラブルなら、時間がとれ次第アベンチュリンは必ず連絡してくる。安否を知らせることの大切さを彼はもう理解している。つまり、今は連絡が取れない状況にあるということだ。
 大きなトラブルならカンパニーから連絡が来る。カンパニーのやることだ、もちろん心配する家族への気遣いではない。「配偶者を助ける」ことがレイシオの協力を無償かつ無制限に引き出す格好の理由になるからだ。アベンチュリンに関することを他人任せにしたくないレイシオの意向とも合致する。いちいち建前が必要だった戦略的パートナーより手間が省けていい。これが結婚の大きなメリットである。
 ただし、問題解決にレイシオが邪魔になる場合は隠されるだろう。戦略投資部なら状況把握にそう時間はかからない。何も連絡がないか、虚偽の連絡をされるか、レイシオを遠ざけるために何か用をあてがってくるか。不自然な動きがあれば、自力で手を打つ必要がある。そのためのパイプは作ってきたつもりだ。
 一日一度の楽しみから一転して不安に落とされた創造物たちは、食べ物を何も口にしなくなり、口数が減った。一ヶ所にまとまって固まり、いつ見てもふるふると不安げに身じろぎをしていて、一睡もしていないのはあきらかだった。レイシオの顔を見ると、むぐっと口を動かしかけて目を閉じる。我儘を言ってしまわないようにレイシオを避けるのは、間違いなくアベンチュリンから学習した行動だ。
 見かねたレイシオは三匹を人間用のベッドに運んで、真ん中にアベンチュリンの枕とパジャマを置いた。優れた嗅覚で洗濯しても残っていた主の匂いをかぎ取ったのだろう、小さく鳴いてすり寄り、大きな目からぽろぽろと涙をこぼした。
「アベンチュリンどこ?」
「おはなししたい」
「あいたいよ」
「僕もだ」
 レイシオはそれぞれを撫でて慰め、寝室を後にした。
 ジェイドから連絡が入って彼女のオフィスに呼ばれたのは、昼過ぎのことだった。
「こうして教授に真っ先に連絡ができてありがたいわ」
 ジェイドは二人の結婚を後押しした一人である。思惑通りになって満足だろう。そう思っていたのだが、いつもは鉄壁の彼女が感情を隠しきれず微かに眉をひそめていて、レイシオを驚かせた。
 一昨日地上に降りたアベンチュリンは、現地で流行している病にかかった。感染力が高く、致死率は低い。現地住民にとっては季節性の風邪のようなものだ。病名を聞いてレイシオもそう考えた。普通なら恐れるものではない。
「あの子は星外との往来どころか現地住民同士の交流も少ない砂漠の星で生まれ育ち、その後は奴隷として閉鎖的な環境で過ごしていた。教授ならこの意味がわかるかしら。そう、一般的な人類と比較して獲得免疫が極端に少なかったの。ピアポイントに連れて来てしばらくは、よく重い風邪をひいたわ。私たちはあちこちを飛び回る仕事だから、思いつく限りの予防接種を受けさせてきた。それでも時間が足りなくて、まだパッチテスト段階のワクチンもある。副反応で死んでしまったら元も子もないもの」
 レイシオは頷いた。無理をすると体調を崩しやすいことには気づいていた。ただの風邪がなかなか治らなくて苦労することもあった。
「今回の病気のワクチンは発つ前に接種していたけれど、効果が出ても症状を軽減することしかできない。ご存知のとおり特効薬はないから体力勝負よ。それなのに、向こうでかなり無理をして体が弱っていたみたいで、一気に重症化してしまった。教授、本題よ。既存の薬で効果がありそうなものはないかしら」
「診なければわからない」
「そうよね。今は地上よりまともな医療体制がある宇宙ステーションに移して、いろいろ検査をしているところなの」
 ジェイドは報告された現地医師のコメントやカルテなどを、そのまますべてレイシオに渡してきた。それからアベンチュリンの既往症と、予防接種の履歴と予定についても詳らかに。もちろん風邪程度なら記録には残らない。それはジェイドの記憶にのみ残るものだ。高熱にうなされるアベンチュリンがうわごとでずいぶん昔に失った姉を呼ぶのは、その代わりをつとめた存在があったからかと腑に落ちた。
「すぐに現地に行く。一つ頼みがある」
「ええ、なんでもどうぞ」
「今ここで起こることを忘れてくれ」
「約束するわ」
 ジェイドは手元の隠れたスイッチを操作し、沈黙させた監視カメラを指差した。それから手で耳を塞ぎ、目を閉じた。それを見届けて、取り出した四角い透明な箱を割り、青い炎を解き放つ。
 必ず回復させる。それはアベンチュリンのためであり、自分のためであり、三匹のためである。そこに陽炎の向こうで揺らぐ、閉じた目蓋を微かに震わせるジェイドも加えた。


「この馬鹿」
「目が覚めて最初に聞くのが罵倒だなんてね。朝一で気付け薬をありがとう、先生」
 峠を越えたアベンチュリンはめざましい回復をみせて、集中治療室から一般病棟に移った。シャワーもトイレも高速の通信環境も、さらには来客用の応接室まで付いている、病院の最上階にある一番グレードの高い個室をあてがった。外にはアベンチュリンの部下が護衛に立っているが、どちらかといえば脱走防止の役割である。進んで引き受けた彼らは上司のことをよくわかっている。
 君は帰れ、退院したい、仕事をさせろ。少し前に死にかけ、まだ熱も下がらず掠れ声しか出せないというのに、アベンチュリンはもう喉元を過ぎて不満たらたらである。この男は毎度そうだ。無理をする癖はなかなか抜けない。
 賑やかしに家から持ってきたアヒルをサイドテーブルに置いてやり、一定時間ごとに数時間強制シャットダウンする端末での仕事だけは許可した。加えて、大人しく言うことをきけば毎朝お菓子たちと通話させてやると条件をつけたら、ころっと機嫌を直した。
 それでも、「君はもう帰りなよ、自分の仕事をして」と申し訳なさそうに訴えるのはやめない。当然、却下した。本音を言えば、仕事など放って今すぐ帰宅させ、完治するまで軟禁したい。レイシオとしてはだいぶ譲歩したつもりである。主治医で家族なのだから、ここで看病するくらい許されてもいいはずだ。仕事の予定はさらに繰り延べたが、三匹の様子を見に向こうの家にも二日に一度帰っている。
 数日前に現地に着いたレイシオは、病院に乗り込むと、自分の名前とカンパニーの圧力を使ってアベンチュリンの治療の権限を横取りした。病院側は渋っていたが、ある瞬間から突然従順になった。連絡してきたジェイドに何をしたのか尋ねると、「買ったわ」と簡潔に答えた。オーナーからの潤沢な資金投入で格段に動きやすくなった礼に、こまめに報告を送った。ついでに、アベンチュリンが不在で滞っている仕事に力を貸した。
 レイシオは便宜的に病院の非常勤医師として籍を置いたが、アベンチュリンの治療以外には一切手も口もを出さなかった。そのおかげで余計な反感は最小限に止まったが、一方で落胆もされた。レイシオの名前が効きすぎたところに面倒の種の予感がしたので、アベンチュリンが退院するまでの短期間、執務室を確保して門戸を開いた。空いた時間で積極的に知識を共有することで火が立たないよう押さえつつ、無理を通した詫びとした。
 朝の体調チェックをつつがなく終えたので、約束を守ってレイシオの端末を自宅のリビングの端末に繋ぐ。パッと映し出されたホログラムは、むぎゅむぎゅと押し合いへし合いするグレーのボディのアップで埋め尽くされていた。
「落ち着け。端末から離れろ」
『みゃー!』
 マイクに近すぎて声が割れている。可愛らしさにうち震えて声も出ないアベンチュリンを横目で見ながら、もみくちゃのお菓子をたしなめた。レイシオの声を聞いてやや興奮が落ち着いた三匹は、教えておいた通話にちょうどいい場所まで引いた。
『アベンチュリン!』
『おはよう!』
『げんきになった?』
 みゃあみゃあと明るく話しかけてくる三匹に、アベンチュリンは順番に返事をする。
「久しぶりだね、きみたち。おはよう。僕はすっかり元気だよ」
 アベンチュリンの掠れた声も、言うほど元気を繕えていない様子も、お菓子たちは気づいているのに何も言わない。数日ぶりに当たり障りのない会話をしてはしゃぐ家族の様子をただ眺めながら、レイシオは相好を崩した。
 一人と三匹がお互いを恋しがってめそめそしていたのを知っているのは自分だけだ。大切に思う相手に暗い気持ちを見せないところも、三匹はアベンチュリンを見て覚えてしまったのだろう。どちらもレイシオには隠さずにいるから、そのうちお互いにも見せられるようになればいいと思う。
「じゃあ、また明日ね。おやすみ、愛してるよ」
 通話を終了して、アベンチュリンは満足げに息をついた。酷使した喉を水で潤して、レイシオがベッドの横に座っていることをやっと思い出したらしい。あ、勝手に切っちゃった。そんな心の声そのままのばつの悪そうな顔をしたので、頭をぐりぐりと撫でて許した。はしゃいだせいか少し熱が上がったかもしれない。
「昨日寝る前にジェイドと話したよ。僕の治療だけじゃなく、仕事にも手を貸してくれたんだって? 手当てを出すって言ってた」
「君の容態が安定したからな。暇潰しだ」
「ちえっ。早く帰ってきてほしいからって言いなよ」
「今すぐ帰るか? 僕は歓迎だ」
 位相霊火を取り出してサイドテーブルに置くと、アベンチュリンはぶんぶんと首を横に振った。仕事を放り出すのは嫌なのだ。責任感と、己の利益のために。
 今回レイシオは病に倒れたアベンチュリンの尻拭いをした形になったわけだが、彼は必要以上に恐縮していない。自分の代わりに責任をとれる人間としてレイシオを認めている。これもまた、結婚の大きなメリットである。
 アベンチュリンは病室のドアにちらっと目をやった。レイシオが入室したとき、外で見張っている部下は休憩に行った。気配で誰もいないのを確認すると、身を乗り出してレイシオに顔を寄せてきた。
「ねえレイシオ、この病気にかかったことある?」
「ある」
「じゃあさ」
 レイシオはその続きを自らの唇で止めた。軽く触れて離れる。
「足りない、もっと」
 二度めも同じく、リップ音すら立てずに静かに触れるだけにした。
「もっと」
 何度繰り返しても触れるだけですぐ離れていくレイシオに焦れたアベンチュリンは、ん!と舌先を出してねだった。それをレイシオは一瞥して、鼻先にキスを落とした。
「欲しかったら血中酸素濃度を上げろ」
「頭の固い医者め……!」
 フン、と鼻をならしてレイシオは一蹴した。
 僕が死にかければ君にもわかる。などと乱暴な気持ちが過らないでもない。世間で言うところの新婚なので、まだすべてをおおらかに包み込むには至っていないのだ。
 もちろん、そんな気持ちをアベンチュリンに味わわせるつもりは生涯ない。これはレイシオだけが知っていればいい、痩せ我慢の苦味である。