ぷの
2024-09-26 17:34:08
7612文字
Public レイチュリ
 

レイチュリワンウィーク - チェックメイト・エスコート

🛁が残念なラブコールをすげなく断る話。
※付き合ってません。

「明日の僕は教授のエスコート役だから」
 そう聞いていたので、仕事とわかっていながらレイシオは内心楽しみにしていた。パーティ用の装いはあまり気乗りしないことを表して控えめに。ただ、胸に挿したチーフを自身の瞳からアベンチュリンの瞳の色へとグラデーションにして遊びにした。
 ところが、待ち合わせ場所で顔を合わせてみれば、アベンチュリンは珍しく量産品の黒スーツ姿。左耳にインカム、手袋とベストは防刃仕様で、腰に特殊警棒を下げている。これから向かうパーティ会場は刃物と銃の持ち込みが禁止されているので軽装だが、いかにも護衛という出で立ちである。髪を撫でつけて落ち着かせ、ありきたりなブルーのコンタクトレンズで瞳の色を隠し、シンプルなチタンフレームの眼鏡までかけている。
 なるほど、エスコート。想像とは違ったが、それはレイシオの愚鈍の病が顔を出したせいで、アベンチュリンが騙したわけではない。無論、レイシオの勘違いを誘って上げて落とすつもりはあっただろうが。
 残念ながらアベンチュリンが思うよりレイシオの病巣は深いので、普段とは違う姿の珍しさにも興をそそられる。手を伸ばして肌色のテープで隠した刻印をなぞり、石も付いていない素朴なチタンのピアスに指の背で触れ、顔色の悪さを隠すだけのメイクを施した目尻を滑って、髪に人差し指を通した。
「セットが崩れるってば」
 そう文句を言いながら、好きなようにさせて心地良さそうに目を細めるのだから質が悪い。
「どういった趣向でこんな格好をしているんだ、ギャンブラー」
「このパーティ、なかなか入場規制が徹底していてさ。カンパニーの人間は一切入れないから、一番警戒されない身分を用意した。今日の僕はしがない民間警備会社の一社員」
 アベンチュリンはジャケットの内側を開いて見せた。そこに提げられた入場パスには偽名と偽の身分が記載され、今の姿の写真が添えてある。
「君がキング、僕はポーン。チェスがお好きな本日のお相手と一局指すと聞いたよ」
 今日のパーティは、以前からしつこくレイシオに誘いをかけている男が断られ続けて業を煮やし、これならどうだと賛同者を集めて物量で攻めてきたものである。レイシオのためのパーティなので、キングというわけだ。その誘いの裏にある犯罪組織を潰したい戦略投資部が、関係者が集まるこの機会を活用して一網打尽にしようと送り込んだのがアベンチュリンである。
「チェスの知識は?」
「ぜーんぜん、聞きかじっただけ。教授のお手並みは?」
「ルールは把握している」
「それは、対人経験は少ないという謙遜だね」
 会場で実際にチェスをするわけではない。レイシオの仕事は自分を餌に関係者から身元と交遊関係を聞き出すこと。それから、アベンチュリンと共に本日の招待主の身柄を確保することだ。ついでに犯罪組織について証言が取れればなおいい。パーティ会場の出席者の身柄はアベンチュリンの部下たちが網にかける。
「入場パスで入れるのは僕しかいないけど、チームを外に待機させているからいつでも突入できる。証言は取れたらでいい。何より君自身の安全を最優先して」
 会場は治安のいい都市の一角にある古くて気位の高い小さなホテル。アベンチュリンの用意はいつもの通り周到で、その指揮をとる当人がレイシオに張りつくことになっている。そもそもパーティの主旨からして、この会場にレイシオの命を狙うものはいないだろう。レイシオはゆったり構えて自分の仕事をすればいい。
「君がいるから安全の心配はない」
「わお、光栄だ。身命を賭してお守りします、陛下」
 おどけて胸に手を当てて礼をしたアベンチュリンは、顔を上げたときには面白味のない無表情になっていた。レイシオも石膏頭を被り、主従は待ち合わせ場所のホテルから程近い会場のホテルへと向かった。


 レイシオはパーティ会場で出席者全員と挨拶を交わして情報を取ったあと、呼び出しを受けてホテルのVIPエリアに向かった。会場でずっと気配を消してレイシオの背後に立っていたアベンチュリンとは、VIP専用エレベーターの前で別れた。護衛は乗る資格がないと断られたのだ。アベンチュリンは大人しく引き下がり、姿勢を正してレイシオを見送った。護衛の役目を終えた彼は誰も見ていないのを確認するとがらりと気配を変え、閉まる扉の細い隙間からウィンクを投げて寄越した。
 最上階にはスイートルーム一部屋しかない。廊下に人影はないが、巧妙に隠された監視カメラを通して目障りな視線を感じる。
 ドアベルを鳴らすと扉が内側から開かれて、部屋の中に招かれた。エントランスを抜けてリビングへ。レイシオを招待したオムニックの男が振り向いて親しげに握手を求めてきたが、応えずに手の届かない距離で足を止めた。チェスを嗜むレイシオが開けた距離を、相手は終盤のスタンスととったらしい。楽しげな笑い声をあげて、距離を詰めてはこなかった。実際のところレイシオにオポジションを洒落たつもりはなく、接触が嫌で避けただけである。
 男が顎をしゃくると、レイシオを案内したオムニックはリビングから出て、エントランスに控えた。間仕切りがないので形の上だけだが、部屋の中は二人だけになった。機械の体は外見から能力を推し量るのが難しく、エントランスに下げた駒の実力はわからない。しかし余裕たっぷりの態度から、招待主が優位を確信していることは伝わってきた。
「レイシオ教授、我が賛同者たちと話をして、心を決めてくれましたか? これからわずか数十年であなたを失うなんて、世界は耐えられないでしょう」
 世界を語るとは。大きな主語から増長ぶりが窺える。開幕から聞くに耐えないと、レイシオは思索に意識を飛ばしたくなった。
 彼から繰り返し提案されているのは、機械の体にレイシオの脳を乗せて寿命を伸ばすことである。レイシオは最初から一貫して相手にしなかった。レイシオの功績を褒めそやし、支援を申し出て、何かにつけて顔を合わせようと接触してきたが、すべてすげなく断ってきた。彼が他にも賛同者がいると漏らしたのは何度めだったか。そこで初めてレイシオは興味が湧いたふりをした。その頃には戦略的パートナーに話を持ち込んでおり、カンパニーの力で彼の背後関係を洗い終わっていた。賛同者たちとも顔合わせができるならと条件をつけて承諾し、設けられたのがこのパーティである。自分の値を釣り上げるのがお上手ですねと嫌味を言われ、満足に口を閉じていることもできない浅はかな奴の誘いに誰が乗るんだと思ったが、教えてやりはしなかった。
 彼はこの場で改めて、レイシオに機械の体の素晴らしさを語った。脳が生身である以上永遠にとはいかないが、機械の体には取り返しのつかない不具合も病気もない。脆弱な肉体の軛から解放されるのは夢のようだろうと、大層な熱のこもりようだ。安全で完璧な移植とリハビリのノウハウを確立したと力説する。それは現在の医学界では未だ異端であり、多くの星では犯罪である。
 オムニックの男はレイシオに向かって紳士的な声音で話しているが、言葉の端々に垣間見える毒気から、生身の肉体を軽蔑しているのは明らかだった。差別主義者の嫌悪と侮蔑のこもった視線でチリチリと肌を炙られるような心地がする。それはたとえレイシオが彼の提案に乗ったとしても変わらないだろう。ひとかけらの生身すら彼らは嫌悪し、不完全な生命だと蔑むに違いない。レイシオの脳を自分たちのために欲しておきながら、勝手なものだ。
 長い独演で犯罪の自白は十分に得た。となれば、この局面をとっとと詰めてしまいたい。そう思ったタイミングで、男の向こう、リビングの奥のバルコニーに黒い影が降り立った。一羽のカラスが手すりにとまったかのような軽やかさで、レイシオ以外の誰もその気配に気づいていない。窓越しにひょいと顔を覗かせた黒服のアベンチュリンは、窓に何か細工をするとレイシオに向かってハンドサインを送り、サッと隠れた。準備完了いつでもどうぞ。石膏頭の中のインカムを通じて、この部屋の会話はすべて彼にも伝わっている。また、この部屋の外で起こっていることはレイシオにも聞こえている。最上階のスイートルームには伝わっていないが、耳元で聞こえる喧騒がこの仕事が大詰めであると知らせている。
「僕はこれからも、屋上の山羊を落としたりしない」
「その古典的な侮辱、久しぶりに聞きました。私を怒らせようとしているんですか?」
「いいや。君の態度に相応しい表現で断っただけだ」
「有機生命体のプライドの高さは鼻につきますね」
「君は機械生命体にしてはずいぶんと表情豊かだな」
 また大きな主語か、差別主義者め。レイシオは機械生命体に対して差別意識を持っていないつもりだが、礼を欠く相手にまで遠慮するほどお人好しではない。
「あなたの意思は変わりませんか? 我々ほどあなたの才能を惜しみ、未来を憂いているものはいません」
「それなら、今ここで無駄話をしている一分一秒が惜しいと理解してほしいものだ」
 最後のチャンスですよ、と男は威圧的に言い、レイシオを力ずくで従わせるための駒を呼び寄せた。たったの二人。軽く見られている。
「交渉決裂ならばチェックメイトです。あなたの脆弱さをわからせて差し上げましょう」
「盤面をよく見ろ。僕のクイーンが君の後ろにいる」
 それが合図だった。バルコニーの窓を綺麗に割って室内に飛び込んだアベンチュリンは、一気に距離を詰めて背後からオムニックの男の膝を崩し、易々と拘束した。同時に、レイシオは虚数空間から取り出した本を振り抜いて背後に迫っていたオムニック二人の頭を立て続けに打ってなぎ倒し、昏倒させた。くるりと一回転するうちに本は光の粒になって虚数空間に消えた。レイシオは後ろ手に拘束されて跪く相手キングを冷ややかに見下ろして告げた。
「チェックメイト。君の身柄はカンパニーに送られる。違法な移植手術とそのための人身売買について、すべて話してもらおう」
「カンパニーは完全に排除したはずだ、なぜ……
「駒の差だ。ゲームと現実は違う」
 アベンチュリンは軽やかな足取りでレイシオの隣に並ぶと、眼鏡を外して口に咥え、セットした髪を崩して遊ばせて、ネクタイを引っ張って襟をくつろげた。レイシオが自身のポケットチーフを取って胸に挿してやると、空いたレイシオの胸には眼鏡が差し込まれた。安物の服を纏い瞳の色は平凡なブルーのままだが、居丈高に微笑む華やかな存在感はポーンではありえない。
「プロモーションっていうんだっけ? 窮屈なのもたまには悪くないけれど、こっちの方が性に合う。パーティのお客様はカンパニーが代わっておもてなしをしているから、心配しなくていいよ」
 ポーンから昇格したクイーンは体についたガラスを優雅に払うと、己のキングが差し出した腕に手を添えた。


 部下たちに現場の後始末を任せ、レイシオとアベンチュリンは待ち合わせ場所のホテルの部屋に戻った。
 レイシオが寝室で着替えを済ませてリビングに戻ると、アベンチュリンは着替えこそ済んだものの、ソファに座ってアクセサリーを一つずつ身につけているところだった。時々手を止め、端末を操作しながらインカムで指示を出している。
 レイシオは外したアクセサリー類をまとめてあるトレーを手に取った。精確さと軽さ以外に褒めるところのない腕時計、発信器を内蔵した警備会社のラペルピン、穴を塞ぐだけのピアス。艶のない黒っぽい銀色をした色気のないアイテムばかりだが、アベンチュリンがクイーンに成ったとき、すべてが完璧に計算されたアクセサリーに見えたから不思議だ。レイシオの欲目は認める。預けられていた没個性の眼鏡を足して、トレーをテーブルに戻した。ポケットチーフは見当たらなかったが、アベンチュリンが持っているなら構わない。
 さて、ここで今日の報告書を書いていかねばならない。まずはコーヒーを二人分淹れた。差し出したコーヒーに礼を言って端末から顔を上げたアベンチュリンは、いつもの瞳の色に戻っていた。ポンポンとソファの隣を叩いて示されたのでそこに座る。手を伸ばして揺れるピアスの飾りを乱し、いつものメイクを施した目尻を撫でて、髪に指を通してすいた。
「ふふっ、教授の触り方が違うのは無自覚?」
「そうだったか?」
「ポーンのときはちょっとだけ他人行儀だったよ」
 断りもなく触るだけで十分に親密で他人行儀もなにもないと思うが、違いがあったらしい。わからなくていいよ、と言うアベンチュリンはどことなく機嫌がいい。
「あのさ、屋上の山羊ってなあに?」
「古い小説のエピソードだ。もし興味があって読むなら、その後でなぜ侮辱の意味になるのか解説しよう」
 本のタイトルをメッセージで送ると、アベンチュリンはあまり気のない様子で礼を言った。前振りの話題ならそんなものだろう。
「教授は長生きしたいと思わないのかい?」
 これが本題だ。勧誘のあらましは前もって話していたが、レイシオ目線の説明ではかなり否定的に聞こえただろう。実際に誘う熱量を耳にして、なぜレイシオが心を動かされなかったのか気になりだしたのかもしれない。
「そうだな、健康に努めて天寿を全うしたいとは思う。機械生命体や長命種を羨むことはあるかもしれないが、そうなりたいと考えることはないだろう」
「どうして?」
「僕はごく普通の有機生命体に、幸いにも健康で頑丈に生まれた。その立場で学び、与えられた時間でできることをやっている。もし立場が変わったら、長い時間と衰えない体を得て新しい目線で世界を見たなら、新しい問題が目の前に立ち塞がるだろう。そちらに目を奪われて、物差しの細かい目盛りを読み飛ばしてしまうことを恐れている。僕は、今見据えている課題をひとつも投げ出したくない。もし命の長短を選択できるのなら、課題をすべてやり終えるまで現状を選びたい。そして、おそらく死ぬまで課題は尽きないだろうから、選び直すことはない」
 アベンチュリンはレイシオの言葉をゆっくり咀嚼して、こくりと頷いた。
「君と同じ時間に生まれて幸せだなあ」
 そう言ったアベンチュリンが本当に穏やかで幸せそうだったので、レイシオはぐっと喉を詰まらせた。アベンチュリンは思いもしないだろう、レイシオが長く生きることを躊躇う理由が自分にもあるとは。
 試しに明かそうか。自分にまるで価値がないと思い込みたがっているアベンチュリンに重たい足枷をつけたいという暗い考えを。その足をレイシオと繋いで、のんきに幸せだなどと言えなくしてやりたい。アベンチュリンがレイシオをはるか遠くの明るい星のように眺めていることに、どれほど隔絶の悲しみを味わっているかを知らしめたい。
 しかし、それはただ衝動を満たすだけの悪手だ。詰めを誤ってステイルメイトで終わる勝負など後悔しか生まない。今まで何度そう言い聞かせて衝動を抑えてきたことか。
 レイシオが誰よりも自分の手で幸せにしたい相手は、その想いを受け取る用意がまだないのだ。心を開いてほしいのであって、どうにでもしろと投げ出されたいわけではない。
 今までかけた時間の成果は出ている。少しずつアベンチュリンはレイシオへ興味を向けているし、少しずつ崩してきた壁は徐々に薄く低くなっている。
「そう思うなら、僕が成すことを見届けてくれ」
「急に大仕事が降ってきたな。僕を指名する理由はある?」
「無論、ある。君の人生に僕が関われないのなら、僕の人生に関わってもらうしかない」
「僕の人生なんて関わっても良いことないよ。君に寄り添いたい人ならいくらでもいるだろう」
「それは僕に必要な人ではない」
 返す言葉をすぐには見つけられず口を噤んだアベンチュリンに、少しだけ溜飲を下げた。ややあってアベンチュリンは何か言おうと口を開いたが、インカムの呼び出しが入ってそちらに取られてしまった。
 長引きそうだと踏んで、端末のバーチャルスクリーンとキーボードを開いた。眼鏡をかけて足を組み、膝下を台にしてキーボードを叩く。忘れないうちにパーティ会場で挨拶した相手の情報を一覧にまとめていく。あの場にいない関係者の名前もいくつか挙がっていた。煩わしさの種は機会があるときに根絶するに限る。
 通話している間に仕事をし始めたレイシオの邪魔をできずに、アベンチュリンはちらちらと様子を伺ってくる。頭で組み立て終わったものを出力しているだけだから話しかけられたくらいで手は止まらないが、あえてそのまま黙っていた。気もそぞろで自分の仕事が手につかず、そわそわとタイミングを待っている姿が可愛かったのだ。
 切りのいいところまで打ち込んでコーヒーに手を伸ばすと、すかさず話の続きを滑り込ませてきた。
「さっきの話、誰でもいいわけじゃないのはわかったけど、僕である必要もないよね?」
「そこは話の主旨ではないから、言い直そう。君が口先だけでなく本当に僕という人間を珍重するなら、君も健康で文化的に長生きして、僕の影響を体現してくれ。間違っても人生を投げ捨てたりするな。頭にきて後を追うぞ」
「はあ!?」
「冗談だ」
 今日はここまで。レイシオがふっと笑うと、アベンチュリンはむうっとむくれた。その髪をくしゃくしゃと撫でる。
「セットが崩れるってば!」
 仕返しとばかりにレイシオの髪もくしゃくしゃと混ぜられた。
「君さあ、ときどきそうやって意地が悪くなるの、なんなんだい」
「ガス抜きだ。付き合わせてすまない」
「人をからかってストレス解消しないでくれよ、もう」
 ゲームの終了はまだ見えない。ゆっくり揺さぶりながら駒を進めよう。
 いつか感想戦で答え合わせをする日を迎えられたら、本気と冗談の境目を知らされたアベンチュリンは、呆れて眩暈を起こすに違いない。






【オポジション】
キング同士が一マス挟んで向かい合っている状態。相手キングの動きを制限する、終盤のテクニック。

【プロモーション】
ポーンが相手陣地の最奥に到達し、強い駒に昇格すること。昇格する駒を選べる。クイーンは行動範囲の広い最強の駒。

【ステイルメイト】
手番なのに動かせる駒がないこと。引き分け。攻めを焦ってうっかりそうなったり、負けそうなときに狙って引き分けに持ち込んだりする。


※屋上の山羊はSFの名作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」のエピソードです。意味については安定の捏造で、原作にそのような含みはありません。古いものが後年曲解されて意味が独り立ちしてるのっていいよね的な、細かすぎてどうでもいい設定です。