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ぷの
2024-09-02 10:38:46
3549文字
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レイチュリ🍰
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レイチュリワンウィーク - 家族
同棲してる二人の朝のひとときの話。
レイシオがいると、不思議と眠れる。それが一緒に暮らし始めた最大の理由だった。
夢も見ないで寝ついたと思ったら一瞬で朝だったり、とても幸せな夢を見たり、悲しいけれど辛くはない夢を見たり。夢を見ても記憶には残らない。ただ後味だけがふわふわと残っていて、目が覚めたとき綺麗な水で口をゆすいだような、さっぱりとした気持ちになっているのだ。
今も、すうっと浮上した意識が水面に浮かんで、プカプカと漂いながら夢の余韻を味わっていた。誰かを幸せにした夢だった、たぶん。とても素敵なお礼をされて、アベンチュリンも嬉しくなって、それで、なんだっけ。空を吹き流されながら強制スクロールの世界旅行をしたのだか、沈まない不思議な海で泳げないとけらけら笑ったのだか。こうして反芻しているうちにも記憶はどんどん曖昧になっていく。楽しかった印象もまたほどけて溶けてしまう。
残念だな。楽しい夢なら覚えていたいといつも思う。どんな荒唐無稽な話でも、楽しく聞いてくれる人が隣にいるから。レイシオなら指摘と考察と一匙の創作を加えて、曖昧なアベンチュリンの夢から生まれたとは思えない、くっきりとした物語を一緒に仕立ててくれるだろう。それにイラストを付けてもらえば完璧だ。
レイシオは、設計図や模式図やモデルのあるイラストならこの上なく美しく描くのに、頭の中にしかない曖昧なイメージの世界を描かせるととんだ画伯になる。彼の味のあるイラストがアベンチュリンは大好きだ。
どうしてそうなるのか本当に不思議だけど、なんとなく、ふんわりとした想像が苦手なのかなと感じている。手癖というものがあまりない。設定が足りなくて素材や形が合理的なのか確認できないと、形がぐずぐすになってしまう。理由もないのに角やら羽根やらが付いた生き物なんて最たるものだ。ペンを迷わせながら「それはどんな形だ、鳥か、虫か、蝙蝠のようなものか」など尋ねるレイシオに「君のイメージで」と知らんぷりをして、ごちゃごちゃしたキメラが誕生するのを楽しむのは格別だ。逆に、思いつくまま設定を積み上げていけば、その積み木をレイシオに整えられ補強され、リアリティのあるイラストで本当に実在しそうな箱庭を紡ぐことだってできる。
そろそろ目を閉じているのも限界かな。アベンチュリンの正確な体内時計はまもなく起床時間だと告げている。先に起きたレイシオが朝風呂で頭のウォーミングアップを終えて、美味しくて体に優しい朝食を作り、アベンチュリンを迎えに来る頃だ。
ほら、スリッパの足音がする。アベンチュリンにくっついている三匹のお菓子がもぞもぞと身じろぎする。
「おはよう」
優しい声の後、額にキスが降ってきた。知らないうちにされたらもったいないから、キスは起きているときだけしてとお願いしてある。アベンチュリンが目覚めているのをわかっているのだ。
毎朝、姿勢も寝息も完璧に擬装しているのに、なぜかレイシオには狸寝入りを見分けられてしまう。声をかけられたり触れられたりはもちろん、近くに歩いてこられたら絶対に目が覚める自信があるのに、レイシオの気配がアベンチュリンの眠りを邪魔したことはない。レイシオは、アベンチュリンが目覚めているときだけ近寄って来る。なお、レイシオがベッドから抜け出すときは、深く眠っているタイミングを見計らっているのか、たいてい目が覚めない。解せぬ。
額から降りてきた唇がアベンチュリンの唇に触れて、ちゅ、ちゅ、と小さなリップ音を立てて何度も啄まれる。目を開けたら終わってしまう。まだ、もう少し。そう思ったのに、顔の前にぽたりとふわふわの尻尾が落ちてきて、二人で吹き出したからもうダメだった。毎朝のことなのに、毎朝笑っちゃうから困る。
ボトルのメモリを見ながら調味料を順に入れていく。朝食のドレッシングを作るのは、食卓で任されたアベンチュリンの数少ない役目の一つだ。最初に教えてもらったレシピから少しずつ足したり引いたりして好みの味に調えた現在、レイシオに再現できないと言わしめた逸品である。
何度か作るところを録画してレシピを書き起こしたみたいだけど、おあいにくさま。こちとら職人なもので、その日の気温や湿度やレイシオの体調を考慮して細かな微調整をかけている。もちろん、肥えていく舌に合わせて進化も怠らない。ボトルをしゃかしゃか振って適度に空気を混ぜこむ。きらめく油の粒とほどよく溶け残った塩の結晶がハーブと共に踊るのを見届けて、サラダとトーストを運んでくるレイシオに疑問を投げかけた。
「君はどうして、僕の目が覚めてるのがわかるんだい? 狸寝入りには自信があるんだけどな」
「そうだな、家の外ならわからないかもしれない」
外だとアベンチュリンの警戒心が強いからだろうか。ホテルなどに泊まると眠りが浅くて、ベッドを共にしていたとしてもレイシオより早く起きるのがほとんどだ。
アベンチュリンは定位置に座って、バターまで塗ってあるトーストにマーマレードを落とす。レイシオもその向かいに座って、ドレッシングの出来上がりを観察して目を細めてからサラダにかけた。
「子どもの頃、家で犬を飼っていた。気が優しい雌の大型犬で、主に面倒を見ていた僕に特に懐いていたと思う」
果物ジュースを一口飲んで、レイシオの話に耳を傾ける。アベンチュリンの手が止まったのを見て、聞きながら食べろと促された。
「家には彼女のための部屋があって、そこでひとりで寝起きしていた。朝になると、僕より先に起きる父か母が彼女を部屋から連れ出して、リビングのソファで一緒にくつろぐのが日課だったそうだ。けれど僕は、その光景を一度も見ることはなかった」
「どうして?」
「僕が目を覚ますと、彼女は即座に気づいた。体を起こすどころか瞼も開かない、意識が覚醒した瞬間を彼女は敏感に察知した。犬の感覚というのは計り知れないな。そうすると彼女は父母のことなど見向きもしなくなり、僕の部屋の前に座って待つのだそうだ。僕が部屋から出るまで、ドアを透かして僕を一心に見ていたと」
その話をするレイシオの顔はあまりにも優しかった。遠くにやった目線が深く愛した彼女の姿を見ているのがありありとわかり、アベンチュリンは複雑な気持ちを少し持て余した。そんな存在が彼にいた喜び、その瞬間を見てみたかった悔しさ、愛されていた彼女への嫉妬、自分は短い間しか得られなかった家族の温かさへの羨望。
顔には出ないよう堪えたものの、しゃくりと噛んだレタスが少し苦い。
この後どんな惚気話が追加されてもいいようにこっそり覚悟を決めたのに、レイシオの目は昔の幻影からアベンチュリンに帰ってきた。
「これが君の質問への答えだ」
「え?」
「家で眠る君のそばには、いつもあの子らがいる。君が目覚めていないときは、こっちへ来るなと目で訴えてくる。目が覚めていれば、苦しゅうない近う寄れと言わんばかりの顔だ。部屋に入らずとも、それを見れば君の様子が一目でわかる。あの子らに君の狸寝入りは通用しない」
まさか、そんなことになっていたとは。アベンチュリンはてっきり、かわいい三匹も一緒に眠っているのだとばかり思っていた。
「君の子らが優秀なのはなによりだが、たまに妬けるな。僕はそこまでの感度のセンサーを持ちえない」
「妬くの、そこなの?」
「君のすべてに一番鋭く気づきたいと思うのはおかしいか?」
「それは
……
嬉しいよ」
話し終わったレイシオはサラダを食べ始めた。咀嚼する音を聞き、飲み込む喉仏を眺めて、こんな至福の時間があろうかと今日も飽きずにそう思う。
「君も、僕のことをよく見てくれているだろう。今朝のドレッシングが一番美味しい。毎朝そうだ」
アベンチュリンは笑み崩れた。表情筋はメイクをしてからがお仕事。家ではゆるゆるのままでいい。
「だろう? 目分量に見えて、綿密に調整してるんだ。君仕様にね」
「嬉しいよ」
何度もらったかわからない褒め言葉、何度目か忘れた自慢に、同じ返事。新しいものなんてたまにでいい。同じことの繰り返しで強くする絆があると教えてもらったし、同じことをなぞっていても完全に同じにはならない日常が嬉しくて楽しい。差分を共有する贅沢は、二人の日々が重なるところから始まるのだから。
躍りだしたい気持ちを押さえて、粛々と朝食を口に運ぶ。甘いレタスに今日のドレッシングはよく合っていた。こんな現金な味覚でよく繊細な作業ができるものだと我ながら思う。
味見をしなくても感覚で組み立てた味で間違いない。その成功体験の積み重ねはアベンチュリンのたしかな自信になって、心を支える柱になっている。
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