ぷの
2024-08-10 09:47:36
3606文字
Public レイチュリ🍰
 

レイチュリワンウィーク - 「先生」

宇宙ステーションでの一幕。
🦚の「だーめ」はサビです。

 宇宙ステーション「ヘルタ」封鎖部分2F。レイシオがルアン・メェイの創造物たちの定期健診を行っていると、珍しいことに開拓者たちがやってきた。招かれざる客である。
「あ、レイシオがいる。やっほー!」
「アンタはまたそうやって……
 両手を振ってハキハキと声をかけてくる開拓者と、その袖を引っ張ってちゃんと挨拶しなさいとたしなめる三月なのかの二人だ。レイシオは軽く手を上げて挨拶の返しに振ってから、しっしっと追い払うジェスチャーを送った。来るな、出て行け。
 開拓者はレイシオの冷たい対応を気にした様子もなく、生命オーブンの前に立った。まさか、また見境なく増やすつもりじゃなかろうな。レイシオだけでなく、創造物の世話をしている職員たちがピリピリと神経を尖らせて開拓者を注視する。
 そんな緊張感漂う空気にそわそわするのは三月だけで、開拓者はどこ吹く風だ。両足を肩幅に開き、取り出した帽子を目深にかぶる。そのつばを右手で押さえて左手を高く掲げ、パチン!と指を鳴らした。
 そのたいへん見覚えのある仕草に、レイシオは眉間に深い皺を刻んだ。
「なの、見てた? 完コピだったよね」
「アベンチュリンに怒られない? あの人怒ったら怖そうだよ」
「大丈夫、見てたとしても笑うだけだって」
 開拓者の言う通りだろう。アベンチュリンは自分をどう扱われようと、実害がなければ頓着しない。だが、横で見ているレイシオは常々腹立たしく思っている。自分が認めているものを軽んじられるのは不愉快だ、それがどんな方向性であろうとも。急降下した機嫌を感じ取って、診察を受けていた創造物はレイシオの膝からぴょんと飛び降りて逃げた。
 ペロリと唇を舐めた開拓者は、鼻息荒く生命オーブンに設定を入力していく。
「皮はこれで、あんはこれ。模様は、うーん、これかな? カモン変異! きたきたー!」
 思い通りに変異を引き起こしたらしく、ガッツポーズをして大はしゃぎである。遠巻きに見ていた職員の一人が逆に肩を落とした。レア創造物は個性が強く、比較的扱いにくい個体が多い。気の毒に、せめて世話のしやすい子でありますようにと祈りを捧げ始めた。
 さて、開拓者のお目当てのレア創造物はどれなのか。それとも、これまで使ったことのない素材で新しい種類を生み出したくなったのか。一関係者でしかないレイシオは鷹揚に見守る構えでいたのだが。
「ここで登場するのが新素材。じゃじゃーん、アベンチュリンから貰ったチップ!」
 開拓者の宣言と懐から取り出された見覚えのある物に、思わず立ち上がった。
「待て!」
「だーめ」
 レイシオが制止の声をあげるのと、開拓者の手からチップが抜き取られるのは同時だった。
「あれっ、アベンチュリン」
 アベンチュリンは取り上げたチップをピンと宙に弾いて受け止めると、流れるようにその手を開いて見せた。空っぽだ。
「ピノコニーの記念にくれというからあげたのに。こんなおいたに使うなら返してもらうよ。命は軽々しく作るものじゃない」
 ぷうっと頬を膨らませて、開拓者はアベンチュリンに携帯端末を横向きで突きつけた。
「ガチャ代行してほしいのに、最近なかなか連絡取れないじゃん。代わりにアベンチュリン似のレア創造物に願掛けしようと思ったんだよ」
「僕の幸運は僕にしか使えないから、そんなことをしても無意味だよ。それで、どこをタップすればいいんだい?」
「ここ!」
 本物がいればもう用はないと、現金な開拓者はアベンチュリンの腕にすがって生命オーブンに背を向けた。その光景を見ていたレイシオと顔を上げたアベンチュリンの目が合う。アベンチュリンは口角を上げると、ぱちっとウインクを寄越した。きびすを返して葦毛の大きな子どもを腕にぶら下げたままエレベーターに向かう。三月は「お騒がせしました」とぺこぺこ職員たちに頭を下げて二人についていった。
 室内は再び穏やかな空気を取り戻した。
 さきほど肩を落としていた職員は晴れやかな顔で生命オーブンの操作をキャンセルしている。危うく、なんともくだらない理由で命を生み出されるところだった。アスター所長は開拓者を出禁にする気はなさそうなので、今後も開拓の運命の恐ろしさを味わってヒヤヒヤすることがあるだろう。
 レイシオは少々疲れを感じて再び腰を下ろした。その足元に逃げ出した創造物が戻ってきて、「んみ」と鳴く。創造物のために入れた共感覚ビーコンの拡張機能が「先生、大丈夫?」と心配する可愛らしい心遣いを翻訳した。抱き上げて膝の上に乗せ、中断した診察のお詫びに優しく撫でる。そうだな、仕事をしよう。


 そうして全て診終わる頃、再びアベンチュリンが現れた。きょろきょろと辺りを見渡し、花壇前のベンチに腰かけて診察後のおやつをあげているレイシオのところに寄ってきた。
「ここの子たちが呼んでる先生って、教授のこと?」
「ああ。ここには獣医として来ているから職員にそう呼ばれている。それをいつの間にか覚えたようだ」
 近くに来たアベンチュリンからかつてここで過ごしていた同種の匂いをかぎ取ったのか、創造物たちは歓迎するようにぽよぽよと揺れている。一匹が前足でぺしぺし自分の隣を叩いて、アベンチュリンに向かってここに座れと合図した。
「あは、可愛いなあ。ここの子の匂いをつけて帰ったら、うちの子たちがやきもち焼いちゃうかな?」
「あの子らにまだそこまでの独占欲はなさそうだ。大丈夫だろう」
 それならとアベンチュリンは指定された場所に座り、寄ってきた子たちを遠慮なく撫でる。撫でられた子の気持ちよさそうな甘え声に反応したのか、わらわらとさらに数匹寄ってきた。レイシオの膝にいた一匹も移動して、アベンチュリンの周りには色とりどりの小山ができあがってしまった。
「ここが天国かな? 帰る前に寄って良かった」
「これだけ歓迎されているんだ、いつでも来ればいい」
 まとまった数の創造物が珍しい客に引きつけられているおかげで、手の空いた職員たちは今のうちにといろんな作業に精を出している。そういう意味でも歓迎されるだろう。
 レイシオはアベンチュリンの手のひらを取って、おやつの残りを乗せて閉じた。目を輝かせた数匹がちょうだいちょうだいとその手に群がって催促する。
「うわあ、勢いがすごい」
 一個ずつ取り出して一匹ずつ食べさせ、それを眺めてはニコニコしている。そんなアベンチュリンを眺めているレイシオも口元が緩んでいたのだが、幸いなことに誰も見ていなかった。
「さっきは開拓者を止めてくれて助かった」
「あの子はちょっと……なかなか突飛だよね。意味ないってことは念押ししたからもう今日みたいな理由で作ろうとはしないと思う。だけど」
 アベンチュリンがレイシオの顔を覗き込む。いつもとは違う色柄の子を抱いて、その子と同じ潤んだ瞳の上目遣いで、囁くように言った
「万が一僕の子ができちゃったら、認知してね」
「語弊がある言い方はやめろ……!」
「いたっ!」
 レイシオがアベンチュリンの額を強めに指で弾くと、創造物たちがぎょっとして飛び上がった。何匹か逃げ出したので、ついでに小山を全部追い払う。
「この男は君たちの教育に悪影響だ。解散」
「暴力もよくないんじゃないかな」
「先生ひどい」
「先生きらい」
「先生にはだっこさせてあげない」
 口々に鳴く可愛い抗議を聞きながら、アベンチュリンは額を押さえてくつくつと笑っている。
「あーあ、先生嫌われちゃった」
「君に先生と呼ばれる筋合いはない」
「いいじゃないか。僕だけ仲間はずれにしないでくれよ、寂しいなあ」
 そう嘯いてアベンチュリンは立ち上がり、座っているレイシオと向かい合った。帽子を取り出してかぶると、右手でつばを押さえて前屈みになる。左手がレイシオの目線を引きつけてからひらひらと蝶のように羽ばたいて降り、顎の下辺りで止まった。そこでパチンと指が鳴らされる。
 コトン、とレイシオの白衣の胸に重みが落ちた。
「君なら作っていいよ。だから約束ね、先生」
 アベンチュリンのそれは創造物たちの呼びかけとはまるで違う湿度で、レイシオの腹を落ち着かなくさせた。
 またね、と創造物たちに手を振って、アベンチュリンは部屋から出ていった。去り際につばを持ち上げた帽子の下から、少し赤味が差した頬でむず痒そうに笑う横顔が見えた。レイシオが左胸を押さえたのはポケットの中を確かめたからであって、断じてアベンチュリンの表情が心臓に刺さったからではない。
 ポケットから取り出したチップは表面を滑らかにととのえられたクレイ素材だった。デノミネーションはない。まだ価値を定められない特別製のチップを左胸に戻し、レイシオは耳に残る「先生」のうだるような響きを首を振って払った。