ぷの
2024-07-19 21:22:22
6920文字
Public レイチュリ パロ
 

レイチュリワンウィーク - 一度だけ・タイムライン

※芸能界パロ。ちょっとモブが喋ります。

「カット!」
「クランクアップです、お疲れさまでした!」
 スタッフたちの拍手に包まれて、アベンチュリンはほっと力の抜けた笑顔になった。花束を手渡されて、その香りを胸一杯に吸い込む。からの、全開の笑顔。
「ありがとうございました。すごく楽しい現場でした」
 共演者たちが手招きしている。メイキング班が回しているカメラに小さく手を振って、記念の集合写真の輪に加わる。
 トパーズに腕を組まれて片手で半分ずつハートを作って、頭を傾けてコツンとぶつけ合って。フラッシュがバシバシと瞬く。
「ドラマでも仲良かったけど、本当に仲良しですよね、お二人」
「事務所の同期で年が近いもんね」
「弟みたいな感じなんですよね」
「僕の方が年上だろ」
「君、抜けてるんだもの。こないだも……
「だーめ、それは内緒! ねえ、あっちに挨拶に行こう」
 トパーズの腕を引っ張って、すでに撮影を終えた共演者たちが軽い打ち上げをしている控え室に誘う。
「行こ行こ!」
 メイキング班を連れて、アベンチュリンたちは挨拶と記念写真をこなした。

 事務所に戻ったアベンチュリンとトパーズは、ソファにぐったりと倒れた。片や大股開きで浅く腰かけて天を仰ぎ、片やペットの次元プーマンを抱きしめて深呼吸を繰り返している。
「いつまでやるの、この仲良し営業」
「SNSの反応がいいうちは続けてもらうわ」
 アベンチュリンの質問に答えたのは、マネージャーのジェイドだ。ドラマの公式アカウントにアップされた二人の写真に大量のアクションがついているのを見て、満足げに口角を上げている。
「仲良くするならアベンチュリンじゃなくてジェイドさんがいいのに」
「あら嬉しい」
 自身もかつて女優だったので、ジェイドは顔出ししている。事務所の公式アカウントでたまにトパーズを甘やかすポストをして、一部の熱いファンをざわめかせては楽しんでいる。
「ドラマの最終回直前特集で今までのメイキングがまとめて放送されるの。ざっと編集されたものが手に入ったから、目を通しておきなさい」
 ジェイドがソファの向かいに置かれたモニターに映像を流す。共演者たちがどういうイメージ作りをしているか改めて確認して、立ち回りを把握せよということだ。撮影が終わっても番宣であちこちに顔を出すし、そこで共演者たちと絡むことになる。
 アベンチュリンがニコニコ笑顔を振り撒いている場面で、トパーズは顔をしかめた。
「うわ、寒っ」
「毎度ディスるのやめてくれる?」
「だって君の笑顔が出来すぎで気持ち悪いから」
「完璧ってことだろ」
「寒気がする。生理的に無理」
 君、僕の笑顔に親でも殺されたのか。トパーズがアベンチュリンの作り笑いを貶すのは毎度のこととはいえ、少しは傷ついているのだ。
「あ、珍しい、ホントに笑ってる。これなら悪くないよ」
 画面の中で、一人の共演者とアベンチュリンが向かい合って笑っている。彼の襟首を掴んで詰め寄るシーンを撮るとき、もっとちゃんと絞めていいと練習に付き合ってくれたのだ。
 彼の手がアベンチュリンの手を誘導して自分の首元にかけさせ、こう、と力加減を教えるために上から握る。衣装の手袋越しでも手のひらの熱が伝わってきた。アベンチュリンが襟首を掴んでぐっと押したから彼は背を反らしているのに、まったく揺るがない強い体幹。むしろ前のめりになりすぎたアベンチュリンが体勢を崩して、腰を掴んで支えられた。映像のアベンチュリンは演出スタッフと一緒に屈託なく笑ってるように見えるが、実際は口から出てはいけないものが出そうで大変だった。心臓とか、魂とか、愛の告白とか。
「カッコよかったあ」
「君、ファンだもんね」
 彼、ベリタス・レイシオとの共演だけが、このドラマで唯一アベンチュリンが楽しみにしていたことだった。
 レイシオは他の共演者たちともいい距離感で接している。大きく表情を動かすことはないけれど、意外とちょくちょく優しく笑っている。一人でいるときは軽いトレーニングで体を解している場面が多い。ねえ、これ永久保存なんだけど!
「明日の番宣であなたのアカウントのフォロワーをたくさん増やしたら、そのメイキング映像をコピーしてあげてもいいわ、坊や」
 悪魔が囁く。ジェイドのファンの目には、彼女の後ろで鎌首をもたげる蛇が見えないのだろうか。そこもいいと思っているんだろうか。アベンチュリンにその気持ちはわからないが、目の前にぶら下げられた契約書の魅力は間違いない。そもそもスカウトされたときからこの手で釣られてきたので、今回も迷わず魂を売った。
 というわけで、予習である。一周目はレイシオ以外ろくに目に入らなかったので、アベンチュリンは二周目を見ることにした。トパーズは先に帰った。

 本日のゲストはベリタス・レイシオさん、アベンチュリンさん、三月なのかさんです。よろしくお願いします。
 リハーサルでゲストの代わりに首から名札を下げて立ち位置を確認しているスタッフ三人を見て、それだけでアベンチュリンの心臓は暴れだしそうだ。え、近い。無理。隣、むり。三月と場所を交換して間に挟まってもらおう。そう思って彼女の姿を探したが、見当たらない。さっきまで近くにいたのに。
 ふと嫌な予感がして、廊下に出た。非常口の横の薄暗がりになった場所から、ピンク色の髪が飛び出してきた。
「あ、アベンチュリン!」
「何かあったの?」
「ううん、なんにもないよ」
 声こそ朗らかないつも通りでもそれは明らかに嘘で、震える指を握って我慢している。
 三月が出てきた場所に目を凝らしたが、いるはずの人物は気配を殺していて、ここからでは誰かわからなかった。
「君にお願いがあるんだ、マネージャーさんも交えてちょっといい?」
 安心させるようにアベンチュリンは三月に笑いかけ、先に行くよう促してから歩き出した。
 三月の控え室でマネージャーの姫子と話し、三月をゲスト三人の真ん中に置くことになった。これは三月が不審なスタッフからちょっかいを出されにくくするための対策であって、アベンチュリンの心の安寧が守られるのは副産物である。そうったらそう。
「ありがとう」
「お安いご用さ、妹よ」
 ドラマの役柄を持ち出すと、三月はにっと笑った。
 番組内で、いくつかのミニゲームとドラマに関係するクイズをこなす。体力腕力知力揃い踏みのレイシオに比べ、器用さしかないアベンチュリンとすっとぼけた珍回答をする三月は完全に足を引っ張った。なんだかんだ無事に番宣の時間を確保して三月とハイタッチ。レイシオにも手のひらを向けるがかわされて、代わりに頭を撫でられた。全部台本通りである。書いた奴名乗り出て。頼むから信用ポイント振り込ませて。
 そして、ゲストの出番は終わった。
 二人と別れて控え室に戻る途中で、アベンチュリンはスタッフに呼び止められた。非常口の横の暗がりに案内されて、ため息が出そうになるのを堪える。
「単刀直入に聞きます。アベンチュリンさんはトパーズさんと仲が良いですよね。三月さんのことはどう思ってるんですか、浮気ですか?」
 せっかく刀を抜いても、切る相手を見ていなかったら意味がない。たまにいるのだ、仲良し営業を真に受けてこういうことを聞いてくる輩が。そもそもトパーズと仲良しアピールはしていても、付き合ってるなんて一言も言っていない。
「二人とも妹みたいなものですけど」
「嘘だ。それなら他に誰かいるんですか?」
 話が通じないよ、助けてジェイド。しかし残念ながら今日はマネージャーはいないので、自分でなんとかするしかない。
 どう穏便に済ませようかと迷っていたら、強い力で両手首を掴まれた。うわ、怖。
「もし誰もいないなら、俺……
「そこで何をしている?」
 廊下の明かりが遮られて、暗かった場所にさらに大きな影が射した。
「レイシオ」
 レイシオから距離を取ろうと思ったのか、掴まれたままの手首を引っ張られた。アベンチュリンは踏ん張って抵抗したが、バランスを崩して倒れそうになる。その腰を大きな手に掴まれて支えられた。
「責任者に見たままを話すぞ」
 レイシオの一言にスタッフは目に見えて怯え、アベンチュリンの手を離して逃げていった。ほっと息を吐いて壁に手をつき体勢を立て直す。その手が震えていて、案外繊細な自分に苦笑が漏れた。腰から離れていく手を目で追ってしまいそうになるのを我慢して、代わりに自分の手首を確認した。うん、しっかり痕が残っている。
「ありがとう」
「礼には及ばない。手当てしよう。僕の控え室に来てくれるか」
 アベンチュリンの手首を痛ましそうに見たレイシオにそう聞かれて、断ることなんて出来なかった。

 あれは脅しではなく、予告だった。レイシオは控え室に着くなりアベンチュリンの事務所に連絡を取ると、きっちりジェイドに見たままを話した。アベンチュリンからも三月とのことを含めて報告した。あとは事務所が始末してくれるだろう。
 それからソファに座らされて、痕が残っている手首の手当てをされた。優しい手つきが麻酔のように効いて、痛みはどこかへ飛んでいった。
「えっと、何から何までお手数をおかけして」
「君は被害者だ。気にするな」
「僕のせいだって思わないの?」
「そんな馬鹿な話があるか。君ははっきり拒絶していた。勘違いさせる余地なんてなかった」
「はは、良かった。よく言われるから」
 あんな場面を見られたレイシオに誤解されなかったことが嬉しかった。他の誰に誤解されたとしてもへっちゃらだが、彼だけには自分の潔白を知っていてほしかった。
 事務所の方針で、アベンチュリンは愛想よく人懐っこく距離が近いけれど特定の相手はいない、そんなキャラを作ってきた。勘違いした変な奴を引っかけて困ることも多いけれど、事務所が対処してくれるから我慢できる。特定の相手を作らなくて済むのも、心の中に一人を住まわせているアベンチュリンには好都合だった。話題作りのための仕事でだって、誰かと交際するなんて考えられない。
「改めて、助けてくれてありがとう。手当もしてくれて感謝してる」
 アベンチュリンは心からの笑顔でお礼を言った。ありがとう、優しい君が、君だけが好きだよ。今だけは普段作っているキャラに感謝した。こうやって本物の気持ちが漏れ出していても、そういう奴だからで片付けてもらえるだろう。レイシオに見せている好意だけが本物で、それ以外は全部盛りに盛った嘘。それがバレなければいい。木を隠すには森だ。
 気持ちを知られて嫌われたくない。今後少しでも一緒に仕事をさせてもらえるように、適切な距離を保たなければ。一方的な好意を押し付けられる気持ち悪さは身をもって知っている。そんな嫌な思いを大切な人には絶対にさせたくない。ただの共演者として分を弁えろ。
 アベンチュリンの携帯端末が着信を告げる。ジェイドだ。
『状態はどうかしら。事務所まで一人で帰ってこられる?』
「手当てしてもらったし、大丈夫だよ」
『そう。そこにレイシオさんはいるかしら。話したいからスピーカーにしてちょうだい』
 テーブルに端末を置いてスピーカーに切り替えると、ジェイドは改めてさっきの連絡のお礼を言い、レイシオはまた礼は要らないと答えた。
『レイシオさん、あなたの事務所にも話を通すけれど、先にご相談したくて。もし支障がなければ、しばらくアベンチュリンの恋人として世間に公表させてくれないかしら』
「は?」
『あなたは黙ってて』
「僕の問題に人を巻き込むなよ」
『うちの商品の問題よ。黙ってなさい、坊や』
 アベンチュリンが続けて何か言う前にジェイドがぴしゃりと封じる。信じられない、坊やって外で言うか?
 ジェイドの説得は諦めて、顎に手を当てて黙っているレイシオに目で訴える。拒否してくれ。僕は大丈夫だから。こんなつまらないことに巻き込みたくない。彼がノーと言える男なのは知っている。いくつか指名されながら辞退した番組があって、見たかったと残念に思ったものだ。
 レイシオはアベンチュリンと目を合わせて、白い包帯を巻いた手首に目を落とし、再び目を合わせた。表情も変えずに一つ頷く。
「いいだろう」
 は?
 今度は口だけぽかんと開けて、声も出なかった。何かとんでもないことが起こっている。たかがちょっと変な奴に目をつけられたらしいというだけで、こんな展開になっていいわけがない。
「事務所には話しておくので、もう始めてもいいだろうか」
『ありがとう。もちろん構わないわ』
 話がまとまると、アベンチュリンには一言もなくジェイドは通話を切ってしまった。
「あのさ、本気? 今からやめても全然問題ないから正直に言って」
「やめる理由がない」
「むしろやる理由がないよ。仕事は選ぼう?」
「選んでいるし、これは仕事ではない」
 レイシオはアベンチュリンの頭に手を置いて、くしゃくしゃと撫でた。収録の時はギリギリ持ちこたえたのに、今は全然ダメだった。かあっと顔に血がのぼって熱くなる。
「君のその顔は、僕の勘違いではないだろう?」
 乱れた髪を軽く手櫛で直されて、その流れで耳をなぞられる。そういえば収録の時もそうされたな。ちょっと親密すぎないかと思ったけど、嬉しかったからまあいいかと流した。今度は耳をなぞった指が顎を辿って包み、上向かされる。
「勘違いなら言ってくれ。君を被害者にしたくない」
 自分が加害者になりたくないじゃなく、アベンチュリンを被害者にしたくないって、ずるいのでは。そんな大切にされてるみたいに言われたら、勘違いしてしまう。
「そっちこそ、被害者にならない?」
「ならない」
「じゃあ」
 いいか。お願いします。ありがとう。そんな続きの言葉はレイシオの口に飲み込まれた。手が早いのは知らなかった。ファンは知らなくていいことだ。
 最初のキスだというのに、角度を変えて口の中をさんざんねぶられた。ただのファンだと言い聞かせていたアベンチュリンが塗り替えられる。共演して笑顔を向けてもらってそれじゃ足りなくなって、もっともっと近くにいきたいと願った気持ちが暴かれる。舌を甘く噛まれて吸われて唾液がこぼれて、もうどうにでもなれと力が抜けた。やっと離れたと思ったら、こぼれた唾液をペロリと舐められた。
「っう、ん」
 乱れた呼吸が整わないアベンチュリンの頭を大きな両手で包み込んで、あやすように撫でる。
「一度だけ、誰も見ていないところで言っておく」
「な、に?」
「好きだ、アベンチュリン」
 長年培ってきたファンの鑑定眼が、それが演技ではなく真実であると見分けてしまった。至近距離で目を見て言われたので、その言葉を聞いたアベンチュリンの目に宿ったものも全部見られてしまっただろう。
「全然そんな感じじゃなかった……!」
「役者だからな」
 レイシオから見たら、アベンチュリンはさぞかしわかりやすかっただろう。なにせトパーズにも見抜かれたくらいだから。
「精進します」
「協力しよう」

 事務所に連絡を入れたレイシオは、特に揉めたりせずにアベンチュリンのと関係を認めさせた。ただし、振りではなく本当に交際すると説明して。アベンチュリンはまだ実感がわかずにふわふわした頭でその様子を見ていた。
 そして、撮影会が始まった。二人の携帯端末でこれからSNSにアップするために思いつく限りの匂わせ写真を撮った。なんだかハイになってきて、たくさん悪ノリの写真も生まれた。表に出すかどうかは常識で判断していただきたい。そこは信頼できると思っている。
 そして最後に、いつぞやトパーズと作ったハートのポーズをきめてやった。一緒にやってるのがレイシオだと思うと似合わなくておかしくて、いつものとは違う変な笑い顔になっていたと思う。レイシオは連写で撮っていたけど、どうかあまりにも見苦しい瞬間は残っていませんように。
 『収録お疲れさまでした!』番組のタグと共にそうコメントをつけて最後の写真をポストする。
 確認のためタイムラインを眺めて、三月が列車組と楽しそうにしている写真を見つけてホッとした。共演者たちの公式アカウントは全部フォローしている。
 そこにポンと表れた新しいポストを見て、アベンチュリンはひっくり返りそうになった。
 同じハートポーズの写真だが、レイシオがアップしたものはカメラ目線でアベンチュリンの髪にキスをしていたからだ。コメントは番組名とオンエア日時。これ、反応するべき? バカすぎて社会的に死なない?
 どんな顔してこんなポストをしたのかと横を見れば、ビックリするほど穏やかで知的ないつもの表情だった。相手がこれなら、アベンチュリンが少々狼狽えていたって大丈夫だ。ボロを出しそうになったら丸投げしよう。
 開き直ったアベンチュリンはレイシオのポストにいいねを押した。
 フォロワーは無事にたくさん増えた。