休暇中のアベンチュリンとレイシオの二人は、ソファに座ってまったりしていた。アベンチュリンはピノコニーで虚無の使令に切られた後遺症を治療するため、強制的に休暇。レイシオはそのお世話係を任されている。まあ、実態は見張りだ。休暇中に家で仕事をしないよう、こまめに確認しに来ているのだ。
姿勢よく本を読むレイシオの腿を跨ぐように足を組んで書見台として差し出しながら、アベンチュリンは日課のSNSチェックをしていた。アカウントを動かして部門のイメージアップに貢献しろと言われているのを思い出して、今朝ジェイドから届いた荷物についてポストしたところだ。
トパーズには質の良いサファイアをプレゼントした一方、アベンチュリンにはごろごろと無造作に箱に詰め込まれた翡翠の原石を送りつけてきた。しかも鑑定しろとのお達しだ。ずいぶん扱いに差があるんじゃないの、と文句を言いたくもなる。ジェイドとのいつも通りの軽いやり取りの後に、なぜかレイシオのリプがついた。『ふん。』と。あからさまに拗ねている。
なんだこれ、可愛いから外でやるのはやめて欲しい。おかげでDMでジェイドにからかわれる羽目になったじゃないか。『坊や、猟犬の躾はどうなっているの?』と。レイシオはアベンチュリンのものではないし、犬でもないし、断じて躾などしていない。
「レイシオ、また出たね、このクソリプ」
「ふん」
「レーイシオ、本を読んでたんじゃなかったの?」
「何をしようと僕の勝手だろう」
「それはそうだけど」
レイシオも大人げないことをした自覚はあるのか、本をアベンチュリンの足に乗せたまま目が泳いでいる。
アベンチュリンは組んでいた足を崩し、落ちてきた本を閉じて自分の背中の後ろに隠した。胡座をかいてレイシオを下から覗き込む。
「あのさ、言いたいこと、あるよね?」
「ない」
「嘘だ」
「言っても仕方のないことだ」
「そうかな? 僕はそう思わない」
レイシオはアベンチュリンから目を逸らしている。目が合わないの寂しいな、こっち向けよ。念じても視線は貰えず、口を割る気もなさそうだ。
「じゃあ、次の中から当てはまるものにいいねしてね。いいねボタンは……こう」
だらんと垂れていたレイシオの手を拾って握る。アベンチュリンはクッと軽く短く握って合図した。
「わかったね、始めるよ」
「一、君は今朝のジェイドの荷物に腹を立てている?」
レイシオは目を逸らしたまま黙っている。手はピクリとも動かない。
「二、僕が君を放ってSNSに気を取られてたのが気に入らない?」
これにも反応はない。レイシオも本を読んでいたし、お相子のはずだ。
「三、僕とジェイドの仲が良いのが気になった?」
ピクリ。うっかり反応して気まずくなったのか、レイシオが顔ごと背けた。
「ふーん。でもこんなの、営業トークみたいなものだよ。僕とジェイドは特別仲が良いわけでも悪いわけでもない。贔屓されてるトパーズとは違ってね」
ピクリ。トパーズの名前もまた引っ掛かるらしい。
さてどうしようか、この拗ね男。考えながらレイシオの手をにぎにぎと揉み始めたら、大きくて温度の高い手がアベンチュリンの手をキュッと握り返した。
「君は」
言いかけて止め、レイシオはアベンチュリンの目を見つめた。
「君は、ピンクダイヤモンドが欲しいのか?」
予想外の質問にびっくりして思わず手に力が入りそうになり、かろうじて止めた。そんなことは全然思っていない。あのおねだりと前向きな返事は単なる仲良し営業の一貫だ。実際にジェイドがアベンチュリンに宝石をプレゼントすることはないだろう。
「欲しくないよ。ジェイドの返事は僕を雑にあしらってるだけなのわかるだろ。そういうテンプレートなんだって」
「トパーズは実際に宝石を貰っているんだろう?」
「それはトパーズだから。僕は違う」
キッパリはっきり言いきったのに、レイシオはまだ半信半疑という顔をしている。
「君があんなふうに人に甘えるところを初めて見た」
それか……! アベンチュリンは心の中で手を打った。レイシオはアベンチュリンに甘えられたことがないと拗ねているらしい。あきらかに上っ面だけのやり取りを見て不機嫌になるなんて、アベンチュリンに気を許しすぎではないのか。大丈夫か、そんなに無防備で。
レイシオはピノコニーでアベンチュリンの脚本に協力してくれて、それ以外にもいろいろ気にかけてくれた。あの処方箋を思い出すだけで、何度でもどんな死地からでも帰れる気がする。
今だって、虚無に触れた後遺症で本調子ではないアベンチュリンを気遣って往診してくれているのだ。お目付け役のはずが、一緒に家でくつろいでるだけのような気がしないでもないけど。
「うーん、君にはもう十分良くしてもらってるから、これ以上何かねだるのは気が引けるんだけど」
「遠慮はいらない」
「遠慮ではないかな」
「僕は頼りにならないと?」
「そういうことじゃないだろ」
繋いだ手が熱く感じられて離そうとしたら、強く握られて許されなかった。
「僕は、君に、甘えられてみたい」
ピピー! 内なる審判が笛を吹いた。反則ですよ、レイシオ選手。真顔でそんなことを言うんじゃありません。
アベンチュリンは顔が熱くなるのを止められなかった。空いている方の手で眉間を揉みほぐす。落ち着け、アベンチュリン。レイシオは「甘えられたい」ではなく「甘えられてみたい」と言った。
「そうか、つまり、好奇心!」
アベンチュリンがパチンと指を鳴らして納得したと力強く言うと、レイシオは変な顔をした。
「よし、それならやってみよう。ジェイドと同じ要領でいいよね」
ジェイドの名前が出て、変な顔にますます磨きがかかった。そんな顔をしていても色男なので、まったく罪深いと思う。
アベンチュリンは改めてレイシオと向かい合い、大きな手を両手で握って自分の胸元に引き寄せた。上目遣い、オーケー。甘えた声、オーケー。では3、2、1、キュー。
「ねえレイシオ、僕の瞳にはピンクダイヤモンドが似合うと思わないかい?」
レイシオは、アベンチュリンの顔をじっと見つめ、息を止めた。握った手が熱い。
「似合う、だろうな」
「プレゼントしてくれないかな?」
「ああ、いいだろう」
レイシオの軽率な返事を聞いて、アベンチュリンは甘えた表情を脱ぎ捨てて真顔になった。
「なに言ってるの、ダメだよ。ピンクダイヤモンドなんていくらすると思ってるんだい? とんでもない希少石だ」
アベンチュリンに全力で却下されて、レイシオはまた変な顔になった。が、それをすぐに立て直し、顎に手を当ててなにごとか思案している。
「わかった、それなら人工ダイヤを作ろう」
アベンチュリンは頷いた。それなら宝石を買うよりはるかに安い。
素直なアベンチュリンの反応に気を良くしたのか、レイシオは質問を浴びせてくる。
「色は標準的なピンクダイヤモンドで構わないか? どんな形がいいだろうか。希望があればなんでも言ってくれ」
パアッと息を吹き返したレイシオのなんと顔の良いことか。アベンチュリンはしばし見惚れた。真剣に素材や作業場所の手配のことを考えているに違いない、出来る男の顔をしている。
「それなら裸石がいいな。身につけるんじゃなくて、そのまま飾りたい」
「それから?」
生き生きと輝くレイシオと目が合う。アベンチュリンの目をまっすぐ覗き込む美しい赤と金。この色も欲しい。でもいくつも石が欲しいなんて言えない。たとえ模造石でも、本来そんなことをしてもらう関係ではないのだから。
それなら。
「インクルージョン。石にインクルージョンを入れられるかな?」
「おそらくできるだろう」
「じゃあ、君の瞳の色を混ぜて。どんな模様でもいい。多くても、少なくても。君が、僕とどうありたいか見せて欲しい」
レイシオがぱちりと瞬きをする。その瞳に今まで見たことのない色が混ざる。どうしてか背筋が寒くなって、アベンチュリンは身震いした。
「わかった。近日中に作って君に贈ろう」
本当だろうか。ジェイドがよくするようにプレゼントに見せかけて代価が隠れていたりしないだろうか。
それでも、レイシオの力強い約束はアベンチュリンの心を浮き上がらせた。ジェイドから宝石を贈られたトパーズはこんな気持ちだったのかな。約束だけで、もうこんなに胸が一杯だ。
「ありがとう、レイシオ」
「礼はまだ早い」
「それでもさ、今嬉しいから、今言いたかったんだ」
レイシオとの関係が少し変わる予感がする。甘えてみるっていいな。
――そんな呑気なことを考えていた自分の頭をぶん殴りたい。アベンチュリンは心からそう思った。
後日。アベンチュリンのオフィスにやってきたレイシオは、部下たちや用があってたまたま来ていたトパーズの前で、無造作にルースケースを開いた。完成したというから早く見せてとは言った。だけど、仕事中に出されるとは思わないだろ。この世に唯一無二の模造石は文句無しに美しかった。それが余計に腹立たしい。
おお、レイシオ、このやろう。ドヤ顔やめろ。
部下たちが慌ただしく部屋を出て行き、にっこり微笑んだトパーズに石の写真を撮られ、共有されたジェイドからまたDMが届いた。
『だからちゃんと躾なさいと言ってるのよ』
何度でも言う。レイシオはアベンチュリンのものではないし、犬でもないし、こちらの言うことなど聞きやしないのだ。
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