スサ
2024-11-04 23:44:41
7277文字
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【ゲ】アダムの告解

夏のシネコンで子ゲゲのシーンが本当に悲しくなってしまってその時書かないと気が狂いそう!!となった、追憶展とかでもあった気がするんですけど「水が戻ってきてくれるとは思ってなかった父」みたいな話ともからめた、父→水の友情のようなそうでないような話です。ブロマンスのような、父には何かしらの思いがあるが水に友情以上のそれがなくてみたいな…。友の運命が我が子ということをずっと考えていて、でもこれ真面目に書くと怒られるんじゃないかと思ったのでそっとべったーに置きます。既に怒られる気がしている。すみません…。

「ここを動いてはいけませんよ、必ず迎えにきますから」

 ただならぬことがあったのは空気でわかった。その時少しの同族と暮らしていた森には火の手が上がり、あちこちでどす黒い情念のようなものが蠢いていて、どうにもすることができなかった。
 さらに奥まった、人間には到底足を踏み入れられない深山幽谷、その森の中心たる古木のうろに幼かった男を押し込めた同族は、必ず迎えに来るとそう言った。疑わなかったというより、男はそれを信じるしかなかった。それくらい幼かったし、人間の悪意というのがどういうものかわかっていなかったのだった。
 しかし、待てど暮せど誰も迎えにこなかった。それでも、そのうろに体が収まるうちはその場でじっと待っていた。雨の日も風の日も。その中で日々の糧を得るために独学で戦い方を身に着けたけれど、そのせいか、どうにも細かい技術は苦手なままとなってしまった。
 とうとう木のうろに収まらなくなった時──太陽が幾千とのぼり、沈んだ時、彼は理解した。もう誰も帰ってこないのだということを。

「わしはそれで、最初、昔暮らしていたあたりに戻ってみたんじゃ」
 のんびりした調子で越し方を話し始めた、今は小さな体になってしまった大柄な男に、その人間の友は目を伏せ、かるく頷いた。
「何かは残っていないかと思ったが、それが見事に何も残っておらなんだ」
 アッハッハ、と笑う男にはかけらも影はなく、彼の中でもう終わったことなのだと言外に突きつけられる。
 それをどう受け止めたら良いか、正直なところ人間──水木にはわからなかった。
 かさぶたを剥いで生々しい痛みを蘇らせたいなど思うはずがない。しかし、友の過去の悲しみや苦しみには寄り添えない、優しく拒絶されるというのは、それはそれで堪えるものがあった。
「わしはそれでどうしたら良いかわからなくなってしまった。何を目標にすればよいか。だもので、とりあえずは山々を渡り歩いた。そのうちになんとのう、知恵もついてな、同族には会えなんだが、天狗と知りおうて、そこのご隠居がよう教えてくださったんじゃ。世の中のこと、人間のこと、そして、わしら幽霊族のこと」
……そうか
「もっとも、組紐があったからのう、ご先祖様達が時々一族のことについて教えてくださることはあったんじゃ。じゃが、ちんぷんかんぷんでな。大天狗のご隠居はその点、教えるのはとても上手かったのじゃなあ」
 ちびちび、と飲んでいた目玉の小さな猪口が空になったのを見て、水木は器用に少しだけそこに酒を足してやる。ありがとうのう、と笑う目玉にはやはり屈託というものがない。
「わしも何しろ若い頃も童の頃もあったものでな、小さい頃は天狗だの河童だのと遊んだし、そうそう、短い間じゃが、人間に世話になったこともあったんじゃ」
「人間に?」
 驚きと心配が水木の顔に浮かぶのを見て、目玉は「こやつは本当に性根がまっすぐじゃ」などど思う。こんな風で生き馬の目を抜くと言われる激しい現代社会を生きていけるのか、そんな風に思うくらいには目玉のは自分に「ゲゲ郎」と名付けた男を気に入っていたし、年端のいかない子どものようにも思っていた。
「心配するでない。良き人間であったよ。わしが戦災で焼け出されたと勘違いして、たいそう哀れんでな。この髪も悲しみで色が抜けてしまったと思っておったようじゃ。わしは、妻と会うまで、妻が口にするまで、そういうことを忘れておったのかもしれんよ。人間の中にも色々な者がおるのだということをな」
………
 水木はためらった後、その話は聞いてもいいのか、と尋ねてきた。相変わらず、顔に出る。かわいい男じゃな、と目玉は思う。幼き息子が水木を全身で慕っているのを水木はどう思っているかわからない(他に頼る者がいないから、と思っていそうだ)が、あの子は正しくこの男の善性を見抜いている。その上で安心している。それが目玉のおやじにはよくわかった。
「流行病で子や孫を亡くしたと聞いた。穏やかな女性(にょしょう)であったよ。色々なことを教えてくれたものじゃ。いや、よいよい、聞いておくれ、水木や。わしの話を聞いてくれる者もすっかり少のうなった。それにな、友に話して何の困ることがあろう」
 ならいいが、とぎこちなく笑った水木に、目玉は微笑んだ。
 もし体があったなら、あの夜のようにもっと大いに飲み明かしたいものだが。だが、そうでなかったとしても、この穏やかな時間を気に入ってもいた。
「さる高貴なお方だ、と屋敷の者達が言うておった。お方様、とだけ呼んでおったから、結局名前も知らぬ。土地の者にも慕われておるようじゃった。おかげでわしも、案外穏やかに過ごしたもんじゃ」
 水木はほっとしたような顔で目を細めた。目玉は昔を懐かしむように天井を見上げる。しかし、そこから先はどう伝えるか迷う部分があった。
わしの他にもそうやって拾われた者がおった。ちょうど年格好が同じくらいでな、といっても、見た目の話で、年は倍どころか三倍も五倍も離れておったじゃろうがな。とにかく、年格好の近い男の子がおった」
「へえ」
 水木が少し興味深げに瞬きをする。少し気持ちが落ち着いたのか、酒を飲む手がまた動き始めた。
「元気が良すぎるくらい元気じゃったし、わしはおっとりしとったから、最初はからわれたりもしたが、すぐに仲良うなった。向こうが面倒見がよかったんじゃな。寂しかったのかもしれんが、戦と流行病で家族を全員なくしたと言うておったから」
 水木は目を伏せ頷いた。
「わしも親を亡くしたが、そもそも初めから兄弟はおらんかった。だもんでな、本当の兄弟のように思っておった。あやつは自分が兄だと言いはったが、こっちもそればかりは認められん。生まれてまだ十にも満たないような幼子に兄貴面をされては
 そこで水木はくすりと笑った。
「老いては子に従えっていうんだぜ」
 目玉はかっかと笑って、「確かにその頃はわしもまだぴちぴちの七十歳くらいじゃったわ」と応えた。ぴちぴちの七十歳という言葉に、水木はむせる。してやったりとおやじ殿はすまし顔。
「あれは楽しき、穏やかな日々じゃったよ」
……そうか」
 むせすぎて目に涙がにじんでいた水木だが、結局おやじに言い返したりはせず、ただ相づちを打っただけだった。
「だが、そう長くも続かんかった」
…………
「その後は、わしはまた山に帰った。帰ったというのも変か。同族を探して、あちこちの山や谷を旅した。時には人の世に降りることもあったが、あんな穏やかな日々を送ることは、ついぞなかったな」
奥さんと出会うまで?」
 おやじに酒をついでやりながら尋ねた水木に、そうじゃなあ、と頷いた後、「今もじゃがな」とおやじは言う。水木は目を瞠った。
「今もじゃ。誰に脅かされることもない」
…………そうか?」
「そうとも。友よ。せがれを見よ。安心しきってよう眠っておるではないか」
 言ってやれば、水木はおもはゆい様子ではにかんだ。
なら、いいのだが」
「謙遜するな。もっと威張っておればよい。おぬしは、わしらの恩人じゃ」
 水木はいよいよ困った顔だ。真正面から素直に褒められることに慣れていないのだろう。
……俺がおまえたちを少しでも助けられているなら、こんなに嬉しいことはないさ」
 水木は照れくささをかみ殺すようにぶっきらぼうに言って、ぐいっと猪口をあおった。外からは秋風が吹き込んできていた。

 目玉のおやじが水木に言わなかったことのひとつに、若き頃己を拾って面倒をみてくれた女性達との別れがある。水木はぼんやり、種族や寿命の差と受け取ったのだろう。食い下がってくることはなかったが、実際には、その別れは壮絶なものだった。
 光の加減で青く見える瞳から、空の色──みそらと呼ばれていた少年が、少年の年格好の頃の目玉が身を寄せた屋敷にはいた。雑色のような身分だっただろうが、それでも屋敷の人間達に可愛がられ、よく働く気の良い少年だった。名を尋ねられた時にまごついてしまった(人が名乗るような名前を持っていなかったので)当時の目玉、幽霊族の少年を、髪が雪のようだから「ましろ」だと、彼は適当に名付けた。水木が「ゲゲ郎」と名付けた時のようなあっさりした様子で。
 彼はおっとりして、世間知らずの幽霊族に、確かに兄のように何くれとなく面倒をみてくれた。兄弟のように、友のように過ごす日々は、ひとりでさまよってきた孤独な幽霊族の少年にとって、あまりに輝かしい日々だった。
 だが、異常な長雨による不作と川の氾濫がその日々に終止符を打った。いつ止むとも知れぬ長雨に対し、水神へ白馬の奉納を行うべきと話がまとまった。雨乞いには黒き馬、長雨には白か赤の馬。そのように決まっている。だが、頭からすっかり真っ白な少年がいることを皆が知っていた。女主人はとんでもないと怒ったが、まだまだ迷信が力を持っていた時代。神代とは言いがたいが、それでもなおまだ神威が信じられていた時代のこと、白い少年を見付けて養ってきたのも、神の導きであろうという空気が高まっていった。人間ではないので、人柱にされたとて、そこから抜け出す自信は「ましろ」にはあった。世話になり、愛着を持ち始めていた人々を救うためなら、一芝居打ってもいいと思った。だが、周りの誰も、彼を幽霊族だなどとは知らぬ。特に兄弟のように過ごしたみそらは衝撃から飯も喉を通らないありさまになり、これには困ったものだった。よいのじゃ、と言っても聞かない。しかし、その時、不思議とみそらにも、断腸の思いでましろを差し出すしかないと決めた屋敷の人々(陰で彼らが泣いていたのを少年は知っていた)を救えるなら安いものだとも考えた。
 神は人の子でなく幽霊族の子だとわかるだろう。何なら、本当に水神が長雨を降らせているのなら、首根っこを押さえて晴れさせると大それたことまで考えていたのだ。相談する相手もいなかったから、考えていただけだったが。しかし、人柱を投げ込む淵まで運ばれていく時、雨と夜陰に乗じてみそら少年が現れ、白い少年の縄を切り、衣装を奪い、かわりに自分がかぶっていた衣を弟分に巻き付けると、自ら淵に飛び込んでしまった。あまりにもあっという間の出来事で、止めることもできなかった。それでもすぐにはっとして後を追ったが、飛び込んだ淵の底でも、下流でも、みそらの亡骸を見付けることはできなかった。本当に淵の奥深くに住む龍神にでも釣れていかれてしまったのかもしれない。
 ──少年の献身で救われた命だった。だが、脆弱な人間が、遙かに強靱な体を持つ幽霊族を救おうとするなんて、あまりにあべこべだ。
 そのことがあまりにも衝撃的で、悲しくて、与えられた「ましろ」という名も心の奥底にしまって、幽霊族は深い山に帰った。もうしばらく人間と触れあいたくはないと思った。弱く、愚かで、まぶしいほどに強い。

 船をこぎ始めた水木をじっと見つめて、目玉のはいくつものことを思い出していた。あの夜行列車の中、水木も驚いただろうが、幽霊族だって驚いたのだ。夢にも思うまいし、それに、一生言うつもりもないことだが、背中に大勢の死霊を引き連れた男には、少年の見た目をしていた頃の幽霊族の身代わりになった少年の面影があったからだ。
 末裔、ということも考えた。みそらの親兄弟はなくなったと聞いていたが、親の兄弟は生きていたかもしれない。そこから血がつながっていれば、現代まで脈々と続くその先にこの男が生まれることもあるだろうか、と。だが、幽霊族の男の心の中で、強烈に「違う」と否定する思念があった。これは「みそら」だ。この魂は、間違いない。人には前世がある。長命を誇る幽霊族は、時折そのような事象を目撃することもある。だから疑わなかった。彼が前世を思い出すことはないだろう。だが、と素早く幽霊族は考えた。
 あのとき少年が身代わりになろうとしているなんて、夢にも思わなかった。もしもこの巡り会いに過去が関係あるとしたら、目の前の男は、またしても幽霊族の男のために命の危機に陥るかもしれない。
 人間のように直感を疑うことはしない。あやかしの直感はいつも正しい。
「おぬし──」
 死相が出ておる、と脅したのは、あわよくば引き返してほしかったからだ。そして確信もしていた。おそらく本当に、この先に妻はおり、自分にも命に関わるような大きな危険が待っているのだろうと。この男と出会ったことで、強い確信を抱くに至った。今生でも、もしかしたら彼は自分を庇うかもしれない。目の前で二度も同じ魂を失うことには耐えがたいものがある。たとえ人間という種に忌避感があるとしてもだ。
 だが、水木は勿論帰らなかったし、ゲゲ郎などと男に名付け、一緒に村の秘密を暴き、妻の行方を捜すこととなった。
……水木や」
 夢うつつの水木には、きっと聞こえていないだろう。それが良い。その方が良い。
「あのとき引き返してきてくれたこと、嬉しかったぞ」
 ──迎えに来るといった同族は、けして迎えに来ることはなかった。あの少年は、少年だったゲゲ郎を置き去りに、身代わりになった。その後もいくつもの別れがあり、そのたび男はひとりになった。やっと得た妻との安らかな日々も、そう長くは続かなかった。妻は取り戻すことができたが、結局この手から擦り抜けていってしまった(正確には、地獄に行けば会えるのだが)。
「ふふ、おぬしだけじゃ、戻ってきてくれたのは
 地下工場、あの時水木が戻ってくるなんて、思ってはいなかった。逃げたと、薄情だと思っていたのではない。ただの人間には荷が重すぎると理解していたし、水木が逃げだとしたとしても恨む気持ちはなかった。
 だが、それなのに。水木は、戻ってきてくれたのだ。幽霊族の男を、自分がゲゲ郎と名付けた相手を助けに。
 目玉はとことこと近づいて、本格的に眠りの国に旅立とうとしている相棒の指先に触れた。あたたかかった。この指は、手は、今は優しく幼子を抱きしめ、慈しむものになった。
 きっと運命と巡り会う時がくる、と諭した夜、ゲゲ郎は覚ってもいた。転生を経て再会したとても、自分が彼の運命ではないと、強烈に理解していた。なぜというのでもない。水木が、本当に、と揺れた時、彼の目はどこか遠くの未来を見つめているように見えた。──隣にいた男ではなく。
 見守ってやりたいと思った。長い時を生きてきたからこそ、短き人の一生を生きる友への思いは深かった。そしていつか彼が彼の運命と巡り会うのを、一等近くで見られたらいいと。そこに幾ばくかの嫉妬もなかったかというと、正直にいえば自信はない。だが、それでも見守ってやりたいという気持ちの方が最後には勝った。それは男が父親であったからかもしれないし、水木が満ち足りているのであればそれでよいという気持ちのせいかもしれない。
「まさかなあ
 目玉は苦笑した。うー、とむずがるような声が隣の部屋から聞こえてくる。もしかしたら、水木が添い寝していないことに気づいて、ぐずりながらやってくるかもしれない。あの子が。
 しかし、どのみち水木もこんな所でうたた寝させておくわけにいかない。人の子は弱い。水木は特別頑丈ではあるものの、それでも油断は禁物だ。風邪は万病の元ともいうことだし。
 ごそごそと音がしたと思ったら、まだおぼつかない歩きの鬼太郎がふすまに捕まるようにしてあけて、みじゅ、と頼りなげな声を出しながらやってきた。目をこすっているのは、悪い夢でも見たか。
「っ、きたろ、」
 それまでうとうとしていた水木が、鬼太郎の声で一発で目を覚ます。そうして慌てて鬼太郎を抱き上げると、どうした、起きちまったのか、とゆらゆら体を揺らしてやる。幼い額に唇をつけて、汗かいてるな、ふいてやらないとなんてつぶやきながら。
 それがまあ、実にかいがいしい。息子はといえば、水木に抱き上げてもらったことで機嫌が直ったようで、安心しきった顔でべったりくっつき、またうとうとし始めた。
「あっ、まあ、いいか」
 自分の膝の上で眠り始めた鬼太郎に水木は一瞬慌てたようだったが、はあ、とため息をつくと、目玉に視線を合わせた。
「明日片付けよう、鬼太郎を寝かしつけて、俺も寝ちまう」
 ふあ、と最後があくびまじりになった水木に、目玉は「そうするがよかろう」と笑った。
「おやじどの、おやすみ。悪いんだが電気消してきてくれるか」
 電気の紐は長めにしてあり、意外と敏捷な目玉のおやじどのは、よじのぼったちゃぶ台からタンスめがけての跳躍を行うことで掴んで消すことができる。数少ない、おやじどのにも可能な家事の一つだ。消灯を家事に数えていいかはさておき。
「おやすみ、水木、鬼太郎」
「おやすみ」
 鬼太郎ももっかいねんねだぞ、とあやしながら暗い隣室へ入っていく水木を見送ったあと、なんとも言えない寂しさのようなものをおやじは感じた。
 あんな風に、風にも当てたくないといわんばかりの愛情で包まれて育つ息子が、ほんの少し羨ましかった。鬼太郎はまだ、約束をした相手が帰ってこないことがあることを知らない。
 もしも一つだけ望みが叶うなら、おやじは詮無きことを考える。もう一度、ゲゲ郎とあの声で呼んでくれたらと。それだけで十分だと。
 考えたそばから、おやじは首を振った。何を若造のようなことを考えているのだか、と
 電気を消して隣の部屋に潜り込めば、既に友も息子も寝息を深くしていた。寝付きが良い。いや、そもそも水木も半分以上眠っていたが。
 鬼太郎を抱き寄せる水木と、水木に甘えてしっかりくっつく鬼太郎と。ふたりの様子を見つめるおやじの目に涙が浮かんだが、眠るふたりは知る由もなかった。