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2024-11-04 23:36:29
4242文字
Public movie100
 

018:気分を出してもう一度

映画タイトル100題からおかりしました。
ハシビロさんへの返歌。お付き合いしてから二夜目の拳コユ。

 壁一枚隔てた向こう側からシャワーの音が聞こえてくる。

 いつもならのんべんだらりと煙草でもふかして酒を煽り、程よく温まった滑らかな肌を想像してはニコニコしている頃合いだ。
 しかしそんな余裕は一切無い。
 現在ケンはラブホテルの一室にいる。突然の豪雨に見舞われた上、終電の概念がない新横浜近郊の電車が止まるという想定外の出来事がなければ起こらなかったはずの事態だ。
 しかも今シャワーを浴びている娘──コユキは、適当に引っ掛けてひと夜を共にするような女ではない。世に生まれ出でて早百三十年と少し、まあまあ長めの吸血鬼生の中でもトップ10に入るしっちゃかめっちゃかの末にできた、れっきとしたケンの恋人だった。
 数年は手を出すまいと思っていた決意はあっという間に瓦解して、三ヶ月ほど前に初めて褥を共にした。
 ケンは持てる全てを使い、誠心誠意、真心もって、紳士的に……少しはすけべなおじさん心がはみ出たかもしれないが、それでも至って紳士的に、コユキのからだを解いてやった。結果、致す事は致せたのだから初回は大成功と言って良いだろう。
 まず受け入れること、『受け入れることが出来る』ことを教えられたのだから、次に教えるのは『セックスって気持ち良いもんなんだよ〜』ということだ。恐怖心を与えてはならない。だからこそ二度目の交わりが重要だと考えていたというのに、こんななし崩しにホテルに入ってしまった。冷え切ってくしゃみする恋人を温める良案は他に思いつかなかったのだが、この流れで二度目というのは流石に無いだろう。
 あぐらをかき、頭をバリバリ掻いてうめく。頭の手ぬぐいも濡れた服と一緒に全てランドリーサービスに出してしまったので、無事だった下着一枚の姿だ。少なくとも洗濯が上がるまではホテルに缶詰めである。
 シャワーの音はまだ止まない。手持ち無沙汰にベッドから降りてカーテンを開け、滑り出し式の窓に手をかけた。ロックを外して力を込めれば、数センチだけ窓が開く。途端、ボリュームが増した雨音と濃い雨の匂いが流れ込んできた。成程、ホテルの防音性は確からしい。外はバケツをひっくり返した程度では生ぬるい、滝のような大雨が降っている。
「こりゃしばらく止まねえな……
〝雨、ひどいですか〟
 顔を顰めて雨を眺めていると、背後から小さく声がした。肩が跳ねた気がする。気づかれなかっただろうか。そうだな結構すげーよ外見てみる? と、努めて軽く言いながら振り返り、固まった。
 濡れた髪を拭きながらこちらを見上げてくるコユキは、バスローブ姿だった。当たり前である。己の服と一緒にコユキの服もランドリーサービスに出した。出したのはケン自身だ。すっかり忘れていた。
………………ちゃんと、あったまった?」
 何とか当たり障りないワードを捻り出すと、コユキが申し訳なさそうに会釈した。
〝あ、はい、おかげさまで。先に頂いてしまってすみません〟
「や、当たり前だろ。あー……
 何故か次の言葉が出てこない。妙に口ごもるケンを不審に思ったのか、コユキの眉がふにゃりと下がった。
〝ケンさん、冷えちゃいましたよね。シャワー……
「あーうん、そうね。おじさんも行ってこようかな」
〝はい、ごゆっくり〟
 コユキの頭をぽん、と一つ撫でてバスルームへ向かう。すれ違いざまに香った知らぬシャンプーの香りにグッと奥歯を噛み締め、脱衣所のドアを閉めた。



「かっこわりー……
 何用かも見ずに出したソープでガシガシ頭を洗い、そのまま身体を念入りに洗う。その間にも頭の中では第二第三のケンがヤイヤイと脳内でがなり立てていた。

 なんだコレ。俺どうしちゃったわけ? 今まで何人抱いてきたと思ってんだ。初めて抱く時よりよっぽど余裕が無ぇんだが? こんなんじゃ嬢ちゃん不安になっちゃうだろ! 俺がこんなでどーするよ。エート前ってどう始めたんだっけ。確かホテル入って、意思確認して、認識の相違はございませんね、正気かお前、つって一旦締められて、それからなんか、エート、なんか上手いことやったんだわ、確かそう。アレ、どうしたっけ、いつも俺って、どうやってヤりに持ち込んでるんだっけ!?

 と、考えてラブホテル=セックスという己の爛れた思考にビンタする。確かにこの三ヶ月右手が夜のパートナーではあったが、言うほど女に飢えているわけでは無い。筈である。湯の温度を上げて顔にぶっかけ、ゴシゴシと顔を擦った。
 あくまでもここは一時避難のために入ったホテル。セックスは必須ではない。冷えた身体を温めて、着替えの手当てができたらさっさと帰れば良い話だ。電車が動いていないならタクシーを呼べば良い。
「そう、そうだよな、ウン」
 別にコユキも『そのつもり』でここに来たわけではあるまいし。多分。
 湯を浴びながら思考すると、だいぶ冷静になってきた。泡を流して身体を拭き、肩にフェイスタオルを引っ掛けたままバスローブを着る。雑に帯を締めて鏡に向かい、フンと尻に力を入れた。目つきの悪い禿頭の吸血鬼オヤジがケンを睨んでいる。
「ヨォシ」
 ケトルで湯を沸かして茶でも飲んでいれば洗濯は終わるだろう。適当に時間を潰して、着替えて、タクシーを呼んで、新横浜へ帰ろう。
 ぱしんと両手で頬を張り、「優しい年上の彼氏」の面を被って脱衣所を出た。
 数歩で戻れるベッドルーム。スリッパをつっかけて部屋のドアを開けると、こちらに背を向けてベッドに腰掛けていたコユキの肩がわかりやすく跳ねた。絹糸のような黒髪から覗く丸い耳は真っ赤っか、雛人形のお雛様のようにちょこんと座った身体はガチガチに固まっている。声を掛けることも憚られるほどに緊張しているのが丸わかりだった。
……
 部屋のBGMは、まだ続いている微かな雨音のみ。元々かかっていた気障ったらしい音楽は入室してすぐ消してしまったから、気配を消そうにも難しい。
 コユキの反対側に座ろうかと移動して思い直し、コユキの座っている方へとゆっくり歩を進めた。
 拳三つ分間を開け、隣へ腰を下ろす。ぎしりとベッドが鳴いてマットレスが沈み、逆にコユキの体が少し持ち上がった。
 細く息を吐いて右に視線をやる。膝の上で行儀良く揃った手。俯いていて表情は窺えないが、耳だけではなく頬まで真っ赤になっているのはわかる。
 ケンは生来察しの良い男である。これは自惚れではなく事実だ。コユキの指先がもじもじとバスローブの生地を弄っているのを見ただけで、否が応でも気づいてしまった。

 「この娘、俺とおんなじようなこと考えてたな」、と。


 
「コユキ」
……
「えーと」
……
「する?」



 そう考えたら、考えるよりも先に無粋極まりない誘いが口をついて出た。お前経験人数何人だ、流石にその誘い方はねえだろうと、シャワー中騒いでいた脳内の自分がマイナス点を掲げて呆れているが、知ったことでは無い。

 仕方ないだろ。だって、可愛くて年下の、おっぱいでっかくてじゃんけんの強い恋人がコトに前向きで、しかも俺にそれを許してくれる距離感で、据え膳ですよってな具合でちょこんと座ってる。これがどうでも良い女なら適当に喋くりながら押し倒して持ち込むけども、この子はそういうのじゃねえだろう。

 コユキはケンの言葉に数秒黙っていたかと思うと口元に手を当てて吹き出し、それからころころと笑い出した。
 笑い声と共に、部屋に満ちていた妙な緊張感が蕩けていく。内心「断られたら落ち込むわーどーしよ」とヒヤヒヤしていたケンは、予想外の反応に唇を尖らせた。
……なーんで笑うかね」
〝すみません、ふふふ、そんな、まるでお夕飯のメニューでも聞くみたいに、無造作に聞かれると思わなかったから〟
「ムードがねえって?」
〝いえ、わたしが勝手に、変に構えてたのがばかみたいで〟
 言いながら、尻を持ち上げてケンの方へ体をずらしてきた。拳三つ分の距離がゼロになる。こてん、と頭を傾けて寄りかかってくるコユキの肩を軽く抱いた。ほかほか、赤ん坊のように温かい。人間だから温いのか、この娘だから温いのか。
〝ケンさん〟
「ン?」
〝目を閉じて、耳かして〟
 温い指で耳の先を引っ張られた。引かれるがまま、頭をコユキの方に寄せつつ目を閉じる。何らか企んでいるらしい。目を閉じると先ほども香ったシャンプー、そしてボディクリームだろうか。甘ったるい香りがする。コユキの匂いと混ざって、妙に下腹が疼いた。耳のすぐ側で、かすかな吐息の気配がしてこそばゆい。

 

…………して、くれますか?〟



 流し込まれた囁きと、鼓膜を弾く小さなリップ音。

 ぶわぁ、と全身の血が顔と下半身に集まる心地がする。慌てて耳を押さえて体を引くと、たった今凶悪な行いをした娘っ子がケンを見上げたままいたずらに笑った。
〝少しはびっくりしてくれました?〟
「おっ……まえ、なァ……
〝だってケンさん、なんか余裕だから〟
 少しくらいは焦ったところが見たいんです、と言った娘の背中に手を回し、体重をかけてベッドに横たえる。きょとんとしたどんぐり色の目玉が愛らしいと同時に憎たらしい。
 余裕とは言ってくれる。こちらは小娘の一挙手一投足に振り回されっぱなしだというのに。まぁ、見せたい姿に見えているということだから、悪いことでは無いのかもしれない。
 横になったコユキの体を跨ぎ、髪を踏まぬよう肘を顔の横へ着く。わざと少し腰を下げると、バスローブに隠れていても分かる兆した陽物がコユキの太ももに擦れた。途端、まろい顔に赤みが増す。ざまあみやがれと笑った。
〝し、します?〟
「さあね。する? なぁ、していいの?」
 どうすんの、と牙を見せて笑う。腕の中にいる娘は頬と耳を真っ赤に染めたまま、手をワヤワヤと彷徨わせた後にケンのバスローブの襟を控えめに掴んだ。

……したい、です。しましょ、ケンさん〟
 
 わたしがんばるね、なんて声が聞こえた気がするが、多分雨音か、空耳だ。
 なんせお許しが出てすぐ、噛み付くようにキスしてちいさな口の中に舌を突っ込んだのだ。細い喘ぎ声以外のことばなんて、聞こえるわけがない。
 遠い雨音に布擦れと粘着質な水音が混ざってゆく。ゴム何枚持ってたっけと、戻ってきた爛れた思考に苦笑して温い柔肌に手を滑らせた。