けろか
2024-11-04 19:21:12
2050文字
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性別パネルトラップ③竹くく×片方人魚×ヤンデレ

性別パネルトラップ③ヤンデレ
いただいたお題が片方人魚な竹くくでした!
漁師な🎋×🧜な📛です〜!🐟🐟

潮風に乗って、指笛が耳に届く。八左ヱ門だ。月明かりに照らされた入江は、銀色の靄がかかり静かに波がゆらめいていた。波が岩にぶつかる音と、遠くで鳴く夜鳥の声。その中に紛れる旋律を、兵助は聞き逃したことがなかった。

世間一般で――陸で生活する人間からは人魚と呼ばれる存在である兵助は、人間の少年のような上半身と、魚の尾を持つ。
月の光を浴びて銀鱗の尾鰭がきらきらと輝く。兵助が来る時な、星空が近づいてくるみたいですげー綺麗だよと八左ヱ門に言われたことを思い出す。

水面から顔を出す。闇の中、岩場に腰掛けた八左ヱ門の姿がぼんやりと浮かび上がる。日に焼けた逞しい体躯に、編み目の粗い上着を羽織った漁師姿だ。いつもは夜着や袴姿なのに、珍しい。この村一番の漁師としてよりも、優しい笑顔を持つ青年としての八左ヱ門の方が兵助には、馴染み深かった。
「すまん、待ったよな」
「ううん、いいよ……でも、今日は特に遅かったね、はち」
「実はな」
八左ヱ門の声が渋い。嫌な予感がする。
話の内容は、村で人魚の目撃情報が上がっているというものだった。漁に出た船が、月明かりに人魚の姿を見たんだと。多分兵助のことじゃないと思うんだけど、仲間がいるって言ってたよな、そのうちの一人かな。村人たちは騒ぎ出していて、もう今まで通りには──。
その先の言葉が、兵助の耳に届かなかった。聞きたくない。もう会えなくなるなんて、そんなの嫌だ。八左ヱ門と一緒にいたいのに。夜の入江で、こうして二人きりの時間を過ごしたいただけなのに、なんで、どうして……
「じゃあな、兵助、だから、また一週間後の夜。ここじゃなくて、裏手にまわった崖に来てくれる?」
頷くことしかできない。首を縦に振る度に、頬から水滴が零れ落ちる。涙か海水かは、もう分からなかった。
水面下の心臓が早鐘を打つ。いつかは、と考えていた方法を、使うときが来たのかもしれない。
***
崖下に八左ヱ門の影を見つけた瞬間、胸が締め付けられた。月光に照らされた彼の姿が、あまりにも眩しかったからだ。これが人間の八左ヱ門を見る最後なのだと思うと、喉の奥が熱くなる。
「兵助」
「ねえ、八左ヱ門。ちょっとだけ、泳がない?」
「え?いいけど……でもこの辺潮の流れが早いし」
「俺がいるんだよ?平気、平気」
震える指先で、八左ヱ門の手首を掴む。波間に引き込むように水面下へ誘うと、抵抗なく彼は水に身を沈めた。

潮に揺られながら何を話すでもなく、兵助は八左ヱ門の横顔を見つめた。深い藍色の海中で、月明かりが水面を通して波紋を描く。魚の群れが銀色の帯のように二人の周りを舞い、海藻は緑の髪を靡かせる。
八左ヱ門の手のひらが、温かい。熱いくらいだ。兵助は、自分には火傷しそうに感じられるほどのこの体温が好きだった。
漁師だけあって、八左ヱ門の息は長く持つ。それでも彼は人間だ。次第に苦しそうな表情が浮かび始める。この時を待っていた。ずっとこうしていたくて、ずっと一緒にいるために──兵助は八左ヱ門の顔を両手で包み込み、唇を重ねた。
酸素を求めて開いた口に、舌を滑り込ませる。己の体液を確実に送り込むように、舌と舌を絡ませ、上顎を舐め、喉の奥まで蕩かすように口腔を満たしていく。
塩辛い海水と、甘い唾液が混ざり合う。彼も抵抗するように舌を絡み返してきて、それがかえって体液の交換を深めた。
初めてキスは、想像していたものとは違うものになってしまった。もっと甘く、優しいものを描いていたのに、すごく塩辛い。物理的にも、気持ち的にも。胸が張り裂けそうになる。

「っぷは、兵助、急に大胆」
「ごめん、痛かった?」
「痛くはないけど!もっとこう俺にも初めてはリードしたかったっていうか、……あれ?」
喋れる、と八左ヱ門が不思議そうに目を瞬かせた。
「苦しくないでしょ、海水も染みてないはず」
「うん、でもなんで……
「俺の体液、飲んだから、八左ヱ門、人魚になったんだよ」
低く笑おうとしたのに、声が震えた。浅い茶色の瞳に映るのは、涙を堪えたまま──海の中だから、涙は零れないまま、ただ顔を歪める己の姿だ。
「──これで、八左ヱ門と、一緒にいられる、っ、……勝手にこんなことしてごめんなさ、でも俺、八左ヱ門とずっと……
不意に彼の腕が伸びてきて、ぎゅうっと抱きしめられた。陸の上では息苦しかった抱擁を、こうして海の中で交わせるのをずっと夢見ていたのに、陸の上でするよりもずっと苦しかった。
「嬉しいよ、兵助」
「はち、」
「本当に嬉しい、だって俺」
喜びで煌めく声が、暗い海を震わせた。
「兵助がそうしなかったら、兵助の尻尾切って抱えてさ、どこか山の中で一緒に暮らそうと思ってたもん!だから今日は崖に呼んだんだよ!あーでもよかったあ、兵助も同じ気持ちで」
月光を透かした水の中で、太陽に当てられたように爛々と八左ヱ門の瞳が輝いて、ああ綺麗だな、と思った。
彼の脚は、もう人の姿をとどめていなかった。