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いを
2024-11-04 18:57:13
2482文字
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刀神
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祈りの三角形
菊司
・定之さん【higasa_onink】
お借りしています。
彼は「一緒に生きていくなら、
自分
菊司
がいい」と言った。恋とか、愛、とか。そういったものを覆して、ただ真っ直ぐで誠実で純粋な言葉だった。
人はひとりでは生きていけないことくらい分かっている。でも、そういう意味でなくても人はひとりで生まれて死んでいく。その間にどんな人生が存在したのかを知ってくれるひとがいるということを、「ひとりではなかった」と言えるのかもしれない。
すこし冷たい風がピアスを揺らす。下にある定之の目は菊司を見ていた。目をそらさずに菊司を見て、菊司が問うた答えを、彼自身の言葉で紡いだ。
「うん。分かった」
目を細めてすこし、笑ってみせる。
――
生きている間だけでも。
この職業、いつ死んでもおかしくはない。結局は運がいい奴か強い奴、そして要領がいい奴が生き残るのだ。
きっとその理由なんて、なんでもいいのだと思う。それに縋ることができるのも、一種の才能だ。手を握りしめる。ささくれだった爪の根元が、手のひらに刺さった。
「きみの口から〝生きている間だけでも〟っていう言葉が聞けたこと、すごく嬉しいよ」
眼前に広がる灯ったあかりを見下ろす。定之が気に入っている場所。自分の知らない場所。そう思うと、ひとりではないと考えられた。すう、と大きく澄んだ空気を吸いこんで、ゆっくりと吐いた。
「一緒に生きていきたい。俺もそう思う。叶うならきみと生きていきたい。生きて、それからおいしいもの食べたり、どっか珍しいとこ行ったり見たりしたり
……
綺麗なもの見たり聞いたりして」
「
……
うん」
「そういうことも生きることだよ、きっと。今まで俺たちがしてきたことも、ちゃんと生きることだった」
定之が菊司の言う「好き」が分からなくても、今と変わらず一緒に生きていけたらそれでいい
――
と、諸手を挙げて嬉しがることはうまくできないかもしれないけれど。今はまだ
――
なのか、それとも「これから」を期待してもいいのか菊司にも分からない。それでも彼が一生懸命菊司にかけた言葉を、なかったことにはしたくはない。これも大切な生き方、だろうから。
「今日だけ、
……
は、ちょっと嘘、だけど
……
」
「?」
不思議そうに首を傾ける彼に、笑いかける。無意識に頭を掻きながら。
「抱きしめたりしてみても、いい?」
定之は視線でうなずいた。
それだけでよかったのだと思う。そう、きっと、今は。
ほんの数秒抱きしめて、からだを離す。彼の体温はすこし冷たかった。寒くない、と訊ねると、ちいさくかぶりを振った。
「それにしても
――
」
停めてある
大型二輪
バイク
に視線を移す。
「いいバイクだねぇ。整備もしっかりしてある」
腰を折ってバイクを眺めた。艶のあるボディはきちんと手入れされている証拠だ。
「定之くん」
「ん」
「ありがとね」
「うん。
……
帰る?」
菊司がうなずくと、彼はひらりとバイクに跨がった。後ろのシートに乗ると、ヘッドランプをつけて定之の足が地面を蹴る。
「ねー、定之くん」
夜道をひたすらバイクで駆ける定之の名前を呼ぶ。
「ちょっと寒いから、あったかいの食べに行かない?」
「今から
……
?」
「用事なければ」
うん、と一度うなずいた。
「おでんとか肉まんとかさー、コンビニで買ったり」
「途中、寄る?」
「いーね。コンビニ、どこが好き?」
「どこでも
……
」
キッとバイクが信号の前の停止線で止まる。心臓に心地よく響くエンジン音。それがまるで今の自分の鼓動のようにも感じた。
「いつかきみがさ、」
独り言のように呟く。
テールランプが言葉通り、尾のようにすり抜けていくさまを眺めながら。
――
恋とか、愛、とか。分かったときに俺が傍にいられればいいな。
人はひとりで生きていけない。菊司はそれを痛感している。冬、施設の前に置き去りにされたまま誰にも気付かれなかったらあのまま死んでいた。赤ん坊なんか1時間やそこらで低体温症になってすぐ死んでいただろう。適切な処置を施した医師、看護師がいなければ死んでいた。施設がなければ飢えて死んでいた。清陵院の家がなければ学も受けられず無駄に時間を消費して心身ともども死んでいただろうし、天照がなければ食べていけずに死んでいた。
いつでもだれかがそばにいた。それを知っているから「ひとりで生きていける」などと、口が裂けても言えやしない。この世界がどれだけ腐ってどれだけ残酷でも、生きているなら生者の務めを必ず果たす。
それが菊司ができる恩返しだ。
「菊司サン」
「ん?」
コンビニの駐車場にバイクを停めて、並んで肉まんとおでんを頬張る。湯気がたって眼鏡を曇らせた。
「おいしい?」
「うん、おいしい」
「これも、生きること」
「そうだね。あっつッ」
こんにゃくで盛大に口を火傷した。無意識につめたい指先をくちびるにあてても、あまり口は熱くはない。
「大丈夫?」
「へーき」
ふ、と笑う。顎をあげて空を見ると、白い星がいつもより近くに見えた。けれどそれは「そうであってほしい」という思考がそう見させるだけだろう。
「約38万キロ」
「?」
「
地球
ここ
から月までの距離。地球から月まで歩いて行くと十年と三百五十二日と四時間。フフ。結構、行けそうだよね」
「そう
……
?」
「そしたら俺は四十代だし、きみは三十代だね」
ふうふうと息で湯気を飛ばして、今度こそこんにゃくを咀嚼する。すこししょっぱい出汁だった。
「まあ、それまで生きる予定だし生きたいと思ってるよ。定之くんと一緒に」
「うん」
「でもいつどうなるかわかんないし、死に際に後悔なんてかっこ悪いことしたくない。だから定之くんがしたいこと、俺がしたいこと、見たいもの、聞きたいもの。たくさんできるといいね」
定之はちいさくくちびるの端をもちあげて笑った。
「今度、このバイクよく見せてよ。あ、全然! 弄らないから。大丈夫大丈夫」
「本当に
……
?」
「本当本当」
彼と菊司の立ち位置がすこし変わっても、月は変わらず白く煌々としていた。
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