俺が出勤の準備をほとんど整えたところで、太宰が起き出してきた。急な呼び出しで叩き起こされたから、まだ陽が昇るには早く、外は暗い。起こすつもりはなかったが、気配に聡い太宰は起き出してしまったようだった。
「おう、起きたか」
「うん」
太宰にしては珍しくまだ寝起きの様相で、眠そうな目を擦っている。太宰とは寝室が別だから、しょっちゅう我が家に出入りするようになった今でもあまり見たことがない姿だ。
突然起こされた苛立ちを癒したい気持ちもあり、太宰に近寄った。ぼんやりとした目がこちらを向く。
後頭部に手を回して引き寄せ、唇を近づける。と、即座に唇と唇の間に手を入れられる。
「っんだよ」
「君、もう歯磨きしたでしょ」
その通りだったので、小さく舌打ちを漏らす。頭が回るのも困り者だ。まだ寝起きのくせに。
「いいじゃん。ちょっとくらい」
「やだ」
食い下がろうとしたが、引き寄せていた手すら振り払われてしまった。
悔しいが、いつものことだ。歯磨き粉の味が嫌だといって、直後には絶対にキスをさせてくれない。
「ほら、もう行かなくていいの?」
太宰にあっちへ行けとジェスチャーをされ、げんなりしながら家を出た。早朝呼び出しによるクサクサした気持ちを助長させてしまった。
俺はメントールのキツい歯磨き粉が好きなのだが、太宰はどうにもそれが苦手らしい。
初めて俺の歯磨き粉を使った太宰は、口に含んですぐに吐き出した程だ。それからすぐに何度も口を濯いで「なにこれ辛い。ヒリヒリする」と文句を言った。
「あー、俺、スースーする方が好きで」
「スースーとかってレベルじゃなくない?」
太宰はまともに呂律も回っていなかった。目には薄らと涙を浮かべ、信じられないものを見る目をしている。
「こんなので歯磨きなんてできるわけないでしょ」
「いつもやってっけど」
「どういう神経してんの?」
太宰はメントールの刺激が苦手らしい。自分で使うのを嫌がるだけでなく、俺が歯磨きをした後キスをするだけでも耐えがたいらしく、その所為で度々拒否をされている。太宰に内緒でキスをしたこともあるが、すぐに嫌そうに引き剥がされてしまった。その拒否感は相当なものである。
何度かやめようかとも思ったが、自分の嗜好を譲る気にもなれず、結局それが続いている。
もうそろそろ寝ようかと思い始めた頃、太宰がやってきた。普段ならまだ起きている時間だが、朝が早かったので今夜は早めに寝たかった。
「あれ、もう寝るの?」
「ああ」
俺がもう寝支度を整えているのに気づいたらしい。時計を確認して不思議そうにしているが、それ以上深く追求されることもない。別段俺に用があったわけでもないのだろう。用がなくても来ていい。そういう距離感を許している。
けれど、俺が洗面所に向かおうとすると「あ、待って」と急に呼び止められた。
「あ?」
振り返ると、そそくさと近づいてくる。大人しく待っていると、そっと唇を寄せられた。ちゅっと可愛らしいリップ音が響く。
「朝、できなかったからね」
それから何事もなかったように自室へと消えていく。
1人取り残された俺は、その背が見えなくなるまで黙って見送るしかできなかった。これがあるから、やめられないのである。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.