yoqips
2024-08-15 00:06:04
1731文字
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イワン雷帝とその息子

リレー小説その1


 静寂から万雷の喝采。
 落胆に身を沈めた雷帝イワンは闇の中に姿を隠し、荘厳な音楽で幕は下りる。恐ろしくも物悲しいヴァイオリンの旋律。観客たちが感極まって手を叩く最中、橘星蘭は舞台を正面から見つめてただ愕然としていた。目の前で繰り広げられた演劇と演出の奔流にいまだ浸りきって現実に戻れないでいる。劇団好奇派の「イワン雷帝とその息子」はまさに演劇史に名を残す傑作となるだろう。それは紛れもなく天才・酉辺蔓の功績だった。
 スポットライトを浴びる酉辺はイワン雷帝の衣装に見合った威厳を残しながらも、すでに20代の青年らしく背筋を真っ直ぐに伸ばして雰囲気を一変していた。あたたかな笑顔で手を振る姿に観客たちは夢中になってさらに拍手をする。「雷帝(グローズヌイ)」と畏怖された極めて苛烈な暴君は歴史の氷河から飛び出し、天才の手によって凍りついた王気を全身にまとい、再びこの舞台へ蘇った。ロシア史上もっとも血と暴力に塗れたイワン4世を彼がひとたび演じれば、吹き荒ぶ孤独と狂気の人生に神への信仰と後悔を滲ませた、なんとも味わい深い悪役になる。

 これを「実力」で済ませていいものだろうか?

 彼の舞台をただの観客として楽しみ、そして幕が下りれば役者のひとりとして絶望せずにはいられない。酉辺蔓の演技は魔法としか言いようがなかった。ただ古典をなぞるだけではなく、役者自身の魅力とキャラクターが心地よいほどぴったりと合わさっていた。イワン雷帝を演じる役者は未来永劫この演技と比較されることになり、超えることはそうそう叶わないだろう。
 舞台の動き、光と音の演出、役者同士の間の取り方。酉辺蔓の呼吸につられ他の俳優たちの熱っぽい演技も光った。賞賛する言葉は足りず、貶める言葉は見当たらない。この舞台は完璧以上の出来だった。これが演劇賞のための大会でなかったのなら、いち観客として星蘭も立ち上がってすぐさま割れるような拍手を惜しまなかっただろう。
 しかし橘星蘭は骨の髄まで役者だった。

(これ、希望があるぞ………!)

 ぐっと椅子の上で汗ばんだ拳を握る。彼女は舞台の最中ずっと観客たちのリアクションをつぶさに観察していた。まぶたの裏で演技と呼吸を思い出し、カメラを回すように思い出した。業腹だが星蘭の表現力は酉辺蔓に及ばない。彼に並び立てる役者は今の日本にはいない。それは演技を少しでも勉強したことのある人間なら分かることだった。
 しかし舞台というものは、誰かひとりが神のごとく優れているからといって常に勝利できるわけではない。劇団フルーツタルトの橘星蘭と脚本家は一貫して合理主義だった。予算でも役者でも足りないものがあるのなら別のものでカバーするのが世の常だ。

(劇団一角はサスペンス、大戸劇場のロマンスものきて、好奇派はしっかり歴史もの)

 星蘭は折り目のついた大会のプログラムを開く。
 演劇大会はあまりの舞台の連続で食傷気味になりやすい。特に重めの題材が続いたときは観客が飽きやすく、一日の後半になるにつれてそれが顕著になってくるが、かといってあまり最初のほうになると投票の際に印象が薄れてしまいやすい。
 劇団好奇派が重厚な歴史ものを完璧にやり遂げ、専門家たちも唸ったのは間違いない。しかし一般層のどれだけがイワン雷帝のかかわる歴史を理解し、世界観に没頭できたかと言えば、その点はやや不利なところもある。対して劇団フルーツタルトは有名推理小説を元にした知名度のあるストーリーラインで、ジャンルは笑いどころたっぷりの軽快なサスペンス・コメディ。胃もたれした観客を爽やかに楽しませるというのが脚本家の目論見で、運命の采配によって望ましい順番を獲得できていた。

 素晴らしい舞台だった。それは事実。
 しかし勝つ方法はある。それも事実。

 橘星蘭は瞳に冴え冴えするような炎を宿し、それでも遅れて拍手をしながら賞賛の雨のなかにいる男を睨みつける。そして勢いよく立ち上がると、いまだに興奮冷めやらぬ劇場を後にした。さざめいた観客席には透き通った女性の声でアナウンスが響きわたる。

『昼休憩を挟んで、次は劇団フルーツタルト オリエント急行です』