yoqips
2024-05-17 23:00:12
2210文字
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立てば芍薬

花山美麗の見合い



 古さと伝統だけが取り柄の花山の屋敷に現れた鈴木文化は、今までの見合い相手の中でもっともぼんやりした顔つきの男だった。貧弱ではないが体格が良いわけでもなく中肉中背で、高級そうな時計や手縫いの革靴がかえって浮いて見えるような凡庸な男だ。しかし古美術商としての彼のセンスと手腕は本物で、一代で瞬く間に財を成したという。
 花山美麗は振袖ではなくかつての恋人に贈られたブラックドレスを堂々と着こなしていた。赤毛を豪奢にカールさせた派手な風貌と日本人離れしたスタイルを惜しげもなく晒して椅子に腰掛ける姿は、古式ゆかしいの屋敷になんともミスマッチだった。
 だがそれらを吹き飛ばすほどの輝く美貌が彼女にはあった。ともすれば腰が引けてしまうような高飛車な佇まいを前に、荘厳な女神像に平伏するかのごとく男は見惚れていた。その視線に満更悪くはない気分で、美麗は彼のエスコートを受けて立ち上がる。

「庭園をご案内しますわ」
「ええ、ぜひ! なんとも立派なお屋敷ですね。前はここら一帯が花山の土地だったとか……
「ずいぶん昔のことです。お祖父様の代の頃からは不動産屋ですが、あまり商売っ気がないもので。古いだけの家ですよ」

 旧華族の花山家は長きにわたり財産としてあちこちに土地を持っていたが、戦争で中心地にあったような華やかな土地はほとんどが焼けてしまった。そして戦後の華族制度の廃止によって没落の一途を辿ったといえる。もちろん脈々と受け継いだ人脈や資産のすべてが失われたわけではないが、祖父の代からは清貧質素を心がけるような家になったらしい。
 要するに出費をケチるようになったのだ。
 花山本家の一人娘である美麗は小さなころから蝶よ花よと甘やかされつつも、実際の所それほど贅沢三昧に暮らしていたわけではない。一般家庭と比べれば裕福であったが、中途半端な華美さが我儘娘の欲望に火をつけた。美麗は自身を金銭的な面で満足させてくれる男性と付き合い、気持ちよく貢がれることに天性の才能を発揮しはじめたのである。
 はしたないと苦言を呈されてもどこ吹く風の娘に、両親はどこの馬の骨とも分からないような男と付き合うくらいならと見合いをセッティングするようになった。美麗としては付き合う相手くらい調達できると思っていたが、男性が自分の姿を見て息を呑んだり顔を赤らめたりするのは非常に好きだった。

「いやあ、花が色とりどりで美しいです」
「母も私も花が好きですの」
「貴女ほど花が似合う方もいませんよ」

 そういう意味では鈴木文化は満点だった。彼は障子をくぐってから美麗を見て呆気に取られたあと、写真で見るよりお美しいと少年のように頬を赤らめて彼女を手放しで褒め称えた。そして目の前の女を手に入れんとする並々ならぬ情熱を瞳に湛えながら、しぐさは折れやすい花を扱うように実に繊細だった。
 今も彼は庭の花々を褒めながら、熱っぽい視線を注いで隠そうともしない。その崇高なものを眺めるような目がとても心地よい。美麗はもう少し踏み込んでも良いかという気分になって、彼の仕事について訊ねることにした。

「古美術が専門でいらっしゃるとか」
「ええ! こんな立派な旧家で申し上げるのもなんですが、その通りです。時代を超えた美しさに魅せられた者の宿命といいますか」
「古いものがお好きなのね」
「価値ある美しいものを愛しています」

 骨董は商いの中でもとりわけ歴史に隣接するディープな世界だ。子どもの頃から茶室で古い器や掛け軸に触れただけの美麗にもその片鱗は理解できる。鈴木文化は女性を退屈させないようほどほどのところで話題を終わらせようとしていたが、美麗が続きを促すように小首をかしげて魅惑的に瞬きすると、途端に舌の滑りが良くなったようだった。

「新しく素晴らしいものはたくさん生まれます。私も最新の機械には心躍る。しかし古美術は……創られた当時に最盛にして完璧であり、時を経ることで衰えると完璧さから異なる完璧さへ移ろっていく」
「失われるのではなく?」
「はい、その絶対的な美しさを独占したいんです」

 弁舌を振るう鈴木文化を見ていると熱烈に口説かれている気分になった。美麗はまだ若く花の盛りではあるが、歳を取れば誰しも瑞々しい美しさは失われていく。張りのある肌や豊かな髪は時と衰えを見せるだろう。男たちが美麗に人生を捧げるほど心酔していても、いつかは恋の熱が冷めてしまうかもしれない。
 けれど彼なら、たとえ何十年経っても美麗に夢見るような瞳を向けてくれる気がする。乱暴に扱えば壊れてしまう繊細な陶器を、指紋一つつかぬよう磨き上げるように。金色の高価そうな指輪がいくつもついた手をじっと眺めたあと、庭先の木漏れ日のなかで美麗は気だるげに顔を背ける。

「いいお天気だこと」
「本当に、暑いくらいですね」
「今日の思い出になるようなものがあれば、嬉しいわ」
「ああ、でしたら! 次はぜひ私とお食事はいかがですか? そのときには出会いと再会のための、貴方に相応しい贈り物を用意します」
「すてきね」

 女が目を細めてふっくらした唇を綻ばせると、それだけで文化は舞い上がったように表情を明るくした。初夏の庭園でシャクヤクが鮮やかに咲いている。美麗は見合い相手が贈ってくれる宝石の輝きを想像して、この上ない微笑みを浮かべるのだった。