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yoqips
2024-03-05 22:08:48
1689文字
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梅に鶯、桜に幕
土曜日もくるみ
冬の名残も薄れた土曜日。
たまにわけもなく眠くてたまらなくて、日中のいつも起きている時間なのにソファで横になってしまうときがあった。その眠りはたいてい浅くて居心地が悪い。頭に霞か蜘蛛の巣が張ったように薄ぼんやりしながら、別に寝たくもないのに眠っているせいで、今日やろうと思っていたことがキャンセルになっていくのをまどろみの最中で惜しんでいる。
起きたい、起きられない、頭が重い。
本当は午後にデートに誘って映画を観たりしたかったのに。そろそろ新しいアイシャドウバレットでメイクをしたかったのに。ほとんど朦朧としながらむしゃくしゃした気分になって、途切れ途切れの悪夢みたいに月美を追いかけてきた。お腹が空いた。空気が少し渇いてる。加湿器の給水ランプが点滅しているが、目を瞑って見ないふりをする。剥き出しの脚が寒い。
廊下を歩く音がトントンと遠くから響いてくる。
「ただいま戻りました
……
あ、寝てる
……
」
「
…………
」
「月美ちゃん、寒くないですか?」
用事を済ませて戻ってきた恋人におかえりと返事をしたつもりだったが、それは夢の中に吸い込まれてしまった。木蓮は上着を脱いでクローゼットに仕舞うと、膝掛けにしている薄手の毛布を横たわった月美にかける。そしてなんだか窮屈そうに下になった腕をそっと引っ張り出すと、頭の下にふんわりクッションを敷いてやり、よしよしと前髪を撫でた。
どこか苦しげだった月美の顔が緩んで、しばらくするとすうすうと健やかな寝息に変わった。木蓮はダイニングに置いた紙袋を見たあと、もう一度月美の頭を優しく撫でて、音を立てないようそうっとキッチンへと入っていった。
小一時間もしないうちにふっと月美が目を覚ますと、いつのまにか不愉快な喉の渇きや頭の重怠さは薄らいでいた。毛布に包まれるぼんやりとした暖かさと、空っぽのお腹に沁みる出汁の香りが心地よい。給水を訴えていた加湿器がたっぷりの水を与えられて、潤った空気がモンステラの葉を揺らしている。
木蓮くん帰ってきたんだ。
月美は明るい心地になってソファから身を起こすと、ダイニングに座って本を読んでいた彼が気付いて微笑んだ。月美が細い腕を広げるといかにも嬉しそうに表情を崩して、ふんわりと両腕で抱きしめてくれる。シャリシャリした清潔なリネンのシャツがまぶしい。まだ寝ぼけ眼ままぎゅっと木蓮の肩に甘えてじゃれつくと、月美の胸に溜まったもやもやが少し晴れていくのがわかった。
「よく眠れましたか?」
「んー、わりと」
「お昼がまだだったら一緒に食べましょう。美味しそうだなと思って買ってきたんです」
「うわヤバおいしそう」
「そう言ってくれると思いました!」
ダイニングには四角い弁当箱が向かい合って置かれていた。透明のふたの中にはなんとも春らしいグリーンピースの豆ごはんや山菜の天ぷら、照りの美味しそうな鶏の八幡巻きが入っていて、寝起きのお腹がきゅうと音を立てた。木蓮は笑顔になっていそいそと味噌汁をお椀によそってくれている。
月美は水差しを持って椅子に座ってから、のんびりと足を伸ばして息をついた。青々と元気に葉を伸ばす観葉植物も、手入れされて正常に動く家電たちも、さらさらと埃のない床も、そのどれもが木蓮の日々の働きなしでは保つことができない。木蓮は居眠りする月美の横で、お弁当も食べずに部屋を軽く掃除して、汁物まで作って待っていたらしい。
なんていじらしいんだろう。胸がきゅんとする。いじらしいというのは、まさに恋人に対する木蓮のためにある言葉だ。
「熱いから気をつけてくださいね」
「うん」
両手にお椀を持ってやってくる木蓮を愛おしげに見つめて、月美はいただきますの前に腰を上げて彼の頬にキスする。照れた木蓮の肌が思いのほか分かりやすくぱっと色づく瞬間がいつも好きだった。頭にかかった霞はいつのまにか消えていて、眠ってしまった休みの午前が報われた気分になる。
せっかくの春の陽気だ。お弁当を食べたらアイシャドウを塗って、やっぱり彼をデートに誘おう。
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