yoqips
2021-12-09 01:55:58
3824文字
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灰屋の一騎打ち

エガキナマキナ:自戒予告 小鳥遊月美VS昌輝



 12月、冬の都内。
 無免許作家連合による著作倫理法に対する大規模デモ活動が、どういうわけか警察への申請を潜り抜け首都圏5拠点で同時刻に行われた。おかげで創務省職員はほぼ全員が駆り出され、実力行使を伴った鎮圧が命じられている。
 といっても無免連の作家たちも馬鹿ではない。ある者は顔を隠し、ある者は秘密裏に集団で動く。創務省本部でも彼らの動きを予想し、集会などに使われているであろう拠点特定が急がれていた。
 都内某所。
 繁華街近くに堂々と佇む比較的新しい商業ビル。この廃ビルに無免連メンバーと思しき者の出入りがあったと職員が発見。検閲課執行第三部隊の山口木蓮と小鳥遊月美は現場へと急行し───そこで相対した。

「ここは通せねーな、お嬢さん方」

 残照を背負った鮮やかな唐紅の髪。鋭く射抜く金の瞳。その女は逃げも隠れもせず大薙刀を地面について立ちふさがった。
 木蓮はどうか分からないが月美は元より彼らと話し合うつもりなどない。はじめから実力行使の許可が出ているのだ。顕現したままのマキナの銃口を即座に向けようと動き、急激に視界に迫った赤黒い影に反射で飛び退いて、月美は自身のミスに気付いて舌打ちをした。
 見上げた先には夕陽に縁どられた甲冑。黒面の奥で異形の瞳が赤く光り、その首が痛くなるほど巨大な異形に月美はギッと眦を吊り上げた。

「勝った方が大将に加勢に行ける。分かりやすいだろう」
「勝つのはあたし、そこどきなオッサン」

 完全に分断されてしまった。
 大型没「母なる金字塔」討伐において前線で山口木蓮が確認した無免許作家連合の「一条鮮花」とその相棒「昌輝」の両名。なるほどよっぽど戦い慣れているのか鎧武者の巨体は木蓮と月美の連携をいとも簡単に絶ち、それぞれが一対一で相手取るつもりであるらしい。

「あんたら表通りのパレードに居たんじゃなかったワケ?目立つナリのくせに」
「情報が古いようだな」
「クソ、情報部のポンコツ!」

 はっきり言って創務省が使っている機器は認可や更新の関係で最新のものから一世代も二世代も遅れている。役所仕事の宿命ではあるがこういった情報戦には弱かった。月美は怒りまかせにガシャン!と機関銃の向きを変えてはじめからノックアウトを狙って撃ちまくり、距離を測りながら敵を睨みつける。
 体長はおよそ8~10メートル。下半身が百足になった武者姿で、胴体は甲冑に覆われ大太刀を携える。母なる金字塔の討伐においてもいくつか報告のあった異形の鎧武者だ。小柄な月美でなくとも見上げるほど大きいというのに動きは早い。足には自信があるつもりだったが、リーチの差が開きすぎていて後ろに回り込むのも困難だ。仮に隙をついて回り込めたとしても棘のついた尾がのたくって襲い来る始末だった。
 だが逃げまわるのは性に合わない。

「こっから蜂の巣にしてやるッ!」
「! 厄介な……
 
 ドガガガガッ!!!
 月美は廃ビルの側面を背にするように陣取り、蛇行する武者を近づかせないよう走り回って弾丸を撃ち続ける。けたたましい音が廃ビルに響き渡った。的は大きい。マキナの弾丸は紫色の閃光を纏って甲冑に着弾し、確実に装甲を削ってはいる。不用意に突っ込んでこないところを見るにダメージがないというわけではないようだ。月美は決定打に欠ける膠着状態に苛立ちを覚え、さらに距離をとった姿を確認して悪態をつく。

「硬すぎんだよムカデ野郎~~……!!」

 これでは埒が明かない。
 遠くでキンッと硬い金属音が響き、月美はあの巨大な大太刀が抜かれたかとほんの一瞬だけ音の方向を見る。少し離れた場所では一対の薙刀の攻防が行われていた。風を切る刃の音。激しい鉄の擦れ。月美はすぐに視線を戻し耳だけを澄ませる。単なる見張りではない。彼らが守るのならここは当たりだ。長引かせて移動を許してしまえばまた一から探さねばならない。
 決めるなら一瞬。
 一時的に弾丸の威力を"強める"ことはできないだろうか? 特殊武器マキナとはツクリテの創造性に依存するものであって現実の武器とは異なる。たとえば月美の銃は決して跳弾しない。室内や街中でうっかり一般人に当たるなんてことがないよう地面や壁に貫通し着弾するふうに月美が作り替えたのだ。マキナの研究員である桂月安樹の穏やかな口調が脳裏に蘇る。

「月美さんはマキナの天才ですからね。あの形状のものがちゃんと作動してそれでいてあの威力を放っているのは素晴らしい。機関銃の詳しい構造や知識などかえって入れないほうが良いでしょう。取り回しがいいように作り変えてしまえばいいんです」

 当時はそんなものかと思っていた。
 だが言い換えるならマキナとは思い込みの力だ。単なる三つの点の集合が顔に見えてしまうように。月美は深く息を吸って肺に酸素を入れ、武器に吹き込むように吐いた。全体弾数が減ってもいい。より鋭くより敵を貫くように。狙うなら頭だ。銃口を頭部か首に当てて撃てば致命傷になるだろうが───相手はニジゲンだ。もしそうなっても仮死状態になるだけ。その後消滅することがあっても、躊躇う理由にはならない。

(あたしはあたしの仕事をする)

 粉塵をかきわけてずるりと百足の鎧武者が現れる。埃っぽい空気のなかで視線がかち合った瞬間、相手がまったく同じことを考えているとわかった。勝負は一瞬。侍が腕を振って鞘入りの大太刀を薙ぐと連獅子に似た白いかつらが舞う。炎のような光がカッと足元から立ち上り、赤い甲冑に纏ったように見えた。
 ニジゲンの特殊能力(エガキナ)!
 月美は警戒を強めて機関銃の持ち手を握り締める。こんな巨躯の怪物に真正面から戦うなんて正気の沙汰ではない。だがやることは変わらない。一気に片付けて埒を明かす。互いに出した同じ答え。月美はガシャッ!と勢いよく引き金に力を籠め、昌輝は一度首を縮める蛇のごとく間をおいて弾かれたように一気に迫る。
 鋭い弾丸が甲冑の胸や肩に着弾し貫通する。鎧が砕ける。数メートルの距離に迫った頭に照準を合わせる。発砲。昌輝がほんのわずかに顎を引き、顔の防具に弾丸がめり込んで砕けた。

「────!!!!」
 
 最後の一瞬まで目を離さずにいた月美の胴を大太刀の鞘が横薙ぎに殴りつける。勢いを殺すため咄嗟に受けたマキナがバキン!と音を立てて消滅し、月美はコンクリートの壁に背中を強かに叩きつけられた。抵抗もできずそのままずるずると床に吸い込まれ、うまく呼吸が出来ず崩れ落ちる。

「───見事!」

 眉間に電光が走る。侍武者の称えるような力強い声を最後に、意識は完全にブラックアウトした。





 肺に冷たい空気が入り込み、月美は意識を取り戻す。一瞬自分がどこにいるか理解できず、剥き出しのコンクリートで造られた吹き抜けの高い天井をただ放心して見上げていた。はっと息を吐くとガラガラと不愉快な音を立て、視界に心配そうな木蓮の顔が写り込む。それで現実だとようやく確信が持てた。

「目が覚めましたか?」
………ここどこ」
「例の廃ビルです。まだ15分も経ってません。頭は打ってないですよね。医療班によると幸い内臓や骨には異常がないようですが……大丈夫ですか?」

 目だけでぐるりと見渡すと部屋の端に月美は担架に横たえられ、他の創務省職員が慌ただしくビル内を駆け回っている。その後応援が来たらしい。しかし中はもぬけの殻で、内装を取り払われた素っ気ない天井からはむなしく電線が垂れ下がっていた。月美はようやく霧が晴れてきた意識を叩き起こし、木蓮のスーツを掴んで恐ろしい形相で問い詰める。

「あいつらは!?」 
「逃げられました、残念です」
「あっ……あんのムカデ野郎……見事だ~~!?クッソムカつく!!ふざけんな~~!!!」

 月美は体を跳ね起こしビル中に叫び声を響かせた。木蓮が勢いに気圧されたように若干後ろに顔を引く。武者は最後まで鞘を抜ことなどなかった。元より殺す気はなかったのだろう。結果は惨憺たるものだ。追い詰めていたとは言いがたく、骨折のひとつもしていないことが胸を掻きむしりたいほど悔しかった。
 地団駄を踏むのお手本のように悔しがっている月美を見て、木蓮がため息をついて肩を落とす。どうやら月美が気を失った瞬間を目撃したらしい彼は、思ったよりもずっと健康そうな姿に気が抜けたようだった。

………元気ですね」
「ハァ!?ぜんっぜん元気じゃないですけど!?ぜってークソ無免の連中全員補足しますからね!!」
「いえ、大事ないなら結構です。まったく彼らときたら都内の建物まで爆破したようで、もはやデモの域を超えていますよ」
「あたしらの配置は?」
「引き続き鎮圧です。打ち身の治療はきちんと受けてくださいね」
「ハイハイ」

 月美は苛立ちを抱えながらもどこかけろりと立ち上がり、木蓮の小言から逃れるように医療班の簡易テントへと歩いていく。ビル内部の破壊の痕跡は激しく生々しい。鮮花と木蓮の一騎打ちの結末を聞き損ねてしまったが、幸い彼に目立った怪我はないようだ。
 日が落ちるのがずいぶん早くなった。割れた窓から見える空は幕が下りるように赤から紫色へと移り変わっている。冷たく冴えた夜の中で、街の騒ぎはまだ眠りそうにない。