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yoqips
2021-11-12 01:13:19
4974文字
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沈黙できない羊たち
エガキナマキナ:回想死因/小鳥遊月美
海岸付近に大型の没発生。直ちに討伐に向かわれたし。対象は「胞子」により「過去のよかった時代、空気、思い出」にまつわる幻覚を見せ、自身の潜む海へと誘導。その効果により都市部含め甚大な被害が発生中。検討を祈ります──射止男姫。
「いい過去だってさセンパイ。どうですか、なんか幻覚見ると思う?」
「今を差し置いてまで戻りたい過去は思いあたりませんね」
「まー同感」
8月末の猛暑日。
ガタガタと揺れる車のなかで冗談っ気のない硬い声が交わされる。会話はそれきりだった。指定の場所に着いた公用車から出て後ろ手でドアを閉めると、そこには夏の日にふさわしい抜けるような青空と白い雲がある。浅い海のなかには一般市民と思しき人々が蟻地獄に捕まった蟻のように行列をなしていた。
「母なる金字塔」と命名された没が出現したのは早朝。上層部の通達により創務省職員たちはただちに海岸部へと急行した。大規模な没災害においては部署ごとではなくマキナの特性ごとにピックアップされることも多く、こういった大型没相手にはやはり遠距離攻撃は重宝され、月美は同部署の職員たちと別れて前線に配置された。
「攻撃を最優先! 一般人の避難誘導が完了するまでこの海岸ラインを保守! 没が前進の動きを見せたと報告があった場合は追って指示を出します!」
真上から射す太陽がじりじりと頭頂を焦がす。顔見知りはほとんど誘導に回されたらしい。人影がぼんやりと波間を漂っているのを遠目で眺めながら、月美は息を吸ってマキナを顕現させる。紫色の輝く炎がリボン状に巻き上がって重機関銃「スーパーノヴァ」へと姿を変え、両手にずっしりとした鉛色の鉄塊が現れた。いつも迷惑そうな顔をする同僚は近くにはいない。ぬるい風が髪ななぶり、手元の持ち手を強く握りなおす。
砂浜に一列に並んだ職員たちがそれぞれマキナを手に、合図とともに一斉に海へと走り出した。
(海中戦か、引き摺り出せるまではひたすら攻撃するしかないな)
推定体長約10m弱の魔物が海中に潜んでいる。こんな浅瀬から攻撃ではたかが知れているが足止めにはなるだろう。腕の一本くらいは獲れるかもしれない。月美は海中にガトリングガンを突っ込んで銃弾を撃ち続ける。火器であって火器ではないマキナは水中においても火薬が湿気って使えなくなるなんてことはない。
どちらかといえば引き寄せられた人間に群がる他の没が厄介だ。二次被害三次被害は最小に抑えたい。雑魚の没を討伐する。シュレッダーゴミ。海での戦いになるならお気に入りのスーツなんて選ばなければよかった。銃弾が新しく装填される。いつ最後が来るとも分からない仕事だ。むしろ常に気に入った服を着ておくべきか。
(頭がボーッとする
……
)
木蓮と話したことに嘘はなかった。月美は自身の過去をそれなりに評価していたが、幼い頃は今よりずっと不自由を強いられていたのだと今ならわかる。精神的にも経済的にも親に依存しなければならない立場だ。その不安定さから抜け出したくて、月美はただ必要なことを必要なだけやり遂げて、この危険かつ恵まれた創務省での仕事を獲得した。多くの人がそうであるように、失ったものもあれば得たものもある。
だから──小鳥遊月美は胞子を浴びたとしてもどうにもならないと本気で思っていた。この瞬間までは。
「あ
……
パパ」
とても戦場で出すような声ではなかった。子供みたいな気の抜けた調子で、月美は自分より背の高いその人物をきょとんと無防備に眺めていた。まだ三十台くらいのスーツを着た中肉中背の男だ。少しくたびれた癖っ毛に優しそうな目元。母親が出迎えるのに月美はいつものようについていく。仕事から帰ってきた父の鞄を受け取るために、ざばざばと海水をかきわけて、前に進む。
ドッと重い音が腹に響いた。
人間の腕ほどの触手がほぼ垂直にぶつかった衝撃で、月美の体が一瞬空中に浮いて海面へドボン!と叩きつけられた。視界が青い水中に切り替わり音が消える。口と肺に入り込んだ海水。一瞬胴体を貫通したかに思えたほどのそれは別の没による攻撃だったようだ。完全に目が覚めた月美は地面を蹴って銃口をそちらに向け、なにか叫びながら乱射する。
シュレッダーゴミが花火のように海中に散らばった。
「───ッ~~~ッ!! ゲホッ! クソ! クソ! ふざけんな、クソォ!」
海面から顔を出し月美は爆発するように悪態をついた。周囲は阿鼻叫喚だ。引きずられて退避していく職員もいる。月美は目の前が真っ赤になるほど怒りの導火線に火がついたのが分かった。一瞬でもそんな幻覚を見てしまった己も許せなかったが、触れられたくない記憶をさまざまと疑似餌として使われたのが屈辱だった。マキナに銃弾が際限なく装填されていくのがわかる。
こいつがくたばるまで休まない。
人間の作りだした世に出る必要もない副産物の分際で──ひとの頭を掻き回しやがって──冗談じゃない。
撃鉄をガシャンと乱暴に起こし引き金を絞る。弾丸が金属音を伴って乱れ飛ぶ。反動で体に衝撃が走ると肺がひどく痛んだ。それよりもずっと鳩尾が熱い。すさまじい機関銃声が海に吸い込まれては消えていく。アナウンスが響いている。遠くで退避の汽笛が鳴る。一番最後になってもいい。一発でも多く奴にぶち込んでやりたい。
睡魔のように幻影が立ち上る。くり返し見る白昼夢のように蝕む。距離が離れているおかげかどっぷりと浸かることはなかったが、月美は自身の精神が振り子のように揺れるのを感じていた。過去から現在へ。現在から過去へ。父親の幻覚を撃ち飛ばすことになんの躊躇いもなかった。そこには倒すべき相手だと理性では分かっていたし、堪らず駆け寄ってしまいたい方角がまさに敵のいる場所だと本能的に嗅ぎ分けていたからだった。
「小鳥遊さんッ!」
銃声と悲鳴をかきわけて鋭い怒号が飛び、ぐっと強く撃鉄を握った右腕が引かれた。ばしゃんと破裂するような水の音が後ろからする。とても聞き覚えのある声だ。
「状況が変わったので退避命令が出ました。戻りますよ」
「
…………
」
あたりにはすっかり戦っている職員の姿はなく、混乱と悲鳴がそこかしこで響いていた。月美は振り返らないまま撃つこともできず憎々しげに海を睨んでいる。男の骨ばった手がさらに強く腕を引き、無理やりに女の細い体を反転させた。厳しい表情を作った木蓮が念を押すように言い聞かせる。
「戻ります、いいですね」
「
………
はい」
本当は耐えがたい怒りが嵐のように体に渦巻いたままだった。大声で叫んで当たり散らしたいくらいだ。だが木蓮の感情の抑圧された表情を見て少しだけ頭が冷えた。瞳の内側でじりじりと激しいものが燃えているときいっそう冷静に振る舞う男を見て、自らの幼稚さが無性に恥ずかしくなった。
はっきり言って月美がやったのは命令無視だ。生きていたのは運が良かったから。没討伐の専門部署であったなら厳しい処罰が下っただろう。腕を掴まれたまま足早に海岸へと背中を警戒しながら進み、どんどんと没の気配は遠くなる。後ろから父と母の声がしてまた振り返りそうになる月美を木蓮の気配だけが引き止める。けれどどうしても感情が高ぶったまま血の温度が下がらず、安全な砂浜まで歩いてきてようやく、月美は彼の背中に声をかけた。
「山口センパイ、腕」
離してもらえますか、と殊勝に言えたら良かったのだが、口から出る声色はいつもどおりふてぶてしいくらいの平坦な響きだった。木蓮が振り返ってほんの一瞬だけ厳しく月美の目を見つめる。二人の間に一本のピアノ線のように緊張が走ったが、木蓮はパッと手を開いて強く掴んだ月美の腕を離した。
「手荒な真似をしてすみませんでした。しかし命令には必ず従うようにお願いしますよ」
「次の出撃では命令どおり倒します」
「あなたという人は
……
」
「嘘つくよりいいかなと」
「
……
はあ」
手をひらひらとさせながら答えると怒っているような呆れたような重いため息が返ってくる。全面的に月美に非があることは分かっていた。それでも守れる自信がない約束はできない。真っ直ぐに月美を探しに来た木蓮はきっと胞子の影響を受けなかったのだろう。心の奥を土足の靴底で踏みにじられた気分など彼には分かるまい。わざわざ説明する気もなかった。だからこそ木蓮は海底から砂浜に月美を引き戻す錨になる。
月美はぺこりと軽く頭を下げて救護班のテントへと歩いた。没を倒すまでこの悪夢が終わらないのなら後ろに下がっているつもりなどない。胴体をわずかに庇いながら白砂にザクザクと残っていく後輩の足跡を、木蓮は目を細めたまましばらく見つめている。長い一日はまだ正午にも到達していなかった。
没討伐完了。
創務省では今回の没発生の被害集計、報告、回収、研究等が引き続き行われる。「母なる金字塔」により引き起こされた没災害のレベルを5(非常に高い)と設定。被害に遭った一般人及び認可ツクリテの支援対応を行う。
以上。
文面にすると簡単なものだ。
創務省内では空いてしまった机が黙祷のあとに次々に片付けられ、遺書と私物が家族へ届けられる。月美は一旦帰宅して葬式用の新しいスーツをわざわざ下ろしてきたというのに、医療用の白いコルセットを容赦なく巻かれていたので、他の職員たちを手伝うこともできずに大人しく待機させられていた。肋骨にヒビが入っていたのに攻撃し続けたせいで悪化したのは明白だ。文句を言う資格もない。
ソファに不貞腐れて沈んでいると誰かがその横に立った。同じく黒い喪服に折り目正しく身を包んだ木蓮がなんともいえない顔で月美を見下ろしている。そういえば現場で腕を引かれて以降いまの今まで顔を合わせていなかった。やや気まずい沈黙が走ったあと、木蓮が思いのほか自然に口を開く。
「怪我は大丈夫ですか」
「あー
……
そう見えます?」
「いえ」
あばらの骨折に加えて腕にもヒビが入っているせいで、ギプスと腕吊りのアームホルダーまでつけられていて大袈裟な怪我に見える。頬のガーゼと足の包帯も珍しく黒い服を着ているせいで余計に目立った。木蓮とて包帯や絆創膏は体のあちこちにあるが、目の前の後輩ほど酷くはない。月美は億劫そうに体を起こして木蓮を真顔で見ると、ニヤっと口元を笑みの形に変える。
「紙クズになったとき見ました? あたし最前線かぶりつきでした」
一体誰の攻撃だったか。創務省も認可作家も、ひょっとすれば無免連の不認可のツクリテたちも参加していたかもしれない討伐戦の最期は、惨憺たる結末に似つかわしくないほど美しかった。真っ青な海の上で白いシュレッダーゴミが風に巻き上げられて舞い、終戦のファンフアーレでも鳴りそうな光景とともに、月美の目の前から悪夢も消え去った。
没がただの細かな紙になるとき、彼らが本質的には災害だということを月美は思い知る。突然やってきては日常を破壊してなんの責任を取ることもなく消えていく。だから本当は顔見知りが死ななかったことを感謝するくらいがいい。そう何度思っても月美のマキナに銃弾を補充するのは原始的な怒りでしかない。理不尽への爆発しそうな感情。絶え間なく砲火するこの武器が自分には合っているのだろう。
「ま、そのかわりなら軽いっす」
「それだけ軽口が叩けるなら結構です」
木蓮は月美の様子を見て納得したのか、いつものようにニコッと口角を釣り上げて朗らかさとは程遠い笑みを浮かべて背を向けた。何かぽつりとつぶやいた小さな声。内容までは月美の元まで届かない。褒めるでも怒るでもない反応に月美は拍子抜けしたように片眉をあげ、痛む体を緩慢に持ち上げて立ち上がった。
「てかさ、見つかった同地下のブロックってどうだったんです?」
「ああ、近くにいた部隊が乗り込んだようですが
……
」
被害状況の確認と対応が残る現場を置いて、創務省本部は午後から通常業務へと移行する。顔を軽く覗き込みながら隣に並んだ月美に木蓮が滑らかに答え、二人の背は検閲課の扉のなかへ消えていった。
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