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yoqips
2021-10-12 00:06:41
1671文字
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サウンドループ
着信音が鳴ったので携帯を見ると、隣の木蓮が「電話に出てきます」と断りを入れてソファから立ったので、すっかり画一化されて同じ音を出すようになった端末を月美はぽいとクッションに放った。少し離れたキッチンから聞こえる話し声は親しみに満ちていて、月美に対する甘い声ともまた違う。ぽつぽつと聴こえてくる単語からおそらく相手が彼の母親であることが分かり、月美はすこぶる複雑な心境になった。
家庭環境というものは良くも悪くも同じ基準はなく、羨んだりしても仕方がないものだとは分かっている。月美は自分を総合してまとめて点数をつければ幸せだと思っているし、その上で他人の幸運を疎む気もない。そんなものを怒りや悲しみに変えたって現実に立ち返れば虚しいだけだ。ただ彼の穏やかな声色に必死に耳を澄ませているのを、月美はどこかつむじから自分を見下ろすような気分で落ち着いて見ていた。
「はい、大丈夫ですよ」
「父さんは元気ですか?
……
なら良かった」
木蓮の男にしては高めの声がずっと柔らかな調子で受け答えをする。月美に聞こえることを気遣っているのかもしれないが、それでもどこかあどけないものが微かに残っている口調。彼の家庭環境も母親も直接は知らずとも、そこに流れている信頼みたいなものを月美は波のように感じていた。それをどうしてか無意識に足をたたんで、ソファの上で小さくなって腕を太腿の裏に回してその声を聴いている。
同じ着信音の母親。
その違いに怒っているわけでも、正常で健全な関係を結べている木蓮が妬ましいわけでもないと思う。そう信じたいだけかもしれないが、そんな激しい感情の嵐が月美を襲うことはなかった。ただこうしてじっと体を固めて動かないでいれば、しくしくと切ない小さな傷から血があふれないと思ったのかもしれなかった。
「すいません、家からでした」
「
……
木蓮くんてさー」
「はい?」
「家族にも敬語?」
「ええ、どうにも癖で」
「ばりばり関西弁聴けると思ったのに」
「地元に帰っても滅多にあんな風に話しませんよ」
「ちぇー」
照れくさそうに戻ってきた木蓮は、月美が通話の邪魔にならないように大人しくしてくれていたと解釈したようだった。膝を抱えたまま横を向いた月美は、自分の口からするりと普通の声と言葉が出てきたことに内心でホッとしていた。
隣にぽすんと腰を下ろした彼の服を月美がぐいっと引っ張ると、木蓮は仕方なさそうに目を細めて月美のほうに体ひとつぶん近づいて座り直してくれた。元気がないなんて思われたくはないがまったく無視されたくもない、わがままで複雑な心境だった月美は、それにとても胸が熱くなって隣に体を寄せる。甘くて硬さのある指先が肩に触れて、冷たいものがほどけていくのを感じていると、ふと木蓮が月美を見て言った。
「なんだか嬉しそうですね」
「嬉しそうにしてた?」
「違いましたか?」
「ん~
……
合ってる」
あなたの家が優しくて嬉しい。
あなたの家族が注いだ優しい愛を、自分に注いでくれて嬉しい。何もかもすっきり解決することは難しいにしても、痛みや切なさやどうしようもない感情よりも、それが上回って抱けることが月美には嬉しかった。誰かを好きだという明るい気持ちが暗くて邪悪なものを追い払ってくれるということだから。
木蓮はきっと、月美や月美の母親のことを知れば心配してくれるし、心から同情して何か力になりたいと言うかもしれない。それだって嬉しいことには違いない。けれど彼の瞳のなかにある、この美しい恋や愛だけで満たされたあたたかい輝きみたいなものを、つまらない家庭問題なんかで陰らせたくはなかった。本当にただどうしても触れたくて、いてもたってもいられなくなる浮かれた熱量で、純粋でいたかった。
「ね、もっとおうちの話して」
月美は甘ったるい声でそう訊ねた。ついでに後ろ手で携帯をクッションの下に隠して、爪でぱちっとサイドボタンをサイレントに切り替えて、木蓮のほかに何も見たり聞いたりできないようにした。
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