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yoqips
2019-08-07 02:52:50
2309文字
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4-1.同世界の友人
一人目、宵
7月の終わりごろ。
また昼食を宵と食べに行った。
あれから、というとヒルコのなかにだけ存在する例のサイダー事件からである。相変わらず宵はヒルコが昼食に迷っている頃にやってきて、小奇麗な洋服だったのでイタリアンのパン食べ放題の店を選んだ。だいぶ年下に見えているから奢っているのだが、よく考えたら歳を知らない。これで年齢がそれほど変わらなかったら詐欺だ。
小型のさまざまな種類のパンを食べたら「ELDARIO」が話題に上がり、味が恋しくなってそのまま二人して買いに赴く。パスタとパンで満たしたのにまだ小麦が足りないなんて、中毒性があるとしか思えない代物だ。
「やあ、今日は二人連れなんだね」
「パンをいただきに参りました」
「外の食べたら恋しくなって
……
」
「それは嬉しいな。友達とランチしてパンがお土産なんてステキだね」
エルダリオがいつもどおり、あまり真昼に馴染まないビビッドピンクの髪を揺らして爽やかに笑う。
友達。友達か。
どうも以前から引っかかる言葉だ。理由ははっきりと分からないから過去のことだろう。記憶が消えているという感覚はないのに違和感だけは強くあるため、最近は予想だけが募るようになってしまった。自分はこういう人間だから、きっとこうであろうと。
どういうわけか、ここでは人格は過去の記憶に依存しないらしい。隣でなんの人生も感じさせない、笑顔しか持たない同世界の人間が目を細める。
「友達ですか。ええ、ええ」
「え」
一番意外な反応だった。
てっきりサラリと流されるだけだと思っていただけに、宵が頷いて素で驚いた声が出てしまう。くわえていた煙草を取り落としそうになって慌てて口を閉じると、笑顔をかこむ白い髪がふわふわとない風に揺れる。
「おや、違いましたか」
「いや友達だと思われてるのにビックリした」
「なんと、フフフ」
正直に答えすぎた。相手が宵でなかったら傷つけていたかもしれない。それ以上答える言葉がうまく浮かばず、ヒルコは煙草を持ち直すために上げた手で顔を隠した。確かに仕事ではないときに顔をあわせるし、今日のように食事を行くこともある。友人と呼べる関係なのかもしれない。
それが嬉しいだなんて。
家族も学友もいないこの街で、大人になった今新しく友達を作ることはかなり難しい。特にヒルコのような、仕事以外ではあまり社交的でない人間にとっては。だから自分が親しいと思っている相手が同じくそうであるのは、ただのリップサービスであっても単純に嬉しかった。
エルダリオが少し微笑ましげにこちらを見ている。居心地の悪さを感じながら、途中だったパンの注文を強引に進めることにした。
「
……
ヒルコはそれとそれ」
「やや!それも良いですね。ではボクもそちらの丸いパンをおひとつ追加で」
「仲良し割にしてあげようか」
「仲良しだから半額にして」
「しまった、やり返された」
「フフフ」
ベーカリーを後にしてすぐ。
昼食後とは思えない量の紙袋をそれぞれ抱えながら、店を出てあっさりと別の道を行く。宵とはいつも会うときも別れるときも突然だ。じゃあまた、と交わした会話だけがいつもと違うくらいで。
包みの温かさを感じながらぼんやりと歩く。円玖は相変わらず時の流れがゆっくりで、仕事がはじまる夕方は遠い先のように感じてしまう。ヒルコはとりとめもなく頭のなかに考えが浮かんでいくのをもやのように見ていた。
(友達か。グレーゾーンが何人かいるな
……
円玖だとお藤と憧夏天センセとあと宵とすると、少ないな)
繁華街と呼べる場所でバーを開いているだけあって、恐らく住人のなかでも顔見知りは多いほうだとは思う。だがそれはあくまでバーテンドレスと客の領域を出ることはなく、また逆も然りであると思っていた。映画館でもパン屋でもそうだ。友人と呼ぶにはまた違う距離感なのだと。
また面倒なことを考えている。
果たしていつからこうして線引きを気にするようになったのだろう。学生時代はそうでもなかった気がするが、やはり記憶は判然としない。友人だと思っていて相手は違ったらと思うと足踏みしてしまうという、言ってしまえばただそれだけなのだが。まったく二十五にもなってこんな思春期みたいな内容で頭を悩ませたくない。
「中学生かよ
……
」
ヒルコは短くなった煙草を苛ついて道に捨てそうになり、獄卒の姿を見かけてすんでのところでポケットから携帯灰皿を取り出した。巻いた煙草はもう完売だ。家か店に行かないとパラダイスティーの香りには再会できない。吸い殻と灰皿を再びポケットに突っ込み、寂しい口でため息をついた。
───いいや、逆か。
思春期に懊悩を済ませなかったツケが、今回ってきている。きっとそうなのだろう。逃げだせば過去からはいつか必ず復讐される。それも最も苦しい状況で顔を出すのだ。トランプタワーやジェンガの土台部分のわずかなズレが、完成目前に崩壊へつながるように。
(でも、ここは違う)
ここは例外だ。穏やかで平等で優しい街。街中に咲く赤い花。常に晴天で、雨も降らず、風も吹かない街。望ましい永遠が長く続く場所。過去においてきた傷も忘れて、再び歩み寄ることもできる。
だから"今のうちに"済ませておかないと。"何が起こるか分からない"から。そこまで考えてふと不思議になる。ここにはエンマがいるのに何を心配することがあるのだろう。早く煙草の煙を肺いっぱいに満たして、グラスから酒を飲んで、いつものヒルコに戻らなければ。
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