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yoqips
2019-07-09 21:30:19
2797文字
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2.不一致
大黒ヒルコと卯ノ花暦/かみわない二人
子供が嫌いだ。
いかにしてそうなったか、この街にいる以上、過去に由来することではない。だが彼らは不条理なモンスターだ。汚くて騒がしく走りまわる意思疎通のとれない生き物。いろいろ理由はあるが、感覚としては食べ物の好き嫌いに近い。グリーンピースが苦手だからオムライスに入っていたら嫌だというのと同じように、居るとひたすら不愉快なだけだ。
だから当然のように子供───特に話の通じない赤子や幼児のいる場所には近づかないことにしていた。ヒルコだってイラついていきなり蹴飛ばすのがまずいことは知っている。円玖では獄卒衆が出てくる案件だ。子供は常に社会に守られているし、子供を守らない社会は廃れる。それは分かっている。自分が子供や動物を可愛がる素養がないことも。関わらないに越したことはない。
だからあの青年が珍しそうにタトゥーを見ていて口を開こうとしたとき、足を止めてしまったことをヒルコは永久に後悔している。
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円玖には晴れが多い。雨が降っているのを見たことがないので、水源は別にあるのだろう。ヒルコには街に来る前の記憶はほとんどないが、一般常識まで抜け落ちているわけではない。工場生産されたウール製の制服を着た学生の横に、絹の着物をきた結い上げ髪の女性が歩いていることにはいまだにちぐはぐな印象を受ける。様式も年代も違う建物にしてもそうだ。これほど好き勝手に雑然とした街並みでも、上下水道の設備も完璧に整ってなお無料で暮らせるというのは、社会レベルとしてゆうに現代日本を超えている。
これほど完成された街ならば、あるいは誰が統治しても問題なく暮らせるのかもしれない。すべての人間から明日への不安をなくす統治をエンマは行っている。夕方にさしかかった薄暮れのなか女一人で歩いているのに警戒を怠ってしまうほどに。ヒルコは煙草をふかして気を抜いたまま仕事にいく途中、道でかけられた言葉にほとんど反射的に返答をしてしまった。
「その腕のお花なんの絵?」
「薔薇。見りゃわかんだろ」
「バラって赤いお花! ずっと咲いててきれいやなぁ。花っていえばね、黒い花もらった!おまつりやから。ちっちゃい子がおまつりで。おまつり楽しみやね」
ああしまった、まただとヒルコは眉を寄せて煙草を噛んだ。青年は子供っぽい顔をさらに幼くふやけさせてくるくると不安定に話題をかえる。これだけでまともでないことはよく分かる。見た目が大きいからといって「中身」まで大人とは限らない───いい教訓だ。
丸い頭のシルエット。血のような残照を背負い、大きなたれ目のまぶたで青紫色の瞳が輝く。浅黒い肌に黒髪。着物をきた青年はヒルコとほとんど同じ身長で、腕に手のひらくらいのクマのぬいぐるみを抱えている。
彼は暦と名乗った。
聞いてもいないのに。
一度目の接触のさい、うっかりと自分を名前で呼んでしまったせいでヒルコヒルコと馴れ馴れしく呼ばれている。明らかに迷惑そうに顔をしかめていても話しかけてきて、機嫌が悪いのかと飴を寄越してくるので、彼女は毎回煙草を噛み潰していっそ暴力に訴えるのを耐えている。
「出店でみたんよ、りんご飴、あれも赤くてきれい」
「
…………
」
この街にもいわゆる狂人のような類の───端的に言うとバグった人間はいる。毎日「お幸せに」と祝詞を繰り返すシスターだとか、セックスで人を救う救わないとかいう少女だとか
……
だがまた種類の違う人間だ。彼らは少なくとも会話は成立する。
えんえんと一人連想ゲームを発展させるのは「会話」ではない。目の前で起こる現実から数秒逃避しているあいだも続く支離滅裂な言葉に、ヒルコのイラつきはすぐピークに達した。我慢しようと思うよりも先に口から鋭い声が飛び出す。
「うるせえよ、おまえがまともに喋れないことしか伝わらん」
「
……
今日は、今日は赤いとりを見たんよ」
ヒルコは、他のことに関してそれほど気が短いほうではない。自分の口から出た強い暴言にまずかったかと、ふと冷静になる部分もある。無視してさっさと立ち去ればよかったのにと。
だが黒髪の青年はいまだ笑顔のまま、すこし顔を曇らせつつもなお会話ごっこを続けている。傷付いたのだろうか。"脳足りん"のくせに一丁前に傷付いてみせて、大声でわめくのだけはうまい。そうして周囲の同情をさそって瞬く間に被害者になる。顔を見ているとすぐに苛立ちがぶり返した。彼はヒルコの嫌う子供そのものである上に、身体は大人だ。大人げない、気の毒だとかいう感情をストップするものがなかった。
話が通じないのなら言葉など同じでなくてもいいのに。中途半端に知性をたずさえた「人間未満」の子供をかわいいという者もいるが、ヒルコに言わせればしょせん自分を害せないものへの優越感からくる錯覚だ。
暦の白痴のなかにわずかに見える青年期の人間性みたいなものが、ヒルコはどうしても不気味で好きになれなかった。
「じゃあ、」
「
……
」
「じゃあヒルコがおれに話してよ、ちゃんと聞くから! ねえ、ねえ、ねえ!」
「うるっせぇ~、なんなのこいつ
……
」
思い出したように子供が暴れ出す。
うるさくてたまらない。すぐに黙らないところも嫌いだ。他の誰もいないことが、かえって彼女の口を滑らせている。壊れたおもちゃのように出続ける音を止めようとして、ヒルコは火のついた煙草を唇から離した。さすがに穂先を手の甲に押し付けるためではない。くるりと先端を反転させて男の無防備な口に突っ込む。
不思議そうなガラスの目がいっそう丸くなり、煙を肺に吸い込んで一気にむせ返った。
「げほっごほッ うぐぇ」
暦は煙と一緒にすこし胃の中身も出している気がした。汚い。大げさに苦しそうな様子にヒルコはちょっと気分が良くなる。だが律義さなのかなんなのか咥えた煙草からは口を離さず、モグモグと食べるように動かしていた。煙草が食べ物ではなく吸うものだと彼が気付くには、あと五百年くらいかかりそうだ。
「こんなんすきで食べてるん? へんなの
……
」
誰の所為だと思った。
ヒルコが煙草を吸っているのもアルコール中毒なのも誰のせいでもないのだが、今この瞬間だけはこいつのせいだ。空はだんだんと朱色から紫色へと染まっている。こんなところで子供相手に油を売っていないで、さっさと新しい煙草を片手に酒に溺れたい。あのバーには滅多にヒルコの嫌いな子供という生き物はやってこない。それだけで楽園のようだ。
「これがないとやってられん」
そう言った。責めるように。
男は相変わらず不思議そうな顔をして、まずい紙をくわえたまま、ぬいぐるみを抱えた袖口からまだ飴玉を取り出して笑った。食うわけないだろ、馬鹿だな。
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