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yoqips
2019-03-21 18:08:52
3877文字
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10/11-----白衣とライダース
白のドレス・タキシード。シャツとタイまで真っ白にしてチェーン系のアクセサリーを着けるなんてのは定番すぎるか。金ポタンのついた刺繍つきの短いナポレオンコートで軍服風。水色のシャツで爽やかにするのも悪くないが、それはハークのほうが似合いそうだ。緑髪にしてJOKER風にするとか。いっそチャイナ系。いやいや。
アイデアは無限に湧いても採用されるのは一着だけだ。シドはソファやドアにひっかけられた服を見まわして顎に手を当てる。
「フラワーマリッジ」というイベントが開催されると掲示板で見た瞬間から、シドは自分と周囲の人間の衣装を勝手に考えていた。教会で花嫁と花婿が集まってパーティなんて最高にハッピーな企画じゃないか。着飾るのも着飾らせるのも好きなシドにとってこれほど楽しいイベントもない。ちなみにさっきまではハークも隣のシシィも付き合ってくれていたのだが、シドの尋常ならざる気合に面倒になったのかさっさと解散されてしまった。
───ピンポーン
鳴ったチャイムにぱっと顔を上げ、シドはタキシード姿のまま玄関のドアを開ける。一泊分の荷物を持ったカトウが、真っ白な衣装の家主にポカンと口を開けていた。
「こんばんは
……
え?」
「おう!上がれよ」
「お、お邪魔します」
カトウは緊張した様子でシドの服をちらちらと見ながら足を踏み入れる。唐突な来客があるということで「もっと早く言えよ」と軽く片付けてくれたリビングだったが、その上にまんべんなく洋服や靴が散らばっているのであまり意味がなかった。
ドアベルの音に部屋から顔を出したハーテイクがそれらをぐるりと見てため息をつく。そしてシドとも雰囲気の違う東洋人的な黒髪を見上げ、愛想もなくそのまま佇んでいた。
「ハーク、さっき言ってたカトウだ!」
「どうも」
「どうも、お邪魔します」
子供にも丁寧に挨拶をするカトウに、ハークはやることはやったとばかりに部屋に引っ込んでしまう。人懐っこいわけではないくせに律儀に顔は見せる同居人も、子供の素っ気ない態度にそわそわしている客人も少し可笑しかった。
シドはケラケラ笑いながら飲み物でも出そうとしたが、男二人の家だ。酒以外では牛乳か炭酸水しか見当たらなかった。辛うじて見つけた紅茶のティーバックをマグカップに入れて適当に湯を突っ込んで出すと、恐らく美味しくもないそれをカトウは文句も言わずにチビチビと飲み始めた。
「待ってな、ちょっと衣装選び中なんだよ」
「ああ
……
フラワーマリッジですか」
「そうそ! ハークはクラシックな感じのシャツでさ、サスペンダーがいいだろやっぱり。シシィって隣の子供にも超似合うワンピース見つけたわけ。あとはオレだけなんだけどなー」
客人も大事だが明日の衣装も一大事だ。ライブ前には念入りにスタイリストと打ち合わせをするシドだが、今回は一人ですべてを決めなくてはならない。同行者は付き合ってくれないし、いざとなったらカトウに意見を求めてもいいかもしれないが。
明日を祝福して乾杯、というタイプには見えない。そう思っていた矢先に、カトウがマグカップに吹き込むように生気のない声でつぶやいた。
「
……
ふざけてる」
鏡越しにカトウを見ると、ハッと口元を押さえている。言葉にする気がなかったらしいそれを聞き流しても良かったが、ほんの少しの好奇心がシドを動かした。それはパンクロッカーという職業を選んだ自分とは、明らかに異なった指針や目標を持って生きているであろう彼に対する、本当に純粋な興味だった。
「なんで?」
「いや、す、すみません
……
」
「なんでそう思う?」
シドは重ねて疑問を並べる。楽しい会話にはならないだろうという予感はあったが、明日の準備の片手間には難しそうな会話をひとつ続けてみることにした。
カトウは容姿や態度から見るに、それほど攻撃的な人間ではないと思う。真っ向勝負よりはうまくやり過ごすほうを選ぶような、そういうタイプにみえた。彼は落ち着きなくマグカップを机に置いたり、手をぎゅっと握ったりしながら、じわりと決壊する川のように表情を苦く歪ませる。
「
……
祝い事なんて、意味、ありますか」
「意味だぁ?」
「空しいだけじゃないですか。もうみんな死ぬっていうのに、なんで祝う余裕なんてあるんですか。おれには、あなたたちが不思議でならない」
つまり、彼は絶望している。
この状況において、迫りくる無慈悲な自然現状を前にして、希望的観測をすっかり失っている。断続的なライフラインの不調が心身を削りとり、目の下の隈がさらに濃くなるほどに追い詰められている。
能天気に祝い事をするなんて馬鹿らしいと言われて、シドはすぐに怒りだしてもよかった。しかし目の前で爆発しつつある彼の感情の濁流を"もう少し見てみたい"という誘惑もあった。なぜならそれは本当に彼の中にはない類の絶望感だ。シドはこの時はっきりと、この一見気弱そうな男から、その激しい本音を引きずり出したくなった。
「この街のほとんどの人間が十月三十一日で死ぬつもりでいる。死にたいと思ってても生きたいと思ってても、死ぬだろう、と思ってる。そっちの方がオレには不思議だ」
「
……
明らかに凍っていく地球を見て、未だにまだ助かるとでも言うんですか」
「あのよく分からねえミルドレッドには、聞かせる力があるよな。あいつの言うことは誰も知らない秘密の真実に聞こえる。でもなにか隠してることを、隠してないだろ? だからオレはまだ、あいつの言葉を全部は信じてない」
シャツの襟を正して振り返る。ほとんど挑発だった。パフォーマンスで染み付いた過剰演出ともいえる。慣れていないのか、動揺したカトウは息を飲んで、怒りのためか青くなったり赤くなったりしながらこちらを見ている。
シドはミルドレッドという研究者を面白い奴だと思って好いている。この街に連れてきてくれたことに恩を感じてもいる。大事なスポンサーでもある。しかし彼の言葉を心底信じていない。彼はあからさまに説明を欠きながら、"なにか"を待っているように思える。
その"なにか"は終焉かもしれない。
または希望かもしれない。
どのみち彼を住人全員で殴って聞き出すのは無意味だし、恐らく不可能なのだ。残されているのは20日。たった480時間だ。無意味なことをするのは嫌いではないが、それでも、今のシドにその時間はない。生きるにしても死ぬにしてもだ。
それが分からないのかと、シドは目の前の男にさらに言葉を重ねる。
「なあ、よく考えろよ、10月31日はまだ来てない。最後どうなるかなんて来てみなきゃ分からない。まだ訪れてない不幸のせいで自分を哀れんで過ごすなんて、もったいないと思わねえか?」
「も、もう不幸はいくらだって、全員に訪れてるじゃないか! そんな考え、狂ってるとしか思えない!」
カトウはついに爆発した。
ぐらぐらとうまく焦点の合わない目で、しかし確実にシドを睨み付けていた。凄まじい執念のこもった視線や硬くなった体全体で、目の前の男を何もかも拒否した。そこに含まれている過去や感情をシドは知らない。怒号を叩きつけられスッと息を深く吸い込む。いいぜ、やろうじゃねーか。この根暗野郎。そうして彼の胸倉を掴んで、思いっきり叫んで大喧嘩をはじめようとして───やめた。
「
……
あー、もう夜だな」
「は、」
「夜にこの手の話するとこじれるんだよ。悪かったな、ヘンなこと言って」
シドは視線を外にやって、派手に逆立てた髪をだらりと撫でる。一体何をしているんだか。大声で喧嘩なんてしたら大人しく部屋に引っ込んだハークは驚くだろうし、何なら隣にまで聞こえてしまうだろう。カトウも我に返ったのか、いっそこちらが申し訳なくなるほど青ざめて冷や汗をかいていた。
「す、すみませんっ! 酷いことを言いましたッ、あ、あ、頭を冷やして来ますッ! 本当に申し訳ありません!」
「え、お、ああ! ここお前のベッドだから、自由に使えよ〜!」
「ありがとうございますっ!!」
彼はまるで酷いミスをした部下のように勢いよく謝罪をし、転がるように窓を開けてベランダに出た。日中は明るく部屋を照らす大きな窓。夜風にオリーブの木がゆったりと揺れていて、カトウは隠れるようにロッキングチェアーに座り込んで丸まる。
シドはため息をついた。
着ているタキシードに決めて他の服を適当に拾っていると、いかに自分が鬱憤晴らしをしたがっていたかよくわかる。バンドが本格的になってステージの上の凶悪な気分を思い出したのか。いや、久々に会ったほとんど互いの事情を知らない同世代の男というのが、若いシドの血の気を波立たせたのかもしれない。己の刹那的な生き方がだいたいの人間にとって理解しがたいということくらい、今更確かめるほどのことでもないというのに。
ソファから物をどかして適当に毛布を重ねただけの簡易ベッドを雑にしつらえ、シドは中途半端にくすぶってしまった熱を酒で誤魔化すことに決めた。これが可愛い女の子なら別だが、ベッドを譲ってやる気もこれ以上謝る気もない。きっとあいつも自分でなんとかするだろう。そう、ただ安心を求めて自分を選んだ、奴の見る目がなかったのだ。
ベッドに寝転んでジンを飲めばチャラだ。明日を祝福して乾杯!
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