yoqips
2019-01-25 04:02:10
3294文字
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10/10------BLUE REVOLVER




 10月10日。
 ついにこのalone という街にきてからの日数が2ケタになってしまった。メンバー集めに悩みに悩んだシドは、アナウンスでたびたび流れる「困ったことがあれば気軽に声をかけてくれ」という言葉を頼り、研究所にミルドレッドを訪ねにきていた。
 既にスタジオも楽器も研究所依存という状態は健全でないとは思うのだが、スポンサーがほかにいないので仕方がない。シドは頭の中で資金の計算をしながら中央の建物に入っていくと、白い室内に黒いシルエットがひとりきり。ミルドレッドの相棒であるリカルダが、バインダー片手に何やら考えごとをするように立ち尽くしていた。

「よう、リカルダ。ミリィは留守か?」
「あ……はい。今1区のnovaの調整に向かっているので、ミリィは今いません」
「そうかい、じゃあ出直すかなあ」
……何か困りごとですか」

 おや、とシドは首を傾げた。
 黒髪の少女はミルドレッドに似たキラキラした目を緊張したように瞬かせている。リカルダはどちらかというとミルドレッドのそばに居る助手というイメージで、クローンの存在も相まってどこか無機質な印象があった。
 それが今は、なんというか―――あきらかな人間味みたいなものを感じる。表情の柔らかさなのか、こちらに寄せる気遣いなのか。彼女から自発的に住人へ話しかけるところを見たのも初めてだ。滅亡に向かうゆえに何もかもが濃厚なこの街に、リカルダを変えるなにかもあったのかもしれない。シドはニッと自分の言葉を待つ少女に笑いかけた。

「ン、そうだな。オレが地下でバンド活動したいってのはミリィから聞いてるか?」
「はい、ラジオの放送も受理しましたから。賑やかになるとミリィが喜んでいました」
「そのメンバーにドラムがどうしても欲しいんだけどよ、なかなか簡単には見つからねえし……音楽が好きだっつーならミリィが叩いてくれてもイイんだけどな。あいつ、何でもできそうだし見た目もなかなかイカしてる」

 あのぶっ飛んだ性格だってパンク向きだ、と冗談半分で告げると、リカルダは笑うことなくムムッと口元を結んで考え込む。何か悩ませてしまったようだ。また笑ってジョークを回収しようとしたシドに、彼女はぱっと顔を上げて提案した。

「ミリィには他にも膨大な仕事がありますから、あなたの音楽活動に貸し出しすることはできません」
「ま、だよな」
「ですが―――少し調整を加えた、わたしのクローンでよろしければお貸しできます、が……どうでしょうか」
「おお?」

 これは予想外の展開だ。
 曰く、リカルダクローンらはある程度オールマイティな役割を果たすためにいくつか機能が搭載されており、ミリィの個人的な趣味のために『音楽演奏』が可能な個体もいるとのことだった。そこにリカルダが調整を加えれば任意の楽譜をあてることも可能らしい。
 シドは唇に親指を当てて考える。
 今最も欲しいドラムには、個性的なアレンジよりは正確なリズム感覚が求められる。個性の強いメンバーたちの「まとめ役」というわけだ。譜面通り精緻にリズムを刻めるとするならば、多少の味気なさがあったとしても申し分ない。何より男3人にこの整った造形の少女が加わるのは見た目にも華やかである。髪色のリクエストができるならぜひ金髪がいい。そこまで考えを巡らせてから、シドはおもむろに顔を上げた。

……アリ!」
「あ、ありですか」
「是非とも一回試してみてえ。いやーもうエアドラムになっちまうかと思ってたから助かるぜ、さっそく打ち合わせさせてくれ!」

 自らの提案を受け入れられてドキドキしているのか、リカルダはぎゅっとバインダーを胸元で抱きしめる。シドが真剣な表情で演奏はどの程度可能なのか、貸出期間や料金はあるのか、意思疎通の仕方はと矢継ぎ早に質問すると、少女は年相応の表情を引っ込めて実に研究者らしく返答する。シドはそれにいたく満足し、そして彼女の案を全面的に取り入れる運びになったのだった。


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「というわけで、2区のリカクロだ!」

 午後17時、シドのスタジオ。
 「STUDIO BR」に緊急招集をかけられたベースとキーボードは、リーダーが連れてきた見覚えのある少女の姿に言葉を失った。コンクリートが打ちっぱなされた部屋に集められた男たちは、おおよそ服装も雰囲気も"ジャンル"の違う人種だったが、黒いワンピースの少女が加わればその混沌とした空気もひとしおである。
 一瞬の沈黙を容赦なく切り裂いたのは、やはりジョンだった。

「え、クローンがドラムなの?」
「何だよ、クローン差別はよくねぇぞ」
「別に反対してるわけじゃないよ。いいんじゃない、パンクで心躍るね」
「チハルもいいよな?」
「まあ、僕はサポートだから異論はないよ」

 白面の男が不測の事態をさらりと受け入れる横で、ダウンジャケットを羽織ったままの茶髪の男が控えめに微笑んだ。シドはリカルダクローンの肩に手を置いたままキョトンと目を丸くし、「まったまたあ」とお決まりのジョークを聞いたように笑ってスルーする。
 チハル・マツナガという日本人が「サポート」という名目でシドに引き入れられたのは全員が承知のところであったが、それがシドによるただの建前であることも、また周知の事実というやつだった。

「シドさん、僕はサポートだからね?」
「よーし! そんじゃ音合わせといくか!」

 ダークカラーの男3人に囲まれ、見事な金髪ツインテールのクローン少女は鉄のごとき微笑みをたたえ続けている。実際あの天才科学者たちが作っただけあり、彼女は一度あの水色の目に映した楽譜は練習の必要もなく完璧にこなした。タッチの癖まで拾うものだから、走り書きの楽譜を整えなおすのが悪筆のシドにとっては苦痛な作業であった。
 少し変えたいという部分があればその都度楽譜を修正するか、誰かが演奏してみせればそのとおりにアレンジしてみせる。音楽に携わる者にとっては羨ましいほどの記憶力―――というか演奏再生力だった。

「AIに弦を奪われる日も近いかもね」
「クローンってAIで動いてるのかい?」
「なんでもいいだろンなもん、ともかく今バンドができるのが大事なんだよ!」

 数百年も変わらない形を保ち続ける弦楽器のアナクロな演奏者たちは、クローンの演奏の腕に戦慄する。一方使えるものはなんでも使う主義のシドはまったく問題にしない。彼にとって重要なのは、この若干400名しか人のいない街で、再びバンドが組めたことだ。
 まさに奇跡的といっていい。
 シドはいそいそと透明なショットグラスを4つ並べ、冷凍庫から取り出されて煙を帯びた瓶を開封する。アブソルベントのウォッカがほんの一口ぶん注がれ、それぞれの手に収まった。

「アー、諸君。さっきも言ったとおりバンド名は『BLUE REVOLVER』のままで行くことにした。ギターボーカルはオレ、ベースはジョン・ドゥ、キーボード兼サポートのチハル・マツナガ、そしてドラムに2区のリカルダクローン。オレの呼びかけに応えてくれて感謝するぜ」

 金の瞳が3人にそれぞれ視線をやり、うんうんと満足げに頷いて回る。もう既に10月10日。しかしまだ10月10日だ。残りの時間をフルに活用すれば楽曲作成とライブ開催は不可能ではない。
 シドの頭の中は既にアイデアでいっぱいになり、文字や音にされる瞬間を今か今かと待っている。身体中にエンジンがかかって暴発しそうなくらいだ。シドには確信があった。それらすべてが叶ったとき、この最果ての街を真っ白な熱狂に叩き落せるだろう。

「では、新生BLUE REVOLVERに―――カンパイ!」

 グラスが空中に掲げられ、キンと冷えた誓いは40度のアルコールとなって喉を熱く流れていく。これはほんの前奏に過ぎない。残りの人生を懸けた超ド級のビッグイベント。そのスタートテープを、シドはようやくこの街で切ったのだった。