yoqips
2018-11-30 03:04:03
3522文字
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10/5----深夜のカプリチョーザ

成人男性大暴れ回



 10月5日。
 ジョン・ドゥをバンドメンバーに加入してから、シドは本格的に作曲をスタートした。まずは十数曲のストックから何本かを選定し、彼の意見を取り入れてブラッシュアップしていくことにしたのだが、このコントラバス奏者(後にエレキベースも弾けることが判明)は文字通り音楽に一切の妥協を許さない男だった。
 もちろんシドもプロとして活動していた身であるので完成レベルは一般的に見て高い方だったが、そもそも彼のジャンルがパンクロック―――ハードロックなどの技巧的音楽に対する反発から生まれたジャンルだからか、粗削りで攻撃的な曲が多いのも原因だった。シドは手を加えすぎることで音に含まれる情熱が失われてしまうことを嫌っていたのだ。
 対してジョンはシドの、"このあたりはこれで良いだろう"と切り捨てた部分をあの白面を崩さないまま容赦なく突いてくるので、ほぼ喧嘩に近い論争なることもしばしばあった。

「じゃあこの曲はこのまま行くぞ、いいなァこの野郎!」
「滅茶苦茶で素敵だな。それでこっちのコードは?」
「ああ、そっちはこの音で―――

 しかし二人とも、終わればけろりと言い争っていたことも忘れて次に移る性格であったので、険悪になるということは特別なかった。むしろ彼のシドとはまったく違う環境で培われた音楽的センスは、おおいに新しいものを作る刺激になる。シドが午前までに作った曲を調節し、午後にジョンと演奏してまた調節。そして次に彼が来るまでに歌詞をつけておくというハードスケジュールではあったが、不思議と疲労は感じなかった。
 とはいえそのまま夕食を共に出かけるような間柄でもなかったので、スタジオの持ち主が買い込んだ酒とつまみで飲みはじめ、それほど強くないシドだけがグラグラに酔っぱらって帰宅することも多い。

「オレが思うに原因はファストフードが無いせいだ」

 この街にはいわゆるジャンクフードがあまり存在しない。食にこだわりなど無いほうだが、街から提供される食事はなんというか栄養面でも整いすぎていて、身体に悪そうなチェーン店のファストフードが恋しくなってしまう。宅配なら外出しなくても食べられて、空きっ腹に酒を流し込むこともなくなるというのに。
 そんなことを玄関先で倒れながら同居人のハーテイクにこぼすと、彼は心底呆れながらソファまでシドを引きずっていってくれた。まったく同居人は優しい相手に限る。






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 3日にスタートしたラジオは好調に放送を続けていた。好調か不調かはシドの完全な主観である。局のスポンサーもいないので自分で辞めない限りは番組打ち切りなど存在しないが、食堂の掲示板に勝手に設置したリクエストBOXにはそこそこの枚数が入っていた。
 ということは少なくともリスナーは居るのだろう。ラジオもテレビも電源を入れてチャンネルを回せば会える、聴くも止めるも自由な話し相手だ。眠れない夜の寝物語にはちょうどいい。シドは流れている歌の終わりに合わせ、レバーを操作して音声マイクのボリュームを入れる。

「2曲目はリクエストから、2015年リリース、Little Mix(リトル・ミックス)の「Hair」だ! Xファクター(イギリスの音楽オーディション番組)で優勝してデビューしたガールズグループ。このHairのPVがなァ、ミュージカルっぽくて良いんだよな。ヘアアイロンとかブラシをマイクにして歌うとことかが映画のマンマ・ミーアみたいで」

 シドはいつもどおり滑らかに、記憶の限りで曲について語る。さすがに地上のサーバーそのものや管理者がいなくなった現在、当たり前にできていたインターネット閲覧が難しくなっている。そのため曲についての検索ができないのは少々の痛手だった。
 視覚的に覚えているのはやはりミュージックビデオのことで、頭のなかに曲を思い出しては好き嫌いレベルの所感の話ばかりになる。

「男に浮気されて連絡したダチとピザ食うシーンがあってさ……あ、オレはけっこう一途なほうだから浮気はしないぜ! つまり夜中に観ないほうがいいビデオだな。あー、ピザ食いてェなあ。食堂で頼めば出てくるンだろうけど」

 家事がいっさいできないシドにとっては、スタジオや自宅で行う打ち上げやオフの日はいつも宅配か外食の2択だ。ハンバーガーにホットドック、フライドポテトにフライドチキン。やはり何よりもあの安っぽいダンボール箱に入った、やや冷えたピザが恋しい。
 そういえばまた昼過ぎに食事を摂ってしまったので、ラジオの終わり際はいつも少し空腹なのだった。シドは地上にいた頃よりもさらに肉の薄くなった腹を切なげに撫で、マイクに向かって切実に呼びかけた。

「いいピザショップがあったらご一報を。それかもしピザ屋がラジオ聴いてたら、カプリチョーザ一枚とポテトとコーラ届けてくれ!」

 なんてな、と締めくくって次の曲に移る。
 30分間見えないリスナーの元に音楽を届けるのは、シドの趣味と自己満足、そして地下での音楽活動のための足がかりという意味が強い。それでも誰かからリクエストやメールという形で反応を貰えるのは嬉しいことだ。
 膨大な曲のデータをシャッフルしてランダムで流していると、懐かしい曲から思わぬアイデアが浮かぶこともある。次の曲目を見てシドはぱっと顔を明るくした。

「それじゃあ、今日の最後の曲だ! Deep Purple(ディープ・パープル)のスモーク・イン・ザ・ウォーター……

 ゴンゴン、と強めのノックが聞こえる。
 スタジオに見知った顔以外の来客とは珍しい。そういえばナツが訪れて以来、ドアチャイムを付けようと思っていたのを忘れていた。指先でマイクの音を調節して腰を上げようとすると―――バァン!とドアを蹴破るけたたましい音が響き渡った。

「どうもピザ屋APOLLOですこんばんは! ご注文はカプリチョーザで良かったですかお客様ァ!」
「おおッ?! 何だ! ピザ屋だ!!」

 突如乱入したピンク頭のピザ屋店員が、座ったシドを高い上背から決して良くはない目つきで見下ろしている。一瞬微笑んで見えるのは左側の口に入った縫い目のせいで、ほとんど凶器かなにかのようにピザを掲げていた。
 思わぬハプニングにシドのボルテージは上昇し、彼のエンターテイナーとしての本能が思わずマイクの音を通常に戻した。いや、そんなことよりもピザだ! あの平たいダンボール箱に入ったカロリーの使者! まさにジャンクフードの王者! シドは放送中にもかかわらず我慢できずに箱を開ける。とろけたチーズの姿にシドのテンションは最高潮になった。

「ウォーーッピザだーー!! リスナーの諸君、ここでスペシャルゲストのピザ屋が登場だッ!」
「真夜中にピザが食べたいときはフリーダイヤル#1313(シャープピザピザ)までお電話を!」
「タダ乗りCM!!」

 別にシドもミルドレッドにラジオ枠の料金を支払っているわけではないが反射的にそう叫んでいた。予期せぬアクシデントに深夜のピザ―――そしてディープ・パープルの往年の音楽でハイになってしまっているのは恐らく彼だけではない。
 ピザ屋がカンペでも用意していたのかと思うほどの渾身の移動ピザ屋宣伝を終えた頃、シドはピザを一切れ食べ終わり、スモーク・イン・ザ・ウォーターが終わってラジオが終了の時間になった。しまったこれはまずい。

「えー、というわけで今回のスペシャルゲストは#1313の街のピザ屋とカプリチョーサ、ポテトとコーラ。お相手はシド・バレットだ! 次回の放送は明日の同じ時間、23時30分から。それじゃあ諸君、いい夢を!」

 プツン、と音声を落とす。
 シドが振り返ると、なぜか信じられないほどの無表情で腕組みをしているピザ屋がそこに佇んでいた。なんだその顔は。どういう情緒だ。放送に乱入されたラジオDJは無言でそのまま控え室に入り、ほどなくして数本の酒瓶とグラスを持って戻ったかと思えば、ガンッと音を立てて勢いよく置いた。

「飲もうぜ、ピザ屋!」
「いいねェ、DJ! ただしこっちは下戸だ!」
「乾杯!!」

 ―――その後、シドが先ほど落としたと思っていたのはCD音声のボリュームであり、初対面の男二人のピザを食べながら飲み交わすさまが30分ほどalone全域に放送された。この日のミッドナイド・ビズは伝説の放送事故回として名を馳せ、シド・バレットは今日も自宅の玄関で力尽きることとなる。