yoqips
2018-11-22 04:19:23
4088文字
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10/03 火星に向かう宇宙船





 10月3日、朝食はエッグベネディクト。
 今朝は時間が合ったのでハーテイクと食堂に行った。食べ盛りなのかトレイに山盛り食事を乗せた少年に「よく食うな」と言ったら「あんたは食べなさすぎ」と言われてしまった。シドからすれば朝っぱらからフルコースのように食べられる人間のほうが信じがたい。
 焼いたイングリッシュマフィンにスモークサーモンとポーチドエッグを乗せ、オランデソースもたっぷりかかっている。付け合わせの焼きトマトはいらないと言いたいところだったが、子供の手前なのでしぶしぶ食べた。野菜を美味いと思ったことは生まれてから一度もない。

「えっと……このまま図書館行くけど」
「ン、じゃあここでお別れだな。オレは病院と研究所! まあなんかあったら呼んでくれ」
「なんで病院?」
「見舞いだよ」

 夕食の時間があえば、と軽く手を上げてハークと別れて病院に向かう。古今東西の建物が入り混じった街の様子はあいかわらず混沌としている。昨日とは違う道を歩いてはみたが、少なくとも研究所方向を目指していれば迷うことなく到着することができた。
 病院の見舞いといえば花だが、花屋は見当たらなかった。リカルダクローンに示された病室に入ると大部屋のベッドは4つ配置されており、シドは迷うことなく手前の閉まったカーテンを笑顔で開いた。

「あ、悪い。間違えたわ」

 中には見知らぬ人間が2人。
 華やかな美形で中性的な男がベッドに腰掛け、二つ結びにした元気そうな少女が驚いた顔でこちらを見ている。また子供だ、とシドは内心で辟易した。男はすらりと抜かれたナイフのような赤い瞳で睨んでいたが、謝罪が済むとシドはくるりと背を向けてもう一つのベッドのカーテンに手をかけた。
 カーテンを勢いよく開くと、今度こそ正解だ。白いシーツに散らばった長い黒髪に褐色の肌。昨日よりは顔色のよく見えるシシィが、点滴につながれてベッドに寝転んでいた。男はまだ出会って二度目の少女のベッドサイドの椅子に無遠慮に座り、親しげに話しかける。

「ようシシィ、気分どうだ?」
……昨日の」
「そう!なんで名前知ってるかって顔だな? 昨日病院で訊いたんだよ。で、オレはシド・バレットな。21世紀のシド・ヴィシャスとはオレのこと……シド・ヴィシャスって知ってンのか?」

 シドの敬愛するセックス・ピストルズ自体そんなに新しいアーティストではなく、彼だって世代ではない。若くして薬物の過剰摂取で他界したベースボーカリスト。演奏はお粗末だが、パンク・ムーブメントを作り出した伝説の男。"現代のシド・ヴィシャス"と呼ばれるのは、シドにとって誇りそのものだ。
 それを知らない相手にどう説明したものかな、と頭を悩ませているうちに、シシィがゆっくりと体を起こしてシドに向き直った。

「シド」
「ん、起きて大丈夫なのかお前」
「きちんと顔を見て言うべきだから。ごめんなさい、シシィが迷惑をかけて」
………

 子供相手に「迷惑をかけてごめんなさい」なんて言われるのは、いまいちばつが悪い。それよりも表情がまったく変わらないせいか、糸操り人形が決まった台詞を喋らされているという印象を覚えて、妙な違和感があった。
 よくみれば顔立ちはそれこそ人形のように整っているのだから、笑えばきっと可愛らしいだろうに。子供だから子供らしくしろなんておかしな話だが、頭で考えていることが検閲を通さずにぺらぺらと口から出ていく。

「そりゃちょっと違うだろ? そういうときはありがとうって言うんだよ。ニッコリ笑えばなおよしだ」
……じゃあ、ありがとう」
「イイね!」

 残念ながら笑顔は見ることができなかったが、謝られるよりはずっと気分がいい。歯を見せて笑うシドにシシィはどこか不思議そうな顔を見せてから、ふっと視線をさらに上にやった。
 ―――背後に気配。
 背中から誰かの手がずるりと伸びてきて、わざわざシドのシャツをつかんだ。その腕の細さからは想像もつかないほどの怪力で持ち上げられ、踏ん張ることもできずにパイプ椅子から腰が浮く。目を丸くしているシドに顔を近づけたのは、先ほどの美形の男だった。

「言うなよ、このこと」
「あッ! やめろコラ、高ェんだぞこのシャツ! 言うなって何をだよ?」
「自分の性別のこと、知ったろ。誰にもバラすなよ」
「ハ?」

 胸倉を掴んでまで告げられた内容にあっけにとられ、反射的に啖呵を切ろうとしたが、止める。男の赤い瞳にはちらちらと狂気がみえた。どうやら性別を知られるということが、彼の大きな地雷でも踏んでしまったらしい。つまり、刺激すると危険なタイプだ。
 この病室にいる子供二人の存在を思い出し、シドは努めて冷静な言葉を返す。別に今日出会っただけの人間のことを誰かに言いふらすつもりもなかった。

「そりゃ構わねえよ」
「そう」

 言ったが早いかすぐにシャツが解放され、男が今度はシシィに向き直る。同じような内容をいまだ無表情の彼女にも繰り返そうとして―――ばったりとシシィのベッドに倒れ込んだ。
 一体何が起こった?
 シドがぱっと顔を上げると、いつのまにかベッドとベッドの間には、ミルドレッドがあの明るい笑顔でたたずんでいた。彼が赤い目の男になにかをした様子もない。あまりに急な展開に、シドたちも言葉を失うほかなかった。

「あんまり攻撃的だと寝ちゃうから気を付けてね」
「死んだの」
「死んでないよ、寝てるだけさ」
「はぁ、これがペナルティってやつか」

 シドはパイプ椅子に再び座ってため息をつく。他者に攻撃的な行為をするとペナルティが課せられるというのは、はじめにアナウンスがあったとおりだ。手も触れていないのに眠ってしまうというのが少し恐ろしいが、法律も国家もない地下世界では必要な処置なのかもしれない。
 寝ている間にマイクロチップでも埋め込まれているのだろうか、とシドは少しやつれた自分の手首を眺める。脳の中かもしれない、とまでいくと怖い想像だが。

「ま、ちょうどいいか。ミリィ、あとでアンタんとこに行こうと思ってたンだ。ちょっと面貸してくれ。じゃあなシシィ、しっかり体治せよ!」
「うん」
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「あ、あたしは大丈夫です!」

 静かな返事と元気いっぱいな返事。対照的な子供二人とリカルダクローンにベッドに再び収納される男を横目に、シドとミリィは病室に出る。
 廊下は広く長い。
 照らしているのは明るい蛍光灯の光だ。そこに真っすぐと立ったミルドレッドは、まるでおのずから輝いているかのように白く眩しかった。

「相談はそうだな……とりあえずここラジオあるよな。音楽番組にするから一枠くれねェか?」
「やあ、ステキだね。もちろん街が盛り上がるなら歓迎さ!」
「マジ? じゃあもっと盛り上げてやるからスタジオも至急貸してくれ! 2区の3番地に家決めたからそこから近いほうがいいな。それから楽器類と編集に使うPC。ソフトってあんのか? あとメンバー募集のチラシ刷るから印刷所紹介するかプリンター! ここまででいくらかかる?」
「いくらでもいいよ、用意はできるし」

 ラジオの枠、スタジオ、楽器類、PCに必要ソフト各種にプリンター。ミルドレッドは指折り怒涛の要求もけろりと了承し、恐らく適当に返事をしているわけではないということはシドにも分かった。だが部活のようにやりたいわけではない。シドは地下における職業として、地上と同じようにバンドミュージシャンを選択したいのだ。

「金が伴わねえ仕事なんか信用できねえよ。オレは、マジで、ここで音楽やるつもりなんだぜ」
「ボクはキミたちの可能性をひとつも妨害しないよ」
「それじゃあ頼んだ。足りねえ分はあとで支払うから融資してくれ。見てろ、ここの住人が10月31日にオレの歌が聞けなくなるって暴動になるくらいブチ上げてやる」
「それは楽しみだ。そうなるといいね」
「なるさ。知らねえのか? こんなどうしようもない状況じゃ、人ってのは自殺してなきゃ、ロック聴くしかなくなるんだ!」

 シドが指を銃の形にして相手に撃ち込むと、ミルドレッドはきらきらと瞳を輝かせて興味深そうに笑う。それからまるで未来を予知していた魔法使いのように、仰々しく白衣のポケットから一つの鍵を取り出した。

「キミにちょうどいい場所があるよ」





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 場所は2区の自宅から10分。病院から南になら15分。分厚い打ちっぱなしのコンクリートの二階建て。本当に一体どこまで予想していたのか、壁に「STUDIO BR」と彫られている四角い建物。BLUE REVOLVERのことも知っているのだろうか。黒いドアの外にはポスト。ラジオのリクエストやらを受け取るには持ってこいだ。

(マジでどーいう事態を想定して作ったんだよ)

 明らかに音楽スタジオ用に設計されているそれに、感心するやら呆れるやらで笑ってしまう。真下にコンサートホールがあるような研究所を作るような男にはいまさらな話かもしれないが、ともかく助かるのは確かだ。
 ゆっくりとスタジオの扉を開ける。
 真新しい空気と機材のにおいだ。地上で最も長く過ごした場所によく似ている。明るいオレンジ系のフローリング、アンプにドラム、ミキサーとスピーカー。ギラギラと光るランプ。指紋一つなく磨かれた鏡張りになった壁に、見慣れたパンクロッカーの姿が写っていた。

「よし、じゃあやるか」

 男は指揮者のように両腕を広げて宣言する。ここには楽譜のひとつもなく、音楽のひとつもなく、楽器を演奏する人間はことさらに足りていない。それでもこれは、シドの地下において大きな一歩となるだろう。歌えるのなら、曲を書けるのなら、たとえ太陽を失った世界だろうと、どこでだって生きていける。

 ―――シド・バレットここに復活だ!