yoqips
2018-10-25 23:01:06
3373文字
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10/??-----眠れ星のこども達

シシィちゃんがシドとハークくんの家にお泊りする話



 石畳の道を3人で歩く
 いつもというわけではないが、タイミングがあえばシドはハークやシシィを誘って夕食に行くことにしていた。一人で食事をするのは嫌いだったし、親交を深めるにはちょうどいい機会だ。ハークはいつもどおりシシィとシドの小食に難を示して、自分のチキンソテーを皿にのせてきた。彼とピザ屋のおかげで、シドは地下に来てから体重が増えつつある。
 あたりはすっかり暗くなっていた。2区の食堂から彼らの家は近く、数分歩けばすぐに到着する。いつもどおりドア前で別れようとしたとき、ハークがふとシシィの家を指差した。

「なんか濡れてないか?」
「ン?」

 言われてみれば、なにか水たまりのようなものが玄関にできている。
 シシィが鍵をポケットから取り出してドアを開けると、少量ではない水が玄関から流れ出てくる。ぎょっとしてシドとハークが飛び退くと、そのまま微動だにしなかったシシィのブーツが水にさらされた。唖然として3人が部屋をのぞき込むと、水浸しになった部屋や家具と、水のあふれ続けるシンクが彼らを出迎える。

「うわっ」
「ウワーーーッ!!!」
………

 三者三様の反応が巻き起こったあと、すぐにシシィの了解を得てシドが部屋に入り、ハークにジャケットを投げ渡して「このシャツ高ェんだぞ!」と叫びながら、なんとか詰まっているらしい排水溝の水を吐き出させた。シンクからの浸水は収まったが、部屋はとんでもないことになっている。
 幸い部屋は整頓されていて、床に落ちているものは非常に少ない。棚の上には規則性もなくラジオとトランプ、それに数冊の本が置かれている。ローティーンの女の子が買ったにしては素っ気ない代物だ。それ以外は本当に何も生活の気配のない部屋が水に浸っている光景は、さながら廃墟のようだった。

「なんもねぇな、この部屋」

 シドが思ったままを口にしていると、ハークが隣の自宅からタオルを数枚持って走ってきた。それから3人で手分けして次々と水を吸わせては絞り、床にものを机に持ち上げ、ベッドを起こして乾かすために立てておく。
 残念ながらシドは成人男性にしては力のあるほうではないし、残りは少年少女である。最低限のものを動かしてくたびれ、あとはミリィにでも頼もう、と諦めたころには、もう既に外は夜の気配が漂っていた。

「あー、もう夜だぜオイ。シシィ、災難だったな。今日うちで寝ろよ、な」
「うん」
「こんなんじゃベッドどころか床でも眠れねえ。ハークとオレのマットリビングに敷けば3人寝れんだろ。明日片付けるの手伝ってやっからな、いいだろ?」
「まあ、それがいいか」

 ハークがタオルを椅子にかけながら頷くと、シシィは少し不思議そうな顔をする。明日手伝いに来るという言葉の理由が分からないといった風に。それに気づいてはいたが、シドはそれを無視して彼女の頭を撫でた。
 無事だった着替えと歯ブラシだけを持ってシシィを隣の部屋に連れて行くと、男二人で住んでいる部屋はなかなかの散らかっており、ハークは少し恥ずかしそうに顔を逸らしているが、シシィは特段気にした様子もない。シドも気にしていない。食事も済んでいることだし、あとは寝る準備だけだ。

「そうだ、リビングにベッドソファ買っといてもいいかもな。また来客があるかもしれねえし」
「家で酒盛りして酔いつぶれるとかはやめろよな」
「あん? おまえのお友達呼んでパジャマパーティなんかしたら目の前で吐いてやるからな」
「しねーよ! 吐くな!」
「パジャマパーティしたことあるか、シシィ?」
「ない」
「だよな、オレもない」

 シドは楽しそうにケラケラと笑いながら、シャワー用のバスタオルを二人に投げる。本当は食後にジンでも一杯飲みたい気分だったが、シシィのいる前で飲酒するとハークにあれこれ言われそうだ。
 順番にシャワーを浴びている間に部屋を少し片づけて、それぞれの部屋からマットレスを運んで並べ、リビングの真ん中に大きなベッドを作る。ハークとシシィはまだ子供だし、シドは大柄なほうではない。寝返りくらいはうてる広さになっただろう。最後に風呂から上がった髪を下したシドを見て、シシィが一瞬誰だかわからず戸惑っているような様子を見せたので、シドもハークも笑ってしまった。
 先に長い髪を乾かしたシシィが促され、少し迷ったのちに即席ベッドの端にちょこんと体を丸める。その様子を見て二人は思わず顔を見合わせた。

「お前そんな端だと落ちるぞ」
「ごめん、毛布2枚しかないんだ。一緒でいいか?」
……うん」
「よしよしガキンチョども、仲良く寝ろよ」
「寝ないのか?」
「ちょっと出てくるから先寝てろ」

 ラジオ放送の時間だ。この街は鳥の声も風の音もない。眠るには静かすぎる。最近はだんだんリクエストも届くようになって楽しくなってきたところだ。髪をセットしていない状態で人には会いたくないのでさっさと歩いてスタジオに向かうと、ちょうど開始の時間5分前。シドは数枚のリクエスト用紙とCDを手にとり、その日のラジオも騒がしくスタートした。



------




 小一時間後、シドは酒をひっかけるか悩んだあと、なんとなくまっすぐ帰路についた。今日は酒にありつけない日らしい。自宅のドアをゆっくり開きリビングに向かうと、床のきしむ音が部屋に響き渡る。ぼんやりと小さなランプだけがひとつ光り、下で二人の子供が静かな寝息を立てて眠っていた。
 ジャケットを脱いで吊るし、ソファにどっかりと腰を下ろす。今日はやたら体力を使った。眠る二人をぼうっと眺めていると、そういえばこいつらは同い年くらいだな、となんでもないことが頭に浮かぶ。

(色がアシンメトリーだな……

 ブロンドの子供、ブルネットの子供。
 いつの間にかシシィが真ん中に来ているから、おそらくハークが移動させたのだろう。年のほどは変わらないが、彼はシシィに対して兄のように接することがよくある。シドから見れば二人揃ってとんでもなく世間知らずで危なっかしい子供なのだが。
 無意識に指が髪に触れる。
 以前は―――ハークに近いブロンドで、もう少し色が薄かった。金髪で生意気な子供はスクールではいい的になる。シドが今の色に染めるようになったのは、ニナが「父親に似せたい」と美容院に連れて行ったからだ。実際、このシシィのような髪色になると母親は自分によく構うようになった。今となっては単なる思い出だが。

 もしここが、見た目通り幸せな家だったら。
 
 優しい母親が髪の色など関係なく彼らの頭を撫でて、帰った父親が寝顔を見て微笑んで、おやすみのキスをして、一緒に眠りにつくのだろう。もっと小さな妹がいたり、大きな兄がいたりするかもしれない。それでも庇護者とはぐれてしまった少年と少女は、身を寄せ合うようにとても穏やかに眠っている。
 シドはそれを見て目を細め、マットレスを大きく揺らさないように彼らのそばに体を横たえる。子供の体温が移った暖かいベッドでは、寝息を一緒に毛布がゆったりとしたリズムで上下していた。

………、」

 カチカチという時計の音、自分以外の気配。帰りを待たなくてもだれかが家にいること。窓の外に植えられた木が彼らを見守り、月に似た柔らかい光が降ってくる。
 これは、知らない光景だ。
 シドの人生にはなかったもの。
 それが思いがけず目の前に現れたことに一瞬呆然とし、淋しさと、不思議な喜びが胸を突き上げてくる。シドは彼らの兄でも親でもなく、ただそこにいただけの人間だ。それは理解している。けれど何もかも失われてしまったなかで、こうして手が届く範囲に、今なおこうして誰かがそばにいることが、シドにはどうしても特別なことだった。

……ねみぃ」

 どっと睡魔が襲ってくる。寝つきは悪いほうだが、こんなに心地いい眠気は久々に感じた。シドは腕をたたんで枕にし、自分の毛布をできる限り二人に伸ばしてかけた。もこもこと膨らんだシルエットがひとかたまりのぬいぐるみのようで面白い。くつくつと喉の奥で声を殺して笑い、ゆっくりと体の力を抜く。
 今日は夢が見られるといい。
 なにか楽しい夢を。