yoqips
2018-10-03 23:03:11
2104文字
Public
 

10月1日/コンサートホールから病室まで

アストロノーツ・エスケープ
ハーテイクくんをお借りしてます。



 目覚めてすぐコンサートホールってのはイカしてる。

 座った覚えのない観客席に体を沈め、シド・バレットは真っ先にそう考えた。
 ミルドレッド―――ミリィと名乗った男とも女ともつかないそのシルエットが口上を述べたあと、広いホールに走った動揺はおおよそ言葉では言い表せない。舞台のライトに表面的に温められた顔や手とは裏腹に、背中ばかりがうっすらと寒かった。

 何もかもがひどく曖昧だ。彼の劇的な台詞が分かるような、そうでもないような。寝すぎてまだ頭がはっきりしていないのだと思う。浅く呼吸をする。聞き分けのいい聴衆から少し遅れる形で立ち上がり、シドは一度だけ周囲をぐるりと見渡した。

 ざっと500人弱くらいか。
 ライブ会場で見慣れているおかげで人数はだいたい把握できた。全人口で見ればほんの砂粒のような人数でも、全世界でミルドレッドが駆けずり回り、おそらく半月ほどで集めたにしては多いと言っていいだろう。
 見知った顔は、残念ながら見つけられなかったが。

(まあ、だよなあ)

 シドは、ミルドレッドのことを面白いやつだと思っている。恩人でもある。だが彼の言葉のすべてを信用しているわけでもない。隠し事が多いからだ。尋ねさえすればここにいる人間といない人間くらいは教えてくれるだろうが。
 深いため息が出る。
 そこでふと、シドは隣の席の人間がぐったりと俯いているのに気付いた。灰色と茶色の交じった、砂のような色の金髪。少年といっていいくらいの年齢だ。傍目から見ても青い顔色を見て、男はほとんど反射的に声をかけた。

「おい、平気か?」
…………う、」

 反応が鈍い。
 何度か肩を軽く指で叩いてみるが、少年は眉をしかめるだけだった。そうこうしているうちに、ミルドレッドとリカルダが連れたって街の案内をはじめると言う。客席の通路を歩いていく彼らに手をひらひらと振って呼び止めると、先にリカルダが顔を向けた。

「ようリカルダ、その2区の病院ってのもうやってんのか?」
……はい。院内は既に稼働可能です」
「じゃあ悪ィけど、コイツちょっと無理っぽいし途中で離脱するわ。あとで合流できそうだったらするから、病院の手配しといてくれ」


 リカルダは伸びすぎた黒い髪を揺らし、事情を理解したのかすぐに頷いた。ミリィはこちらを見て相変わらず子供みたいな笑みを浮かべている。ホールの注目をやや集めながらも、シドは気にせずに少年の肩を支え、ほとんどぶら下げるようにして病院まで運んだ。





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 病院に入るとリカルダそっくりのクローンがわらわらと動きはじめたので、体調に異常のなかったシドまで倒れてしまいそうになった。現実離れした光景だ。凍結する地上から逃れて地下に逃げ込むなんて状況では今更かもしれないが。
 言葉は理解できないらしいクローンたちに病室に押し込まれ、小一時間経った。もしかしたら連れの親族かなにかだと思われているのかもしれない。やることといえばベッドサイドの椅子に座るしかなく、無心で何か電子音のリズムを聞いていた。

「そういや、家決めろとか言ってたか」

 家よりもスタジオが欲しい。楽器とPCも必要だ。通貨代わりのコンペイトウとやらの相場を考えていたら、音に反応したのか少年がふっと瞼を震わせた。目の覚める青い瞳をのぞき込み、シドはさっきまで会話していたような軽い調子で彼に声をかける。

「よう、そっちはどうすんだ。このまましばらく入院か?」
……入院……どこも悪くないけど。……え、誰……?」

 少年は寝起きのぼうっとした顔でそばにいる男を見る。シドは肩をすくめ、簡潔で情緒のない説明を行った。

「お前が気絶して、オレが運んだ。ここはマジでビジュアルがヤバい病院。そんでオレはたまたま隣に座ってたシドのアニキな。お前の名前は?ン?」
「あ、……あっそ。どうでもいいだろ、そんなの」
「ずっとボーイとかベイビーとか呼ぶぞ、コラ」
………ハーテイク」
「ハーテイク、それで、行くアテでもあんのかよ」

 少年は息を詰めて、なにか叫びたいのを必死に我慢したように見えた。今のは意地悪な質問だったかもしれない。シドだって見当もついていない。誰も行く当てなんてあるわけがない。こんな場所では。こんな地の果てでは。
 ハーテイクは人目を憚らず大泣きするほど子供でもないが、押し殺しきれるほど大人でもないらしい。シドはしょうがなく少々強引にシーツを引っ張って、彼の顔を隠してやることにした。そうして少年の震える背中をバシッと叩く。ちょうど、歳の近い兄貴が弟にするような無遠慮さで。

「まだ本調子じゃねえなら、オレのとこに暫く来るか?」

 一人よりはいいんじゃねえの。
 病室に取り付けられている窓から、疑似太陽のまだ弱弱しい光が届いている。この世界にも夕暮れは設定されているのだろうか。少し寒さが和らいだ気がする。シーツの中から、"そうしてやってもいい"と言わんばかりの調子で、「うん」とくぐもった声がした。