yoqips
2016-03-29 01:24:32
1946文字
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鬼にピアス

狗巻柊が百鬼今日越のピアスを開ける話


 少女が両手で長い髪をかき上げて後ろに流すと、頼りないほっそりとした首筋が露わになる。いつもは髪に隠れて見えない耳まで肉が薄く華奢で、指で触れるとひんやりしていそうだ。コットンに染み込ませた消毒液で耳たぶを拭き取ると今日越が口の中で小さく「う、」とこぼした。

「あ、ごめんね。冷たかった?」
「平気」

 そう返事をしたものの今日越は少し緊張しているようだった。柊にとってはピアスなどもう慣れたものだったが、まだ一度も開けたことがない彼女にとっては「耳たぶに針を刺す」だなんて痛みを伴うことは恐ろしいかもしれない。小さいとはいえ怪我には違いないのだ。
 普段アクセサリーをほとんど着けない今日越に柊がピアスを勧めたのは、ただ素直に似合うと思ったからだ。飾り気のないところが彼女の魅力だと思っているが、長い髪からキラリとピアスが光る姿も見てみたかった。お揃いのものを着けられたりしたらもっと良い。今日越は少し迷ったあと「柊が開けてくれるなら」と頷いてくれたので、今こうして準備をしている、というわけだ。
 使うのはピアッサーではなく使い慣れたニードルにすることにした。瞬間の痛みは少し大きいが綺麗に穴が開く。炎症でも起こしたら大変だ。柊は手をくまなく消毒し、注射針のような細い銀色の針に丁寧にジェルを塗っていく。その横顔は真剣そのもので、今日越はそれを横目でじっと眺めていた。

「じゃ、行くよ。動かないでねー」
「ん……

 安心させるように柊は前髪越しに額にキスを落とす。途端に今日越の肩から力が抜け、彼女はふっと息を吐いて髪を上げなおした。どうやら覚悟が決まったようで目を閉じてじっと動かない。柊はまだまっさらな耳たぶに狙いを定め、息を止めて躊躇いなく針を刺した。
 ぷつ、と肌を貫く感触。
 一瞬走った痛みに少女の瞼が震える。薄い耳に銀色の針が貫通している。それを目の当たりにした瞬間、柊の中で得体の知れない快感が湧き上がった。それは決して愛する少女を傷つけることで生まれた破壊的な感情ではない。柊に走った衝撃は"己から与えられたもの"なら痛みですら受け入れる恋人の姿と、傷をつけたことによって生まれた"彼女は自分のものだ"という満たされた独占欲から湧き上がったものだ。
 しかし柊がそれに浸ったのはごく僅かな時間だった。彼はハッとして非常に手際よく針を抜くと、白い肌に真っ赤な血が珠のようにぷくりと浮き上がり、すぐに拭われファーストピアスが挿し込まれた。緑色の小さな石がついたものだ。柊は手鏡を見せてにっこりと嬉しそうに笑う。

「へへへ、勝手に選んじゃった。じゃーん、今日ちゃんのファーストピアスは僕のとお揃い!」
「ほんと? どれ?」
「ここ、緑色のやつー」

 柊の形のいい左耳の米神に近い内側、ダイスと呼ばれる場所にある小さなピアス。他のものは拡張だったりと初心者には難易度の高いものばかりだが、これなら小さくて女の子が着けていてもおかしくないだろうと用意したのだ。
 柊のものと鏡に映った自分のピアスを見て今日越は落ち着かない様子だったが、その表情の中には気恥ずかしさと喜びが見え隠れしている。柊はそれを見ていると何だか堪らなくなって、道具を脇に避けてぎゅうっと彼女を抱きしめる。今日越は驚きながらほとんど反射的に彼の背に手を回した。

「片っぽだけでいいの?」
「ううん、両方のほうがいいと思う……けど、ちょっと待ってね。先にぎゅーってさせて」
「いいけど……
……子供みたいだなーって自分でも思うんだけど、今日ちゃんに傷付けちゃったのが、なんか「僕のもの」って感じがして嬉しい」

 ふにゃふにゃと本当に幸せそうに吊り上った目じりを下げて微笑む柊に、今日越は体温が急に上がって頬が熱くなるのを感じた。血が巡ったせいで耳がじいんと痛む。彼に抱きしめられていてはそれすら少女にとって甘い痺れになる。あまり興味がなかったはずの輝く耳飾りも、これが「しるし」と思えば急に愛おしく見えた。
 少女はすっぽりと自身を抱きかかえる柊の顔を見上げ、強請るように熱の籠った目で見つめる。男は息を呑んだ。今日越がこの目をするときは、必ず何かとんでもないことを言うときだからだ。

「はやくもう一つ傷つけて」

 指先で耳もとの髪をはらって首を傾げる。しるしをもう一つ頂戴と、まだ男も知らない少女が誘う。ああもう、と柊は頭を振った。こうやっていつも恋人のおねだりを聞かずにはいられない狗の性質と、誘い水につられる男の本能がせめぎ合うことになのだ。柊は赤面しながら未練がましい腕をほどいて、しっかり二本目のニードルを構えたのだった。