和綺
2024-11-03 02:37:10
1863文字
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赤い心でできている

五歌ワンライ/ワンドロ
第五回:赫
赤心:うそいつわりのない心。真心。誠意。

燃えるような夕焼けだった。昏く濃い色彩で、光と影の境界がくっきりと引かれている。少し目を離しているうちに刻々と色を変えて、夜が訪れるのはあっという間だ。
黄昏時、誰そ彼時、そこに立っているひとの顔がよくわからない、そういう時間帯だ。
「歌姫」
けれど、それは五条悟には影響を及ぼさない。特別な瞳は、五条に特別な視界を与えて、世界はいつも一定だった。
ばさばさと強風にあおられる髪をそのままにしていた庵歌姫は、五条の呼びかけに振り返って、初めてその髪を押さえた。最初に呪力があって、ぱちりと焦点をずらすと輪郭がわかる。生まれてから息をするように行ってきたしぐさだ。顔自体は影に包まれていて、瞳に小さな光が灯っていた。背後にある室内の光がきっと反射しているんだろう。
「もういいの?」
調べのような声だった。うっかりしたら聞き流してしまいそうなほど、楽器のような、とても言葉とは思えないような、静かな問いだった。
「うん。いい」
そう、と頷くと、歌姫はまた視線を前に戻した。大きな太陽が燃え落ちようとしている。夜に沈んでいく。
「緊張してんの?」
「はぁ? なにが」
「明日の大一番」
ちっ、と今度は舌打ちが聞こえて、五条は笑った。淡々とした静かな物言いは、一秒も続かないのだ。
「キレてんの」
「キレてないっ!」
歌姫の呪力が燃える。例えるならきっと炎だ。赤く熱い炎がめらめらと燃えている。
「一緒にいようよ」
「あとで行くわよ」
「そうじゃなくて」
……ちゃんと皆でいなさいよ」
声音が困惑を帯びた。きっと眉もしかめられているんだろう。五条の位置からではその背中しか見えない。
「皆とはもう十分話したよ」
つ、と歌姫の手が浮いた。しゃらんと鈴が鳴る。細い手首が夕闇に浮かんで、軌跡を描いた。宙に呪力の線が生まれて、余韻を残して消えていく。歌姫の周りで、くるりくるりと呪力のリボンが躍る。手遊びのようなものだ。小さな子供が描くような呪力のお絵かき。
「私に話なんかないわよ」
「うん、それでも」
ちら、と歌姫の視線が五条に飛んで、はぁ、と呆れたような息がこぼれた。ゆらゆらと歌姫の呪力が彼女自身を包んでいる。これはきっと五条の主観によるものだが、昔からその色は赤を主としていた。
「ちゃんと伝えたの?」
「なにを?」
……感謝とかなんかそういうもの」
急に言い淀んで、曖昧な言葉になったので、五条はつい吹き出してしまった。
「なんで歌姫が照れるのさ」
「照れてない」
「ん~言ったり言わなかったり? 言わなくてもわかるでしょ」
「傲慢」
「そうかな?」
……マジで言ってる?」
「マジで言ってる」
手遊びに飽きたのか、動きを止めた歌姫が五条を振り返る。なぜか信じられない物を見るような顔つきだったが、五条はそのまま首肯した。
すると、歌姫の顔が、少し歪んだ、気がした。
「歌姫?」
首を傾げつつ、五条が尋ねようとしたのは、泣いてるか否かということだったが、それが発せられる前に、歌姫はくすりと笑みをこぼした。
「あんた、自分を特別に置くくせに、そういうところは一緒だとか思ってるのね」
「どういう意味?」
「そのままの意味」
「思わせぶり~」
「好きだよって言ったら、好きだよが返ってくると思ってるでしょ」
「まぁ、相手によるんじゃない」
「そこに私を入れないでよ」
「入ってるよ」
気づけば、太陽は沈んでいた。本当に目を離したわずかの隙に、赤く燃えていた太陽は地平線に飲み込まれて、辺りは影そのものになっていた。
顔は見えない。表情はわからない。けれどそこにいるのが、庵歌姫だということは、いつどんなときでも、五条にはわかる。
「あんたが私に抱いているものと、同じものを返す気がないの、私は」
「じょうーだーん」
ゆらゆらと歌姫の呪力が揺れる。ふ、と息を吹きかけたら消えてしまうだろうか。ちり、と焦げた気配があった。本物の炎でもあるまいに、と五条は自分の胸を見下ろす。赤い炎が燃えて燃えて燃えて、限りない高温になったら、それはいつか青く燃える日もあっただろうか。
太陽はとっくに沈んだというのに、五条の特別な目は、暗闇を暗く捉えない。
五条の目には、赤く燃えるような呪力を纏う庵歌姫が映っている。
「同じものなんて、返さないわよ」
赤く、透き通るような、きれいな瞳が、五条だけを映している。また、胸元がじりりと焦げる感触がある。

仰向けに倒れながら、好きだよ、と赤く燃えるように、そういえばいつか思ったのだった。