Momosei808
2024-11-03 02:07:50
5202文字
Public SD(リョ花)
 

デートに練習は必要か否か

リョー縁ワンライ①「デート」

「ったく、あの野郎、てめーから言い出しといて、何遅刻してんだよ」
昼12時を15分ほど過ぎようとしている頃、宮城リョータは独り言ちた。
此処は、神奈川のとある繁華街の一角だ。
広場の中の時計台の下ということで、恰好の待ち合わせ場所らしき其処では、さっきから何組もの「ごめん、待った?」「ううん、行こうか」のやり取りが発生している。
何組もの幸せそうなカップルを横目に、リョータは自分の左腕に巻いた腕時計を確認した。
待てど暮らせど、待ち人、来たらず。

(あんにゃろう、絶対今日詫び入れさせてやる……!!!)

リョータは苛立たしげに、セットした自分の髪を掻き混ぜた。


何故リョータがこの待ち合わせ場所のメッカのような場所で人を待っているのかというと、話は数日前に遡る。
数日前、部活も終わり、着替えをしながら部室で駄弁っていた時のことだった。
『あのよ、リョーちん』
突然、リョータは赤い髪の後輩──桜木花道に呼び止められた。
この花道という男、赤い髪、長身、全身筋肉のガタイの良さで、いかつい男子に見られがちだが、その実好きな子との登下校を夢見るシャイでロマンチストな少年である。
その彼が、声を潜めて、秘密の話をするように話しかけてきたので、リョータはおや、と思った。
『どーしたよ』
聞いてやると、花道はふぬ、と唸った後、口を開いた。

『リョーちん、今まで、デートしたことあるか?』

思いがけない問いかけに、リョータは眉を歪めた。
何だよ思わせぶりな、と思いつつ、答えてやる。
『誰かと付き合ってデートしたことは無えよ』
正直に答えてやった。どうせ同じ失恋・童貞仲間である。
見栄を張る必要も無いという判断だった。
すると花道は、リョータをじっと見つめた後、
『オレも無え』
と白状した。
だろうな、とリョータが言うと、花道は被せるように言ってきた。

『だからこそ! リョーちん!! オレたちにはデートの練習が必要なんじゃないのかね???』

思いも寄らない内容に、リョータの表情は宇宙空間に放り出された猫になった。
──今、こいつ何つった?
──デートの??
──練習???
困惑して脳内で何度も反芻している間にも、花道は持論を展開する。

『だからよ、リョーちんはアヤコさん、オレはハルコさん、いずれどっちもデートをする前に、少しでもデートというものに慣れた方が良いんじゃねーか? だって、リョーちん、スマートにスコートする方法なんて知らねーだろ』
『スコートじゃなくてエスコートな』
『悲しいことに、どっちもコイビト居たことねーから、女の子をどんな風にリードすれば良いか分からねーだろ』
『いや……、そうでも無い』
『何だとォッ!?』
『俺、妹居るから。あいつの買い物に付き合わされたこと、今まで何回あると思ってんだよ』
『でも、それは妹さんとだろ。好きな子と一緒にデートしたことねー癖して、ミエ張るなよ』
『まぁ、そりゃな……
『というワケでリョーちん、次の日曜、部活休みだろ? デートの練習、しようぜ!!』



……と、こういうワケで、日曜日の本日、デートの練習をするという事態になったのである。
今日のデートコースは、
①昼に何か雰囲気の良い店でランチ
②ぶらぶらとウィンドウショッピング
③映画館で映画を観る
④良い雰囲気のまま、浜辺散策
という、ちょっぴり背伸びした内容である。

遊園地に行くと、デートの練習というのを忘れて遊び倒してしまいそうだし、カラオケやボウリングは、この間二人でプライベートで行っているため目新しさが無い、との判断の末だ。
ランチに映画館となると出費が痛い、と思ったが、運よくリョータの母が最近の話題作の前売り券を職場で貰ってきて、それを横流ししてもらった。
なので、今日かかる金としては、実質ランチ代のみということになる。
ショッピングは、店を巡って冷やかしはしても、何かを実際に買うことは今のところ考えていなかった。
男子高校生の懐事情はシビアなので仕方ない。
とは言え、この遅刻の代償を、花道にどう支払わせてやるか……、と考えたところで、リョータの元に、大きな存在感と影がやって来た。

「悪い、リョーちん!! 遅くなった!! 乗り換え失敗して、反対方向に行っちまってた」
ハァハァと息を切らしてやって来たのは、待ち人である桜木花道だった。
駅から全力疾走したらしいその様子をみて、少しばかり溜飲を下げた。

そして、改めて花道の本日の出で立ちをまじまじと見つめた。
風がだいぶ冷たくなったこの十一月にあって、何と花道はいまだに白の半袖Tシャツのままだった。
Tシャツに合わせているのはデニムのジーンズで、花道の私服のレパートリーの少なさを思い知らされる。
幾ら今日は晴天で風も穏やかと言っても、これは……
「お前、その恰好で寒くねーのかよ」
「寒くねー! むしろ、暑いくらいだ」
「そりゃ走って来たからだろ」
リョータの呆れた様子に、花道が僅かに勢いを無くす。
「この恰好、だせーかよ?」
「ダサくはねーよ」
事実、花道は顔もカラダも派手なので、服はシンプルな方が映える、というのはリョータも思っていた。
花道本人も自覚しているか無自覚なのかは知らないが、少ない私服をシンプルな色合いにしているのも、何となくそれを知っているのかもしれない。
「でも、デート、って意味だと、ちょっとシンプル過ぎるかもな」
率直な感想を言ってやると、花道はそーかぁ、と呟いた。
普段、虚勢を張ったり強がりを言うことが多い花道だが、リョータに対してはこうして素直に応じることが多い。
その事実に密かな優越感を感じながら、リョータは花道の広い背中を叩いた。
「ま、一旦服装は良いだろ。天気良いし。それよりメシ食いに行こうぜ」
「そーだな、腹減っちまった」
そう言うと、二人は連れ立って歩き出した。
リョータが目星をつけた店に移動する道すがら、花道は隣を歩くリョータの恰好をまじまじと見つめていた。
……何だよ?」
視線に耐えかねて問いかけると、花道は目をキラキラとさせて言ってきた。
「いやーー、リョーちん、いつもよかオシャレしてんなー、と思ってよ」
「おー、サンキュ。これでもデートのつもりだから。練習だけど」
「レンシュー……、そうか、そうだよな」
「?」
花道にしては歯切れ悪くごにょごにょと何かを言うのが一瞬気になったが、
「リョーちん、そういえばメシ、どういう感じの店に行くんだ?」
と聞いてきたので、すぐにそのことは意識から逸れた。


*******


あれから、しらすがたくさん載ったピザが名物の店で昼食を摂って、ウインドウショッピングという体で、街を色々と散策した。
今は良いが、帰る頃には日が落ちて寒くなると思ったので、リョータは花道に、Tシャツの上に羽織れる長袖のシャツジャケットを買ってやった。
「良いのかよ!? リョーちんっ!」
「まあ、安いやつだし、今日はデートだろ。こんぐらい買ってやる」
「へへへ、あんがとな、リョーちん!」
「どういたしまして」
デニムのジーンズよりも淡い色合いのブルーグレーのシャツを羽織った花道は、ご満悦の様子だった。
嬉しがっている様子に、見ているこっちも嬉しくなってくる。
「お前、髪も伸びてきたよな~」
リョータが花道の赤い髪に手を伸ばすと、花道は一瞬ぴくり、と動揺したが、その後はリョータの手を甘受した。
「髪、整えたらどうだ?」
リョータが言うと、花道はふるふると首を横に振った。
「リーゼント出来る長さには足りねーよ」
花道がリーゼントにしていた頃、髪を下ろしているところを直接見られたことはほぼ無かったが、結構な長さが必要だというのは何となく分かった。
「リーゼントじゃなくてさ、整髪料で前髪をちょっと立てるとか、三井サンみてーに」
「ミッチーみてーに? ミッチーも髪型に気ぃ使ってるよな」
「な~、試合ごとに色々アレンジしてるだろ。いつもあんな風にしろとは言わねーけど、参考になるんじゃねーの」
何気ない会話をしながら、リョータは花道の赤い髪を延々と触っていた。
触ると真っ直ぐで、癖毛気味の自分とは全然違う、赤い髪。
それが、何とも言えず心地よくて。
ついつい長いこと触っていると、花道の方からやんわりと手を外された。

……もうそろそろ、映画が始まる時間じゃねー? リョーちん」

そう言った花道の笑顔の何処かに違和感を感じつつも、リョータは花道と共に、映画館へと移動を開始した。


*******

寄せては返す波の音が聞こえる。
映画も観終わった後、二人は電車に乗り、自分達の住む町まで戻って来た。
家に帰るにはまだ早い時間帯だと思っていたが、この頃は日没がとにかく早い。
とうに夕日は沈み切り、空の色は僅かに水平線の先にオレンジを残して、夜空に変わろうとしていた。

僅かに残った光と、頼りない街灯を頼りに、リョータと花道は暗くなった海岸を歩いていた。

「だいぶ寒くなったな~! もうちょい早く来れば良かったな」
リョータがそう言うと、花道はほくほくとした笑顔で言ってきた。
「オレは寒くねーぞ! リョーちんが買ってくれた服着てるからな!!」
だいぶ薄暗くなったが、満面の笑みなのはよく分かる。
こうまで素直に喜んでくれると、プレゼントのし甲斐があるというものだ。
「そーかよ、良かったな」
言いながら、リョータは足元の砂浜に、強く足跡をつけた。
何だか、離れがたい。
いつも一緒に遊びに行く仲なのに、そう感じてしまっている自分が居た。

ふと思いついて、リョータは傍らの花道に問いかけた。

「そーいや、今日のデートの練習、どうだったよ。今後の晴子ちゃんとのデートの参考になりそうか?」

言っていて、何故か自分の胸にちくりとするものを感じて、リョータは首を傾げた。
何だこれ。
少しの戸惑いを感じた次の瞬間に。

隣に居た花道は、砂浜を駆け始めた。

それはもう、凄い勢いで。

花道が背中の怪我でリハビリをしていた頃、リョータは花道の砂浜でのランニングに何度か付き合ったことがある。

その頃のランニングよりも、遥かに勢いがついていた。

暴走する勢いで、花道は目に見える海岸の端まで駆けて行って。

「おーーーーーい、花道。まさかこれで解散……?」

リョータが不安な声を漏らした頃、折り返し地点に到達したらしく、今度は物凄い勢いをつけて、此方に駆けて来た。

辺りに砂を撒き散らすその様は、他に人が居たらさぞ迷惑だったことだろう。
そんなことを、リョータは漠然と思っていた。

やがて、爆走していた花道はきっちりリョータの元へと戻って来た。
さながら、フリスビーを取って来た飼い犬の如く。

だが、花道の、その目は。

何かを決意したように、強い意志を湛えていた。


「あのよ、リョーちん。オレ、何で、デートの練習してー、なんて、言ったと、思う?」

普段の花道よりも、ずっと歯切れの悪い問いかけだった。
思えば今日のデート中、ずっとそうだった気がする。
普段なら、己の意思のままに要望やおねだりやワガママを言う、子供っぽい態度が、今日はいつもと違った気がする。
何かを言おうとして、お茶を濁すようにしていたのも、一度や二度ではない。

そんな、花道の今日一日の態度と、今目の前でされた問いかけ。

二つのことを同時に考えて、それでも答えが出なかったリョータの前に、また一歩花道が進み出た。

そして、他に誰も居ない砂浜で、こう言い放った。

「オレが、リョーちんと、デートしてえ、って思ったからだよ!!!」

そう言った花道の顔を、リョータは呆気に取られて見上げた。
リョータの20cm上にある顔は、薄暗さで表情まではっきりとは見えない。
それでも、何となく。
花道が、必死に、真っ赤な顔で言い募ったのは、何となく分かって。

リョータは、花道の下ろされた手に、手を伸ばした。

あと少しで手と手が触れる、という瞬間に。

花道は弾かれたように駆けて、その場から逃げ去った。
そして、その勢いのままに、今度こそ本当に海岸から出て行ってしまった。


「あーーーーーーーー、えっと……。つまり、どーいうコトだ?」

花道の態度と、今花道本人が言っていた言葉で、自分の中である答えが導き出されようとしていた。
しかしそれには、余りにも都合が良すぎる。
リョータは、自分の頭を冷やそうと、ぶんぶんと勢い良く頭を振った。
「明日、あいつを捕まえて、タイマンで話聞かねーと」

独り言ちるリョータの火照った頬に、海からの夜風が心地よかった。


<終>