溶けかけ。
2024-11-02 23:53:12
1663文字
Public ほぼ日刊
 

バタフライエフェクト

以前呟いた、何度やっても死亡エンドを迎えるフリーナと助けに来たヌヴィレットのお話です。
全部アビスって奴が悪いんだ……!

 あと何回、頑張れば良いんだろう……
 錆びた刃を見上げながら、フリーナは、ぼんやりと思った。次いで、玉座へと視線を向ければ、婚約者であったヌヴィレットが女王になった女の子の肩を抱いて寄り添うようにこちらを見下ろしていた。ヌヴィレット、と小さく彼の名前を口ずさむ。彼はそんな僕に顔色一つ変えずに、無造作に手を上げた。ジャキンッという鋏の合わさる音がして、僕の長かった髪が宙を舞った。ああ、雪みたいだ、なんて、陳腐な感想が浮かんでは消えていく。「時間だ」と死刑執行人が言って、僕の首に繋がれた縄を引いた。屋根のある場所から外に出れば、喧騒は益々大きくなったように思う。いや、実際大きくなったのだろう。だって、これから、始まるのはこの国の一大イベントだ。騒がない方が無理というものだろう。フリーナは顔は動かさずに、視線だけを右往左往させた。
 バルコニーにはテーブルや椅子が並べられ、ワインを片手にこちらを眺める者、あるいは野次を飛ばしながら石を投げる者────ありとあらゆる者たちがフリーナを見ていた。そこには数多の陰謀が渦巻き、澱み、燻っている。

 ガコンと音がして木板に首が固定された。ヌヴィレットが手を下ろすのと同時に、巨大な刃を繋ぐロープが切られる。やっと「今回の生」が終わるのだ。これほど、ほっとすることはない。あぁ、だけど、もう一度だけ、キミの隣にいたかったなぁ……とフリーナは玉座を見上げた。
 最期に見たのは必死な顔をして手を伸ばすヌヴィレットの姿だった。

「また、同じか……
 死を迎える度に、僕は十七歳の姿に戻る。ここがスタートラインで、あとは二十一歳の誕生日まで死ぬことはない。
 フリーナはベッドから降りると身支度を始める。三、二、一……ノックの音が鳴る。「どうぞ」と言うとメイドが転がり込んでくるのも予定調和だ。
「『メール様ね……?』」
「は、はいっ!……何故、それを?」
 頭に疑問符を浮かべるメイドにもう××回目だからね、なんて口が裂けても言えるわけもなく、フリーナは曖昧に笑って誤魔化した。
「『少し待って頂いて……』」
「その必要はない」
 不意に部屋の中に男性の声が響く。驚いて声も出せない、といった顔をするメイドを放置して、フリーナが溜息をついた。
「『ごきげんよう、メール様。ですが、今は、朝の支度中ですの……幾ら、婚約者とはいえ、紳士のマナーくらい守るべきではありませんこと?』」
 置いておいた扇子を口に当て、嫌味を言う。そうすると、彼は舌打ちをしながら退出していく手筈になっている──はずだった。
「ふむ。それもそうであるな。失礼した、フリージア殿。すまないが、応接間で待たせて貰ってもよろしいだろうか?」
 フリーナは目を見開く。ヌヴィレットによく似たメール卿が我儘で意地の悪い婚約者の言うことを聞くなど何十回も繰り返してきたなかで初めてのことだった。
「『……ええ、そうして頂かなければ困りますわ。まったく、名家のご子息とは思えませんわね』」
 予定は狂ったが、まあ良いだろう。舞台にはアドリブが付き物だから。多少、台詞が変わったくらいで世界の流れシナリオが大きく変わることはない。
「って、まだ何か……?」
 気がつけば、メールがフリーナの前に立っていた。
「少し、君に誤解を与えてしまっているようなのでな。誤解を解きたいと思ったのだ……
 メールはフリーナの髪を一房取ると口づける。その後、安堵したかのように微笑んだ。
「少し、夢見が悪く……君の顔を見たいと先触れも出さずに来てしまったこと……すまなかった、フリー……ジア殿」
「『ふぅん……あなたにもそんなことがありますのね。いいから支度の邪魔ですわ。さっさと帰ってくださいまし』」
 扇子を振りながら、見下すような視線を向ける。お願いだから、これ以上、救いを見せないで、とフリーナは演技をしながら、心の奥底で懇願した。
「では、待つことにしよう……逃げようなどと思わぬことだ……フリーナ殿」