akinoshiroihana
2024-11-02 23:17:26
6043文字
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ハローイーン

昔のハロウィンはこんな語尾伸ばしてましたような。
74年8月には隼人のモデル説がある松田優作が『太陽にほえろ』で殉職しました。一方東映は秋ごろの33話でリョハヤがマブダチにゴールインしてます。


『罰ゲームで』
それは何で決まったか何を遊んでいての結果か
ただ最近、新任の青い目の英語教員が教えて回っている欧米の暦と祝祭術習慣についての啓蒙を、今夜の彼等三人は遠慮したかっただけ

彼等の三人部屋に気のいい訪問客が何組も出入りするのは、最近随分角の取れた隼人でさえいい顔をしない。ましてそれが幽霊や死者絡みのおかしな扮装を軽々にしてくる可能性まであるとなったら
『零時の鏡を見に行ってます』
そうとだけ書いて、隼人が取り寄せた雷おこしを三人がかりでめった打ちにしたのを菓子鉢いっぱいの振る舞い菓子として残し
「いてて、ゲンコツから血が出てら」
「いいんじゃねえの、そういうお飾りの血糊だと思って食ってくれるさ」
「そういう話じゃないだろう」
言いつつ彼らは夜の闇へ。


ハローイーン


   *

蝉の声がまはまだ少しも勢い衰える気配がない。
二学期が始まって暫くの頃だった。

大勢が囲んでいる長卓はなにかの賑やかな勉強会か、いくつもの笑顔が遠目に見えた
だから竜馬も図書室の入り口でそちらに明るい目を向けた。
しかし
「うわっ」
小さくそんな声が挙がった後、人だかりは静まり返り、そして

「バカじゃねえのか怖くねえよこんなもん!」
そんな怒声とともにごん、とテーブルに何かが叩きつけられる音、シャシンじゃねえか馬ぁ鹿キモチ悪い、など続く声の後「いてえ!」とひと際大きく悲鳴が上がった
「いいいいでえ、ええ、ウーッ、――ッ!」
「おいおい指の先っぽごときで騒ぎなさんなよ、人の髪の毛何本引っこ抜いてくれたん―――
殴りかかった仲間は、指を極められている生徒を盾にワンインチパンチを叩き込まれ、壁まで蹴り飛ばされる。一瞬全身が宙に浮いた勢いは殺されることなく、仲間の生徒は金属製の新聞架けにあばら周りを強打し、派手な音と共に各紙が落ちて来る中、芋虫のように床に這った。
「ああもう、いいかこういうのは変な方向に折れると一生きれいに治んないぜ、嫌なら御学友連れて―――帰れ、静かにな」
大声出してりゃ人を驚かせる脅せるなんて考える、ケダモノみたいなのはよしな。飄々といなしていた声が最後は冷え冷えとしていた。

ひるんだ野犬のように、ゆるい団結がばっと散る。ばたばたと図書室を出ていく中、床に落ちた本を行きがけの駄賃にせめて踏みつけるか蹴り飛ばすかしようとした最後尾の者が蹴り足を上げた、だがそれは叶わなかった。
余裕たっぷりのセービングのように、片膝をついて本に手を伸ばし庇う闖入者の手が、竜馬がそこに現れたから。学ランの襟どころか釦も全開の乱れた服装の生徒は竜馬が何者か知っていたのだろう。その強いまなざしが上がり彼を捉えるのを待つでもなく、忌々し気に舌打ちし、「うげえええ、気持ち悪っりいの読みやがる」など言い、引き戸を騒々しく締め去った。

「どうしたんだ隼人、大丈夫か」
本を拾ったり倒れた椅子を戻す前に、絡まれて数本引きちぎられて散った自分の髪を長卓の上に見てティッシュで拾い捨てに行く、そして無遠慮に掴まれた後頭部の髪に指を差し入れ手櫛でざっと梳いている、歩み寄ってみた竜馬とは全く違う動線。
「なんでもねえよ」
「いじめか?」
竜馬が戻し終えてなかった椅子を起こし、つれなく立ち去ろうとした様子の隼人だったが、その真摯な問いは想定外だったようで、ぷっと無声音の笑いが向けられた背中からこぼれた。

「『ジーパン』が、死んだんだとさ」

隼人の険がありつつ整った面差しと長身は、女子連中に二枚目役者に例えられることもままある。なかでもよく引き合いにされるのが松田なんとかいう若手俳優で、それが目下大人気の刑事ドラマで先日殉職したのだとか。
この70年代前半、自宅にカラーテレビに加えビデオデッキがある裕福な家の者が帰宅時それを視聴し、純白のスーツを血まみれに汚しての、弱々しい泣き言を漏らした孤独な最後に「イケスカナイ」クラスメートの無様の幻を勝手に見てちょっかいを出しに来たのだという。曰く、お前らもトカゲ人間のロボットとのケンカで負けたらあんな感じかよ恰好わりい、などと。『私語禁止』だの『下駄での入場禁止』なんていう戦前からの注意書きまで残る図書室まで歩いても振り切れないしつこさで。
「だから教えてやったのさ、戦車よりでかいものに乗ってるんだから、これより酷いことにはなっちまうだろうって、生憎あんたがたに笑いを提供できるものではなかろうってね」
とん、と白い指が竜馬の胸に抱えた装丁を叩いて、その振動が胸板まで通る。その不思議に疼く感触に密かに驚き彼が本を胸から離してみれば、その重い大判には『太平洋戦争写真史』と金字で記されてあった。

「この辺に、童顔なのかな、俺達と同い年くらいに見える兵隊さんが死んでる。首だけで。」

モノクロームの戦場。荒野か、何もかも消し飛び燃えた跡か。
破られた何かのバリケードか鉄条網か。もう何の役にも立たなくなった柵の残骸のような木の杭の上、唐突にそれは存在する。
日に焼けているのか汚れているのか、白黒ではとても黒い、しかし焼け焦げたわけではなく人相のはっきりとわかる青年が、首だけで。
両の目を閉じ口許は声を限りに叫んだだろうままの形で、幼ささえ感じる首から上だけは無傷で、それより下は跡形もなく、モノクロームの世界に。
「俺達がこうだったらむしろラッキーかな、きっとバラバラだろうって言ったら」
それを学生たちは「怖くねえよ」と切れ、「気持ち悪い」とうとんだ。
「ああ……
おそらく彼らは彼らのあずかり知らない大切な何かにも選ばれた隼人のちょっとしたヘマを望み口にしてみただけなのだ、本当はそれどころではないのだと知る年頃でもありながら。そして二度と戦場にしてはならないと父や祖父が教える祖国が世界でも真っ先に危機に直面しているという事態に、恵まれた子弟の親たちはしばしば目を背けさせた。
隼人が言う、らしくない長広舌で。
「この人は死んだあと見付けてもらえた、でも多分、勇壮に死んだものとして、こんな風にお前たちも死ねとこんな風に置かれた。
何処から来たどんな人で、最後に何を叫んだかを考え彼のために悲しむよりも。」
「そうだな、その可能性も、あるかもしれない」
竜馬は受け止めた、それしかなかった。ただ、二人して覗き込んでいた荒野の上で、二人の頭はいつしか触れあいそうになっていて、竜馬は応える時に、自分の頭蓋をこつりとぶつけた。言葉が振動として響くのを感じたのか、隼人はすいと身を離し背を向ける。そしてその額を撫でたようだった。
それが夏の終わり。

   *

「なあ、もう帰ろうぜぇ」
「だって幽霊ごっこなんて寮の消灯後でも来る奴等がいそうじゃないか」
「そうそう、だからおいそれと俺も俺もと参加したがる奴もいない『これ』で時間を潰そうってだけ」

月明かりの下のブランコに掛けて雷おこしの残りをぼりぼりやっている武蔵と、その隣で止まり木に止まる鳥の風情で腰掛ける隼人、黒いレザーパンツの長い脚が作る、それよりずっと儚く青い影の色との逆転した関係が幻想的で面白くなったのか、竜馬がそのブランコに向かいから立ち漕ぎのていでふわりと乗って軽く揺らす、そうすれば彼の戦友は鎖をも竜馬をも掴もうとしないまま体幹筋だけでそれに付き合い、見上げた。揺れる隼人の白い顔の向こう、金網沿いの雑草が刈られた中、ひとり咲きのジンジャーリリーが真っ白な花を薄闇に青く染めるのが見えるから、ああ隼人の顔が蒼褪めて見えないのは、普段わからないていどに顔に赤みが差し、肌の下血が通っているからなんだなあ、などと竜馬は思う。白い花からだろうか、名前の通りに少しぴりつく甘い香りがする気がした。

「戦前の電話や鏡台が飾ってあるあそこに、この学校の卒業生が映るんだっけ?」
「学徒動員だったか。終戦一年前の出征だし戦況がどうなってるかわかる人たちならその無念もひとしお、ってことかな」
「うん?俺が中等部の時に聞いたのとは違うな、鏡に映った人間の死ぬ時の姿が見える、だったと思うぞ」
「ひえ」
「へーえ?」
うす闇の中のブランコに揺られて長い髪を宙に泳がせていた隼人の目が急に涼しくすましたふうを失くした
「そいつは、悪くないかも」
―――っ!?」
ぐん、と力を入れたひと漕ぎに、主導権を握っていた竜馬が慌てる間もなく、隼人はその脚の間を、股座をくぐりすり抜けてブランコを飛び降りた。青白く輝く石くれと暗い地面が彼を受け止め、薄闇の中じゃっと音を立てる
「わっ、馬鹿、隼人ッ!」
とっさに男の急所をかすめられたから膝を慌て閉じ合わせ、結果坐面が足から離れてしまって、鎖だけにしがみつく格好になった竜馬が慌てているのを
「ちょっと見て来る」
振り向くことなくひらひらと手を振り、隼人は校舎の渡り廊下の方へと向かった。「母さんに会えるのが近いかだいぶ先かわかるぐらいならなんてことねえや」など言って。
「隼人っ!」
鎖をがちゃがちゃ言わせて危なっかしくブランコを止めようとしている竜馬と、まあ自分でなんとかするんだろうと横で砂糖っ気の付いた指を舐めつつ見守る武蔵を後に

その時の俺が全身ばらっばらだろうがなんてことねえや、とも、そう聞こえた気がした

   *

それは音楽室や美術室などの並ぶ別棟の片隅に、もはや黒電話に取って代わられ使えなくなった旧式電話の隣に並んである。昔は未来の紳士たる男子学生のために手洗いの中にあったというから、そこから怪談が湧いて出たんじゃないかと日頃言うのは竜馬だった。隼人については先ほどまで分からなかった、そういう他愛ない話に彼が交じるようになったのはごく最近―――先日湖畔で竜馬と激しく殴り合ってからだから。
「やだやだやだよぅ行くなよ竜馬、隼人が戻って来るまで待ちゃいいじゃねえか」
「夜間だから独り歩きは良くないだろう、それにお前が肝試し用に蝋燭なんか持って出たから、ついてくるものと思って行っちまったのかもしれないぞ。これで一人っきりにしてみろ、いくらあの隼人でも」
「隼人でもお?」
「躓いて転んでるかもしれない」
「へっ」
びしりと言われ、いたって真剣な竜馬の顔に、「わかったわかりましたよ」と武蔵は肩にかけていたナップザックを下ろして中味を広げる。そして古びた鉄製燭台に蝋燭を立て、マッチを探しているうちに、竜馬はその中にあった懐中電灯の方を手に取り、「よし!」と小走りに校舎の中へ―――
「えええ~~~?」
深まりゆく闇の中武蔵の情けない声が響く

   *

出てきてしまったが、こういう無意味な単独行動は良くないし、もうしなくていいんだった、と実のところ隼人はすぐ気付いていた。そして、必要を感じるなら竜馬はきっと追ってくるんだろうという無駄な確信が自分を甘やかしているのだと思う。こいつはあんまりよくねえ、と踵を返したところで彼は、懐中電灯を携えた誰かが教室棟の階段を果敢に3階目指して一段飛ばしぐらいで駆けあがっていくのを目にした。2階の渡り廊下から夜の庭を見下ろす自分とは目的地でしか顔を合わせないらしい。
「いきなり急上昇かよゲッター1は」

「ひゃあ、なんだってんだろ」
武蔵がぼやく。
「ローソクの火って持って歩くとすぐ消えそうだし、こんなので照らして歩いてると無駄にこええじゃんかよう、もおおお!」
あ、本当に必要になってから点けりゃいいんだ、なーんだそうだよアチチッとの独り言が出るのは数分後。

「おや、お行儀がいい」
そう隼人が声を挙げる。濃くなっていく3階の闇の中、古びた鏡台は三面鏡の両扉を閉じられてあった。万一にも使われない、人が絶えた時間に用務員辺りにそうされるのはドレッサーの扱いとしては当然だろう。しかしその絵面は逆に、祠の扉か何かのようで、開いてみろと人のいたずら心や好奇心を刺激するものではあり。
「戦死時の俺が見えちまったりはすんのかね」
言いつつ手を伸ばしかけた彼は、しかしその飴色の観音開きの両翼に手を当て小さく笑う。
「いいや、今は母さんの所に早く行けるとわかったってそれはそれで困っちまう、バラバラだろうがグチャグチャだろうが真っ黒焦げだろうが、会いに行かせてはもらえそうだけど、絶対会えるってぐらい功徳を積んでからだって遅かねえ―――
「隼人!待て、待つんだ!」
「ん?」
突然の強い光
「それを開いてはいけない(気がする)―――ッ!」
「ッ‼」
ばたばたと足音の響きやすい床素材エリアに差し掛かった「誰か(心当たりは一人しかない)」の、しかし何故だか懐中電灯を捨てての突然の体当たりがみぞおちに入って隼人の強靭だがいかんせん細い身体が浮く、壁に叩きつけられ二人してずるずると崩れ落ちる重い音。その後の静寂の中、はっはっと竜馬の荒い息が自分の上で聞こえるのに、竜馬の体重と体温があるのに、隼人はしばらくぽかんとしていた。状況が動くのを待てば転げた懐中電灯の光の中、いつも凛々しい竜馬がなんとも心細げに自分を見ている。
「何か見たか?」
「は?いや―――
「迷信だけど、お前には興味を持ってほしくない気がする。お前のお母さんを思う心が死に魅せられてしまうのはとても怖いし、友人としてはお前の傷ついたままなのが悲しい」
人一人の体の重さ熱さとともに降ってくる言葉は次第にいつもの力をおび、逃がすまいと温かくも押し付けられるようになり
「でもお前がそうなるときは俺もそうなるから。きっとお前を一人にしないから、今はやめておいてくれないか」
身体を離すことなく、吐息のかかりそうな距離で竜馬の強いまなざしが自分を見ているのに、隼人はゆるく息を吐きだした。と―――がたんと大きな音と共にくだんの鏡台が壁から外れ落ちてきて、ぱたりと扉を開く―――

「ああ!あちちちっ!熱い、あああ!おーい竜馬あ」
ゆらゆらと、蝋燭の光が揺れつつこちらに来るのが鏡に映り込むのに気付いて、隼人は手をのばし、鏡を閉じた。

   *

なんでそこでプロレス大会になってるんだよ
いやリョウさんが勝手にお気に召したみたいでよ、降りてくれねえんだ
え?いやそんな。じゃあ鏡を外してしまったのだけ届け出て謝って、さっさと寝なさいって怒られて寝ることにしようか。用務員さんが目を光らせてりゃ無理に押し掛ける奴らも出ないだろう。ほら、隼人立てるか
平気だよ、それを言うなら武蔵だろ、火傷でもしたのかいさっきの凄い声
え?おいら何も騒いでねえよ?
いやだってお前の声だったぜ、熱いって―――
さあ撤収だ、階段気を付けろよ
おう


遠ざかる足音、鏡がまたぱたりと片翼を広げる
そこには燃えさかる炎だけが映っていた―――

一九七四年十月三十一日



(了)