兵助の肩が、また小さく震えた。視線の先で、白く細い首筋から続く華奢な肩の線が、窓から忍び込む冷気に揺れている。風が窓を叩く音だけが、暗い秋の夜を刻んでいた。
八左ヱ門の部屋で課題を始めて数時間。今宵も机を並べてそれぞれの課題と向き合う。ろうそくの明かりが、兵助の横顔を柔らかく照らしていた。
「なあ、この部屋、なんか寒くないか」
その声を聞いて、密かに息を呑んだ。いつもの凛とした響きの下に、甘く揺れる何かがある。
「一人部屋だからな……」
あえて的外れな返事をしてみる。案の定、兵助が俺を見上げた。長い睫毛の下で揺らめく黒い瞳には、そうじゃないとばかりの色が滲む。
最近は少しずつ、兵助の仕草に隠された本心が読めるようになってきた。今夜も、寒さを言い訳に人肌を求めているんだろう。素直に甘えられない彼の不器用さが、この胸を温かく満たしていく。
でも、たまには自分から欲しいものを口にしてみてほしいと思う。そんな兵助の姿も、きっと可愛くて、愛おしくて堪らなくなるはずだ。
「……ねえ、八左ヱ門?ここの問いなんだけど、ろ組はもうここやったか?」
「ん?ん〜まだやってない」
「じゃあここ、八左ヱ門分かるか?俺も、自信なくて」
「どうかなあ」
知らないふりをしながら、横目で見ていると、兵助が少しずつこちらへ身を寄せてくる。その仕草は暖を求める猫そのものだ。
(ばればれだよ、兵助。わかるに決まってる。――だってその問題は、先週、お前に教えてもらったとこだ)
白い指先が本の頁をめくる。繊細な骨格の浮かぶ手首から伸びる指までが、微かに震えていた。その揺れに、自らの心も揺れる。
突然、ぴゅうと強い風が窓を震わせた。
「ふ、ふぇっくしょ」
可愛らしい、小さな音を立てて、兵助がくしゃみをする。目を細め、鼻先を赤くして、肩を丸めた仕草に、もう我慢できなくなった。
「っあーもう!降参!ほら!」
脱ぎ散らかした半纏を掴む。裾を広げ、覆うように兵助を抱き寄せた。彼の背中が俺の胸に収まる。兵助の首筋から漂う石鹸の香りが、この距離で鮮やかに甘く香った。背中が胸に触れる。冷たい。暖かくしたい。
「……降参って、急に何?これじゃ、課題できない」
そう言いながらも、兵助は逃げ出そうとはしない。もぞもぞと足を動かしているだけだ。
「大丈夫。さっきの嘘、俺その問題解けるよ――だって先週、兵助に教えてもらったとこだもん」
耳元で囁くと、兵助の冷たそうだった白い耳が見る見る朱に染まっていく。その様子に、胸が熱くなった。彼の冷たい背中が温まるんじゃないかと思うほどに。
「っ八左ヱ門、話聞いてない時があるから覚えてるかどうか確認したんだ!」
「じゃあ確認してもらおっかな。……このままじゃやりにくい?兵助」
「……このままがいい」
耳から顔まで真っ赤にしたまま、兵助は嬉しそうに腕の中で小さく笑った。その笑顔に、今度は俺の方が顔が熱くなる。
本をめくる音だけが響く部屋に、少し温かく感じる秋の夜長が静かに過ぎていった。
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