ミイ
2024-11-02 18:11:26
5421文字
Public 静なつ
 

ハロウィン②

静なつさんのハロウィン、ふたつめです。

「おはようなつき」
「舞衣か、おはよう。……くぁ、やっぱりまだ眠たいな」

 鞄を持っている方の手をぐ、と突き上げ伸びをすれば、冷たい風がなつきの首元をくすぐる。そういえば静留にそろそろ寒くなるからとマフラーを出してもらっていたっけ。私はそれをどこに置いたんだ……? えっと……箪笥の中から持ってきてもらったのをベッドの上において、それから……なんて一昨日くらいの記憶を呼び起こしていれば太陽のような鮮やかな髪の友人は、揶揄うように口元を引き上げて笑った。

「なつきが一限からちゃんと出てくるなんて感心感心。やっぱ、さすが会長さんよねぇ」
「舞衣、それはどーいう意味だ」
「そのままの意味だけど? 早くも尻に敷かれてるっていうか……まあ前からも割とそういうとこあったけど」
「なんだと貴様……!」

 売り言葉に買い言葉。お互い本気ではなく他愛のないじゃれ合いだとわかっているから、やりとりが途切れた瞬間、ふっと場の空気が緩む。静留以外にこんなやりとりをできる相手ができるなんて、数年前のなつきには到底信じられなかっただろう。自分が丸くなった、ということもあるだろうが、こんな穏やかな日々が送れるようになるなんて、あの頃のなつきはきっと、夢にも思っていなかった。

「てかなつき。その袋なんなの? ずいぶんとおっきいけど、静留さんのおつかい?」
「ああ、これは……よくわからないんだが、今朝静留に持たされ」
「なつきおはよう!! 今日も会えて嬉しいぞ! ん!」

 なつきの言葉を遮り、後ろから頭をぴょいっと飛び越えて現れたのは、少年のような幼さを持ち合わせた少女。あの戦いの始まりに二人が出会ってから一年以上が経っても、今の所見た目にも行動にもさほど変化はない。変わったところと言えば、なつきたちと同じオレンジの制服に身を包んでいることくらいだろうか。

「命……もう少し小さな声で挨拶してくれると助かるんだが……おはよう。今日も元気そうだな」
「ん! 私は元気だ! なつきも元気そうだな!」
……しかもやけに機嫌がいいじゃないか。何かあったのか?」

 ぱああっと顔だけでなく全身を輝かせて今にも飛びついてきそうな勢いの命に、なつきが穏やかに尋ねる。む? と額に皺を寄せた命は、あ! と大きく口を開けて、今度こそなつきに飛びついてきた。

「ぉわ、命、ひっつくな。歩きにくいだろ」
「そうだった! なつきのおかげで思い出したぞ。奈緒が教えてくれたんだ! 今日だけのとっておきの呪文だって」
「呪文だと? しかも奈緒から?」
「まぁた新しいこと吹き込まれちゃって。奈緒ちゃんってばもう……
……あいつ由来なら絶対碌なことじゃないだろ」

 木にのぼる猫のようにしがみついた命をべりっとはがし、深くため息をついたなつきとは対照的な満面の笑みを浮かべた命。すうっと息を大きく吸うと、その場にいる全員が振り返りそうな大きな声でこの時期にお馴染みの呪文を紡いだ。

「なつき!! とりっくおあとりーと!!」
「「……え?」」
「えっと……おかしをくれないといたずらするぞ! って意味だ! ん!」

 にぱっ! っと眩しいほどの笑顔を浮かべた命に呆気に取られていたが、数秒後に意識を取り戻した二人。

「あー……なるほどそっちか。そっちでよかった……

 舞衣は何を考えていたのか、ほっと胸を撫で下ろしている。なつきはというと、なぜお菓子をやらないとイタズラするんだ? と心底不思議そうな顔をして首を傾げていた。そういうやりとりは聞いたことはあるし、こういうイベントごとがあるのは知識として知ってはいたが、自分が経験するのは初めてなのである。

 今までずっと、家族や友人なんてものと一緒に楽しむ類のものは全部、見ないふりをしてきたのだから。そういえば、と思い起こしてみれば、静留は自分が嫌がらないギリギリを見極めて、こういうイベントごとに誘ってくれていたような気もする。プレゼントをくれたりお菓子をくれたり。桜が咲く季節には桜を見に行ったり、紅葉の季節には山にでかけたり。……私はやっぱり、あいつにもらってばかりだな。苦い笑みをこぼしていれば、いきなりガクガクと強く体を揺さぶられ、遠くに飛ばしていた思考が無理やり現実に引き戻された。

「やめろ、やめろ命!」
「なつき、呪文は言ったぞ! おかしはどこだ!?」
「なんのことだ? 私は奈緒からは何も聞いていないが……

 理屈がわかっていないとなかなか先に進めないなつきも、命の勢いに押されつつあるらしい。じりじりと詰められる距離に後ずさるも、飢えた小動物は待ってはくれない。

「いたずらって……おまえ何するつもりだ」
「いたずらは奈緒が担当だ! ん!」
「絶っっっ対碌なことしないだろ」
「あたしもそう思う。なつき、お菓子持ってる? 命だけならどうにか誤魔化せるけど奈緒ちゃんがバックについてるってなると話が違ってくるのよね……

 はぁ、とため息をついた友人を前に、どうすればとなつきは頭を回し始める。

「お菓子なんて私は……あ」

 なつきはふ、と両手に抱えた紙袋を見たあと、キラキラと期待を浮かべた命の顔を見る。

 そう、お菓子なら、今日は珍しく持っているではないか。それも、配ってもいいほど大量に。配っていい、むしろほしいと言われたら配れ、というような指示も出ている。なるほど、静留はこういうことが起こると見越していたんだな。…………ほんと、あいつには敵わないな、全く。

「命」
「?」
「ほら、持っていけ。奈緒の分も。それだけあれば足りるだろ?」

 紙袋の中から、毒々しい紫色の小袋を五つほど、命の手のひらに乗せてやる。すると、命は目も口も、これ以上ないくらいに大きく開いて満面の笑みを浮かべた。

「いいのか!? ありがとうなつき! ハロウィンとはいいものだな! 奈緒ー!! なつきがお菓子をくれたぞー!」
「あっ、命!」

 舞衣が呼び止める間もなく、命はびゅんっと駆け抜けていく。命がいなくなった後には追いかけるように風が吹いて行って。顔を見合わせたなつきと舞衣はこらえきれず、思わずぷっと吹き出した。

「あーもうおかしい。あんなに喜んじゃって。命すぐ行っちゃうし。ま、奈緒ちゃんも最近はちゃんと学校来てるみたいだし、教室にでも行くんでしょ」
「だな」
「あの子、奈緒ちゃんがどっかに隠れててもすぐ見つけ出しちゃうのよね。奈緒ちゃんにやめさせてって言われたけど、あたしに止められることじゃないし」
「それもそうだ」

 しかしお菓子一つで(多めには渡したが)あんなにも喜ぶとは。さすが命、というべきか。こんなにあるし、もう少しやってもよかっただろうか。

 そんなことを思いながら舞衣と並んで歩き、上履きに履き替えて教室に向かう。静留に手伝ってもらった古文の課題を机の上に提出して道具を片したあとに、ふと気になって机の両脇にかけた紙袋の中をのぞいてみた。

 せっかく静留にもらったのに中も見ていなかったな。どんなのが入ってるんだろう。あいつのことだし和菓子とかだろうか。あれ? 和菓子にもハロウィンってあるのか?

 まだ始業まで時間もある。わくわくした気持ちを抑えきれずに包みを一つとって見てみれば、紫色の包装紙には愛らしいモチーフがいくつも並んでいた。シールを剥がして中をのぞいてみれば、その中もハロウィンづくし。ゴテゴテしたキャラクターものではなく、シンプルなシルエットだけになっているのが静留らしい。かぼちゃにおばけ、黒猫や鬼、蜘蛛に魔女。

……かわいい)

 中身はキャンディーやクッキー、あとはチョコレート、だろうか。手触りや形でそう判断したが、あまり静留が食べているイメージのないものばかりで、なつきは首を捻る。

 静留はハロウィン向けの商品を、わざわざ探してきたのだろうか。しかも静留自身ではなくなつきのために。

(あいつもまあ、よくやるよな)

 こだわり抜かれたようなパッケージを裏返してみると不意に目に入ってきたのはあまりハロウィンと馴染みのない動物。なつきの目は一瞬で、それらに釘付けになった。

(待てよ、この紫の蛇と銀の狼って……え? まさかこれ、あいつが描いたのか? あいつ絵も描けたのか……。誰かに発注したとか? だけど……なんか、嬉しいな)

 普段、教室では終始無表情ななつきから、ふっと穏やかな笑みが溢れたことに、なつきは気がついていない。周りが色めきたって写真まで撮られていることにさえら気づいていないのを、舞衣は(あちゃー……)と額に手のひらを当てながら見ていた。抜かりなく千絵も現れ、携帯を手ににやりと笑みを浮かべたまま、どこかへ送信している模様。

 とはいっても、思わぬところで再会した、自分たちの想いから生まれたチャイルド。その姿に、頬が緩まないはずがない。だってあの日あの時。自分たちの想いが通じ合ったあの瞬間、彼らはこの世から消えてしまったのだから。

 あの祭りの話は、二人の間で積極的にするものでもなかったし、自分からデュランの名前は出ても、静留から清姫の話をすることは少なかった。だけどこうして、また会えた。きっと、自分がデュランと清姫を大切に思っているように、静留もまた自分たちのチャイルドを大切に思ってくれているのだろうと思った。

 二匹はパッケージの端の方で、仲良く寄り添っている。それほど主張もしていない、なんなら他に紛れて気づかれない程度のさりげないものだったけれど、思わぬサプライズに、なつきはるんと心を踊らせた。

(デュランも清姫も、元気かな。私たちは……まあ、それなりに(?)仲良くやっているぞ)

「わ、それまさか全部お菓子だったわけ? 会長さんもよくやるわね。てかそれにしても多すぎるでしょ……

 なつきが一人思考を旅に出している間、周りからの視線と熱量がとんでもないことになっていたため、見かけた舞衣が話しかける。ふ、と笑みが引っ込み、いつもの表情に戻ったことを確認して、舞衣はほっと小さく息を吐き出した。

「なんだその目は……

 予備の予備まであるでしょ……と少しじとっとした視線を、クラスメイトになった舞衣から注がれる。愛しい我が子たちに想いを馳せていたというのにそんな目で見られてはと思わず睨み返すなつき。

「ほんと、愛されてるよねなつきって」

 舞衣の言葉に、剣呑さを孕んでいたはずの顔は、一瞬で崩れ落ちた。

「なっ!? 何を言い出すんだおまえは!」
「顔真っ赤よ、なつき。……ってまあ、これはあたしが言うことじゃないか。会長さんに直接聞きなさいよ。どうせ帰ったら会うんだし」
「そこまで言ったんなら教えてくれてもいいだろう?」
「あ、じゃあお菓子くれたら教えてあげてもいいけど? トリックオアトリート! あははっ、ちょっと意味違うけど」

 ここぞとばかりに紙袋を指差して、舞衣は明るく微笑む。友人の楽しげな様子にため息を吐き出し、なつきは机の横に下げていた紙袋に手を突っ込んだ。

「しょうがないな、ほら」
「おっと。ありがとなつき。ってなにこれかわいい〜」

 ぽん、と放り投げられた包みを両手でキャッチして、舞衣は微笑む。

「こんなところまで凝ってるなんてさすがよね、会長さん。どこで売ってんのかし、ら?」
「どうした、舞衣」

 ぽかん、と口を開けて固まってしまった友人になつきが声をかければ、急に近くに来た舞衣は、先ほど自分が見ていたものを指差しながら耳元で囁いてきた。

……なつき、これって」
「ああ、おそらく私のデュランと静留の清姫だろう。これがわかる人間はそう多くはないし、まあハロウィンに紛れてってことでいいんじゃないか?」
「ほんと、静留さんってすごいわ……

 ハロウィンでこれなのだから、バレンタインやホワイトデーはどうなってしまうのだろう。ああ、その前にはクリスマスもあったっけ。しかし当の本人がこの調子なのだから、彼女の恋人の苦労が察せられる。

 ここまでの執着を、あの人は今までどうやって隠していたのだろう。伝えてはいけないと必死にひた隠しにして、彼女の隣にいられればそれでいいと穏やかな笑みを貼り付けて。この激情を自分の中だけに閉じ込めて。

 背筋が寒くなってしまうほどの胆力と、ここに現れている「なつきはうちの」という想いに、舞衣は思わず左右と背後を確認した。

「どうした? 舞衣」
「いや、ちょっと背中が寒くて……
「風邪か? 気をつけろよ。朝晩冷え込んできてるんだから」
「あんたにそんなこと言われるようになるなんてね。……とりあえずさっきのを言うと、会長さんはなつきを誰にも渡したくないってことよ」
……? なんでお菓子ひとつでそうなるんだ?」
「あははっ。まあなつきはそうでなくっちゃ……(と思うけど、ほんと会長さんって大変よねぇ。あたしもなつきがここまで鈍感だとは思ってなかったわ)」

 私も一つもらってみるか、なんて言って、毒々しい色のチョコレートを食べながら「意外とうまいなこれ」と目を白黒させているなつきを見て、舞衣は静留へと心の中で手を合わせたのだった。