しゃどやま
2024-11-02 14:42:58
1990文字
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不要なもの/たまごを孕む戴天

なんかそういう夢をみたので、書きました。
夢ではもっとエグくて、戴天に似た赤子が生まれていました。

 ライダーである高塔戴天が卵を孕んだ。一介のカオスイズム研究者である私の元に、そのニュースは衝撃を持って届けられた。
 すぐ被験者を見に訪れる。いつも堂々としていて、社長の息子らしい落ち着きを見せていた被験者だったが、今日は流石に様子が変わっていた。
……ふふ」
 隔離された個室で、ろくに膨らんでいない腹を撫でている。仏像のような微笑みと、優しい手つき。心は安定しているようだった。
 観測ファイルを広げる。専務として働く戴天の様子がおかしい――レスポンスが遅い、集中力がない、食欲が旺盛――ということで、緊急でスキャンが行われた。その結果、女性であれば子宮のある下腹に、硬質な卵型のものが発生しているということがわかった。
 話がしたいと頼み、戴天の部屋に入る。私のこともぼんやりとした目で見上げた。
「こんにちは。体の具合はどうですか?」
「おかげさまで良好です。違和感もありません」
 穏やかな返答。微笑みの温かさに、違和感を抱く。いつも張り詰めた笑顔で、仮面のような人だった。本心からの笑顔の、ような。
「腹部はどのような感覚ですか? 精神的なことで構いません」
「そうですね……懐かしいような、せつないような感覚がします」
 カオスを完成させるのは、記憶と感情だ。結びついたふたつを分かつことはできない。戴天は目を伏せて続ける。
「幸福感……かもしれません」
「その卵が、幸福」
 私はカルテにメモをとる。精神状態への影響。緑か? 
「わかりません……不確かなことを言ってしまいましたね」
 照れ笑う。その表情も高塔の一員とは思い難い、柔らかなものだった。

 卵は成長しない。ただ戴天の精神状態は悪化していく。悪化と表記するべきだろう。仕事に差し支えが出て、スポンサーたる高塔絶空から「意見」が出ているので、私たちは悪化と捉えている。
 戴天は夢想に耽る時間が増えた。体調を崩したとして休ませているが、仕事に打ち込んでいた戴天とは思えないほど素直に休暇を受け入れた。観測対象のための部屋で、ぼんやりと夢見心地で過ごす。持ち込んだ仕事道具も勉強道具も開くことはなかった。
 そして人懐っこくなった。私が問診をする時に、それは顕著だった。普段より言葉数が多い。内容は全て、卵のものだ。
「この子がいると思うと心が落ち着くんです」
「この子のためにも栄養を取らなければ」
「この子はいつ出てくるんですか?」
 私は頷きながらも明確な答えはしない。モルモットに感情移入してはならない。哀れんでもならない。期日は迫っているのだから。

 卵を取り出す手術の同意を取る時も、戴天は夢見がちだった。困惑する戴天に「卵の健康を確認するため」と説得すると頷いた。
……わかりました。この子のためなら……
 実際は一切成長しない卵を、本当に卵か調べるための手術だった。
「この子をよろしくお願いします」
 そう言う戴天は頭を下げる。
 卵による母体の洗脳は、重篤なようだった。

 取り出された卵は美しい緑色をした石だった。予想通り、それはただのカオスの結晶だ。
 断面も。

 意識を取り戻した戴天は、勢いよく体を起こす。周囲を見回し、腹に手をあて、震えた声で尋ねる。
……あの子は、どこですか?」
「起き上がらないでください。傷は縫合していますが、まだ」
「あの子が居ない!」
 寝台から降りようとする。スタッフが取り押さえる。まだ全身麻酔の不快感に襲われている戴天は、容易に寝台へ拘束された。
「あの子に何をするんですか、返してください!」
 声に誰も反応しない。ベルトで寝台に結びつける。一時的な狂乱はよくあることだ。このモルモットでは珍しいが。
「無事ですよね? 無事……
 私は答えない。無事も何も、あれはただの石だ。元々、命など宿っていない。戴天は瞳に怯えを宿し、私に懇願する。
「あ、あの子だけは、どうか……!」
 有能な専務が、無駄だというのにベルトから逃れようと藻掻く。変わり果てている。感情に支配されている。
「お願いします……!」
 泣き出しそうな声。私たちはスタッフに目をあわせ、刺激しないよう退出する。安静にさせるのが一番だった。

……はい。ええ。落ち着きました。あれは……私の、子どもでもなんでもなかった」
 数日後、少しやつれ、顔色を悪くした戴天は、ベッドに座り言う。私はカルテに記載する。
「記憶の欠落もあるようです。何かを……忘れた感覚があるのですが、思い出すことができない」
 戴天は眉間を抑える。理知的な口調。腹を庇う仕草もない。
「いつの頃だと思いますか?」
……二十代前半」
 小さく言葉が返る。核心があるようだった。
「二十代前半で、あたたかい、安らかな記憶だった」
 私はひとつの言葉を思ったが、何も言わなかった。