【小説】すきあり

フギト×アクタ。スリクリ案件で古い書物出してもらったりしたらしく、思わず書いたやつ。語彙力が足りなくて絶望。べったー再録。2023/03






 クナシコル國城内──とある客間。
 男は山のように重なる書物の中にいた。
 すでに机としての役目も果たせそうにないほどに書物にあふれ、それは床の上にまで拡げられている。
 行儀も悪く床にあぐらをかき、一心不乱に書物に目を通す男を見かねて「アクタ殿」と声を掛けたのは初老の男――フギトだ。
 この客間に男を通したのも、フギトである。

「アクタ殿、少し休まれてはいかがかな?」

 穏やかな声で、フギトは呼びかける。
 再度声を掛けられたアクタは、今気付いたかのようにそばに立つフギトの姿を認め、ひとつ瞬いた。

「爺さ……いや、フギト殿?」

 それから周囲を見渡し、いつの間にか灯されていた火と随分とかさの減った蝋に視線が移り――どれだけの時間が過ぎたのかに気付いたのだろう。
 ばつが悪いように、黒い仮面を備えた表情が、歪む。

「すまん、随分と長居させて貰っちまった」
「いやいや、構いませぬ。しかし、休息は挟むべきですぞ」
「しかしな……

 歯切れも悪く、アクタは再び手元の書物に視線を落とす。
 その様子から、フギトは男が探し求めるものを見つけられずに居ることを悟った。
 ここにある全ての書物を手ずから選び、運んだのはフギトだ。
 もう手をつけていない書物は残り僅か、はたまた二度目の確認の最中だったのかもしれない。
 こちらに目もくれず、焦るように書物をめくるアクタの姿を見下ろして、フギトは力になれなかったことを申し訳なく思った。
 しかし、今、気にすることではない。

「アクタ殿、焦りは禁物ですぞ。急いては見えるものも見逃してしまいますからな」

 部屋の明かりすら、今になって気づいたのだ。
 ずっとこの部屋に籠もりきりだった男がこれ以上無理をしないように、まずは休息を取らせることが最優先事項といえよう。
 ここに彼の仲間が居れば少しは違っただろうが、あいにく、アクタは任の途中でこのクナシコルに立ち寄ったようだった。
 一人きりで現れたのを見つけ、城内へと招き入れたのはフギト当人であるから、間違いない。
 もしかしたら、このクナシコルで合流する手筈だったのかもしれないな、と不意に脳裏を過ぎた気付きを、フギトは横に置く。
 まずはアクタに休息を取らせねばならない。
 それに、落ち着かねば見落とすものもあるのは事実だ。

「わかっちゃいるが……

 フギトが言いたいこともわかってはいる――そう言いたげに、しかし、ガリガリとアクタが頭を掻く。
 拭いきれない焦りがアクタを急かしている。
 そんな男を見下ろして、フギトは遙か遠い記憶を、師を思い出した。
 もしかしたら、あの方も青い自分達をこのような想いで見つめていたのだろうか、と。
 そして、ふと、思いつく。

「アクタ殿」





 * *





 もう一度名前を呼ばれ、アクタは素直に顔を上げた。
 そのすぐ目の前に、フギトの顔。
 年老いても端麗さを思わせるものが驚くほど近くにあって、アクタはそれらに驚くよりも先、その表情はすぐにぼやけてしまった。
 フギトに口付けられたことで、だ。
 カサついた感触。
 口付けられたのだと頭が理解し、けれどもその理解が追いつかない間に、その端麗な顔はもう離れていたのだけれど。
 唖然としたアクタに、「気は抜けましたかな?」と何事もなかったかのように笑いかける姿は、いつもの腹の読めない好々爺そのものだ。

「抜け、は……、したが……

 唖然としつつも言葉を返したアクタは、腰を上げるフギトを視線で追う。
 いや、そんなことのために、態々?
「それはよかった」と穏やかに笑うフギトに、ああ、こんなご老体だったなど呆れが顔を出す。
 揶揄われたのだとわかって、先ほどまでの焦りはいつの間にか消え去っていた。
 敵わないな、と口元に苦笑が浮かぶ。
 さすが年の功という比喩と、やはりつい先程の行為が意外すぎて、思わず、

「あんたでもワザとこんなことするんだな」

 と、散らかしたままの書物など無いような足さばきで部屋の出入り口に向かう背中へと、言葉を投げかけていた。
「はて、それはどうでしょうか」と振り返り、ふふ、と彼が目を細め、微笑む。
 ――その微笑みがいつもと何か違うように感じられたのは気のせいか?





 * *





「は? おい? 爺さん?」と慌てたアクタを置いて部屋を出ていく。
 フギトは、遅れて着いてくるであろう足音に耳を澄ませながら、ひとつ、微笑んだ。
 唇に残った感触に、年甲斐もなく、沸き立つものを自覚しながら。