その人が来るのはいつも雨上がりで、湿った土のにおい立つ朝、残った雨だれのようにしんと立っていた。もしかしたらひと晩中、土砂降りに打たれているのでは、と思うほど濡れそぼっていて、体はいつも氷のように冷たかった。
晴れた日に来ればいいのに。そう口に出したことはなかったけれど、わずかな表情を読み取るのがうまい彼は「どうせ脱ぐのだから晴れても雨でも同じだろう」と笑う。
決まりごとのように抱き合い、体をあたためたが、どうやら彼にとっては、色欲とか、情愛とかいうよりは、衣が乾くのを待つ時間つぶしのつもりらしかった。
細い体をまさぐっている最中、ちらりとその顔をうかがえば、朝の光の中でぼんやり天井を見上げていて、ときおり「まだか」と独り言をこぼしたりする。だれかと情を交わして、快感に打ち震えているようには見えない。
「退屈しのぎならよそでなさってくださいね」
彼はきょとんとまばたきをした。
「なぜそうなる」
「僕に抱かれたくて来ているわけじゃないんでしょう?」
どこか気もそぞろな、よそ事を気にしている様子に気づかぬわけがない。ひとしきり熱を吐き出した後「僕だって暇ではないんです」と愚痴をこぼしてしまうほどには、面白くなかった。
伏羲は華奢な身に夜着をひっかけながら、心底なにを言われているかわからないと言いたげに首を傾げる。
「そういうおぬしも、わしになど興味はないのでは」
「ええそうですね。特に僕に興味のない師叔には」
別にそれでもいい。たまに会ってこうして欲を吐き出しあう相手であると割り切るなら、互いに都合がいいのだろう。ただ、あんなに雨に打たれて、あんなに冷たい体で、ここにやってくる理由を、知らないままなのはもどかしかった。
「まだ見ておらぬから、ということでどうだ」
ふとなにか思いついたように楊戩の髪をぐいと引いた。
「……なにをですか」
「おぬし、まだわしに全容を見せておらぬだろう」
「全容……? 半妖態ですか」
「それだ。半妖態ということは、まだ半分しか見せておらぬのではないか」
楊戩はため息をついた。なんだそれは。
「そういうのは人に見せるものではありません。そもそもなぜそんなことが気になるんです?」
「わからぬか」
「わかりませんね」
「つまらんのう」
伏羲は可笑しそうに口を尖らせてから、楊戩を覗き込む。ひらひら舞う蝶を見つけて追いかけまわす子供みたいな目だった。
「ではわしにも、おぬしに見せておらぬ姿があるといったら?」
「え……?」
「まだだれも知らぬ。王天君と太公望を足したものが、単純に王奕になり伏羲になるわけではないとしたら。それをまだおぬしが知らぬとしたら?」
のう、見たくはないか。声をひそめて囁かれ、楊戩は思わず彼の細い手首を掴んだ。
「ほら、気になるであろう」
「……見せてくれるんですか」
「おのれから見せる気にはならぬのは、おぬしも同じでは?」
打ち明けるほどの勇気もなく、孤独を飲み込むことに慣れすぎている。
「そんなおぬしをなぐさめてやろうと思うておるだけだ」
さっきとは違うベクトルの熱が、体の奥にわき上がる。人を食ったようなその人の、まだ知らぬ内側を、どうやってこじ開けてやろうか。
「もうそろそろ衣は乾いたかのう」
歌うように言いって褥から抜け出そうとする人の腕を引き、もう一度敷布に沈めた。
了
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