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夜桜の下
10年ぶりに発掘した翔太郎とフィリップ。ファング後。夜桜見物に行きます。
「この街には、夜桜見物という文化があるんだろう?」
桜を見に行こう。
突然そう言い出した相棒に、翔太郎は一瞬喜びかけ、それからわざと渋い顔をして見せた。
「お前、自分の立場分かってんのか?」
いつ、どこに追っ手が潜んでいるかも分からない。花見など、人がたくさん集まる場所にわざわざのこのこ出かけていくなど論外なのだ。だがフィリップはおもむろに分厚い本を開き、翔太郎がいくら目を凝らしたところで白紙にしか見えないページを指し示す。
「この街には、夜桜見物という文化があるんだろう?」
聞く耳持たずである。
天気を言い訳にしようにも、あいにく窓から見える空は雲ひとつない。あと何時間かすれば、気持ちのいい夜空が広がるだろう。
(花見日和には違いないんだよなぁ
…
)
これまでガレージに引きこもることが多かった。たまには気分転換に付き合ってやるのもいいかもしれない。
キラキラした瞳で訴えかけるフィリップをちらと見やって、翔太郎はため息をついた。
「
………
ま、ファングもいるしな」
花見といえば酒だ、と何をどう検索したのか、フィリップは一升瓶を片手にでかけようとした。
「おい、それはダメだろ! ってか、そんなもんどこで手に入れた?!」
「なぜだい、翔太郎? 花見には花見酒というものが必要なんだろう?」
「別に絶対じゃねぇし、お前はだれがどう見ても未成年だ!」
そんなやつが一升瓶を抱えて花見をしていたりしたら、翔太郎が逮捕されかねない。
でも
…
とフィリップが渋るのは、むろん、酒が飲みたいからではなく、単に「花見」という形式にこだわってのことだろう。結局翔太郎が折れて、一升瓶にコーヒーを注ぎ直し、翔太郎が持つことにした。
風都にもいくつか花見スポットはあったが、翔太郎が選んだのはその中でも比較的規模の小さい、どこにでもある公園だった。せめて、なるべく人の少ないところを、と考えてのことだったが、夜風がまだ冷たいこともあって、人影はまばらだった。
3歩ぐらい前を跳ねるように歩くフィリップの背中を見ながら、軽く身震いする。見上げる先には、暗い夜空に白く輝く桜の花。遅い春が影響してか、まだつぼみの枝も少なくない。
「ちょーっと時季が早かったか」
一人でそう呟いてみる。花見っていうともっとこう、散り際の、花びらがヒラヒラ舞ってるぐらいが、一番いいんだが。
それでも、これはこれで、フィリップがうれしそうにしているから、いいと思うことにした。
花見がどういうものなのか、フィリップが知っているわけではないし(検索はしたが、それは知識だけのものだ)、彼の歩調がいつもより何倍も軽く見えるのは、喜んでいる証拠だろう。
外に出る、というただそれだけのことでまるで子供のようにはしゃいでいることが、翔太郎には少し心苦しかった。厳密に鍵をかけて閉じ込めているわけではないにしろ(本心はそうしたい気分だが)、出歩くのは危険だと、口うるさく言い聞かせているのだ。
ふと、フィリップが一本の桜の下で足を止めた。ひときわ大きく枝を広げるその桜は、夜空を染めるように白い花を満開に咲かせていた。
何かを探すように空を、桜を見上げる。
どうした、と声をかけたが、フィリップは口を開きかけ、そしてまた噤んだ。
「
………
」
「フィリップ?」
「ここに」
桜の幹に両手をついて、フィリップは翔太郎を振り返った。
「僕は死んだら、この下に埋められるのかい?」
思わず言葉を詰まらせた翔太郎とは違い、フィリップの表情に悲壮感はなかった。桜を見に行きたいと訴えかけたときと同じ、期待に満ちたキラキラした瞳。
「
………
何言ってんだ、お前」
乾いた声でそう問い直した翔太郎に、だがフィリップは、遠慮のない口調で答えた。
「この町の住人は、人の死体を桜の木の下に埋めるんだろう?」
「いや、それ全っ然違うから!」
一体お前、何を検索したんだ!怒りとも呆れとも違う奇妙な感情が翔太郎の胸の内に湧き上がる。
「そんなことしたら犯罪だ!そもそも!」
きょとんとするフィリップに、翔太郎は諭すように語りかけた。
「
…
そもそも、お前を死なせたり、絶対にしないから」
翔太郎の言葉を反芻するように、フィリップはしばらく考え込んでいた。やがて、少し残念そうに頷いた。
「そうなのか」
「そうだ。忘れんな」
「
………
忘れない」
子供のように鸚鵡返しをした後、フィリップはもう一度残念そうに空を見上げた。
「ここに埋められるのは、とてもいいことなのだと思っていた」
「はぁ?」
「こんなに美しい場所に埋められるなんて、地球の中でもっとも美しい風習だと思わないかい?」
うっとりとした横顔に、翔太郎は、ああ、と思った。
フィリップはいま、桜に恋をしているのだ。
ほかのどんな感情も心の中に入り込めない。ただ、その存在に心を奪われている
――
。
桜の下の芝生に、背中に背負ってきたござ(ピクニックシートではなく。こんなところにまでこだわったのは、もちろんフィリップだ)をくるりと広げ、フィリップは満足げに頷いた。
「ここにしよう」
カップにコーヒーを注ぎ合えば、ささやかな宴席が出来上がった。
冷たい夜風が吹いて、コーヒーの中に花びらを一枚浮かべていった。
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