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太公望と普賢
旅立ちの朝
台詞のお題「貴方(入れ替え可)のそういうところが好き」をいただいて書きました。ありがとうございました!望ちゃんの話。
「言いわけはそれくらいにしようか」
晴れた日だった。
静まり返った一室の窓際で、太公望はぼんやり空を見上げていた。空はうっすら青く、白い雲がゆっくり流れているのが見える。窓の隙間からすべり込む風が冷たく、湿気を帯びて心地よかった。
ここ数日、あまり眠れていないのは、迷っているからだった。これから何をするべきかを考え、順序立てていく作業は、思ったより時間がかかった。なによりやっかいなのは、自分自身の決心がつかないことだった。
今日がその日だ、という気持ちと、まだ時期尚早であるという気持ちの間で揺れ動き、決められない自分自身にすら苛立つ。眠ろうとしても無意識に頭のすみで思考がまわりはじめ、いつの間にか眠気など霧散してしまう。気づけばしらじらと夜があけはじめていた、ということも、一度や二度ではなかった。
まだ早いかのう。呟くつもりもなかったそれが、ふと口をついて出た。
「じゃあ、いつになったら早くないのさ」
よく知った声が聞こえて顔を上げた。同期が、寝台わきのちいさな椅子に腰かけて、にこにこと笑顔を向けている。物腰柔らかなくせに辛辣さを隠さないのはいつものことで、やれやれと太公望はため息をついた。
「おぬし、他人事だと思うておるだろう」
「望ちゃんはなんで迷ってるの」
「それは
……
」
残す者に負担はないか、選ぶ道がほんとうに正しいか、答えの出ない疑問や悩みは山ほどある。優先順位をつけようにも、どれも同じ位置でひしめき合っている気がしてならない。選べないのだ。
「そういうときは、めんどうなことから片付けちゃえばいいんじゃないかな」
「めんどう?」
そうそう、と同期は笑う。
「ほら、道士のころよく広成子に言われたじゃないか。終わりが見えないものほど、まず最初に取りかかれって」
そうだったかのう、と首をひねったが、向けられた目は「ほんとうは決めてるんでしょ」と言いたげだ。何をやってもやらなくても、全方向から肯定されることはない。正解などないのだから。
「しかし、あの楊戩になんと言われるか
……
」
「言いわけはそれくらいにしようか」
それでもと言い返したつもりが、ぴしゃりと遮られた。
彼の指は窓の外を指している。横顔はりんと遠くを見ていた。
「出立には絶好の天気。出るなら早いほうがいい。
——
楊戩が起きてくる前にね」
苦笑して、重い腰を上げた。
いつもいつも余計なひと言が多くて、でもそのひと言に背を押されてきた。辛辣で遠慮がなく、気の置けない、唯一の、
「おぬしのそういうところが
——
」
言いながら振り返った。さっきまで座っていた椅子に姿はなく、ただしんとした部屋に、朝の冷たい空気が満ちている。深く息を吸いこみ、一瞬だけ目を閉じてから、部屋のすみで眠る霊獣をそっと揺り起こす。
「スープー、起きろ。旅に出るぞ。太上老君を探すのだ」
いつ帰れるかわからない旅の一歩を、同期はきっと手を振って見送るにちがいない。
(そういうところが)と、もう一度呟いてから窓を閉めた。
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