白魔

雪女パロの伏羲と普賢です。殺伐としている。

「きみが殺したの」

雪の多い冬だった。
村で一番の長老が「こんな雪は見たことがない」というほどだった。それがどれほどのものか、普賢にはわからなかったが、来る日も来る日もやむことのない厚い白に、ため息をつかぬ日はなかった。
とうに親はなく、粗末なあばら家で祖父と二人で暮らしていた。山へ入っては薬草や茸を取り、払った枝を薪にして村で売る。贅沢はできぬが、つつましく静かな暮らしは、だが嫌いではなかった。
その日も祖父は山へ行くと言った。大雪だからといって食べ物が降ってくるわけでもなかろうという言い分に、普賢も頷いた。慣れた山道をいつものように歩いたが家を出たが、はたして雪はどんどん強くなり、しまいには来た方角すらわからぬようになった。
どこかですこし休もう、なに、朝になればすぐに帰れる。祖父はそういって近くの炭焼き小屋に身を寄せた。普賢も黙って従った。
小さな火を焚き、やがて祖父が寝息を立てはじめた。深い雪の中を歩き疲れたのだろう、普賢もうとうとと眠りにつきはじめたころ、ほんのわずか、なにかの気配がして目を開けた。
しっかり閉じたはずの戸口が開け放たれていた。薄闇の中、外の白い雪と対照的な黒い衣を着た者が立っていた。それは祖父のそばで膝をつき、音もなく手をかざした。
そして、こわばって動けない普賢のもとに、それはゆっくりと歩み寄った。
「あの男はすでにこと切れていた」
——きみが殺したの」
「残念だが、そうなる運命であったから」
春先に川の氷にひびが入るのに似た声だった。
「おぬしはあちらに行くのは早い。わしが生き永らえさせてやる」
起きようとするが体が動かない。
「わしのことはだれにも話すでない。もし話してしまったら——
そこからの記憶はない。気がついたときにはあたりは明るくなっていた。
普賢は探しに来た村人たちによって助け出され、一命を取り留めた。
祖父は帰らぬ人となったが、それはわかっていたことだった。あのとき祖父の絶命を知らせた男がだれなのか、わからぬまま普賢はまたいつもの暮らしに戻った。


雪がとけ、春が来て、幾度目かの冬がやって来た。あの年のように雪深くなるだろうと、だれかが噂していた。普賢は淡々と日々を過ごし、冬に向けて食べ物や薪を備えた。
日に日に雪は厚くなった。世界中の音を集めて凍らせたみたいに昼も夜も静かだった。
小さくあけた窓から白を見つめて、普賢はあの日出会った男を思い出していた。うすぼんやりあかるい雪の中の、墨を落としたみたいな黒い衣は、一日たりとも忘れたことはなかった。けっしてだれにも話すなという約束も覚えている。話してしまったら、どうなるんだろう。あちらに連れていかれてしまうんだろうか。

ゆらりと火が揺れた。小さく戸を叩く音がした。わずかに開けて外を見れば、ひとりの男が雪にまみれて立っていた。
普賢は目をみはった。——あの男だ。祖父を手にかけた、あの。
「山を越えるはずが、この雪で道に迷ってしまった。一晩だけ泊めてもらえぬだろうか」
普賢は黙って招き入れ、囲炉裏のそばをすすめた。男はありがたい、と頭を下げ、火に手をかざした。温かい白湯を差し出せば、うれしそうに目じりを下げる。
「こんな日に旅など無茶をなさる。雪はしばらくやまないので、やむまでここにいてください」
そう言うと、男は夜の闇のような目で普賢を見つめた。
「迷惑はかけられぬ」
「無理して出立して、命を落とすほうが迷惑だよ」
男は頷いた。
「それならわしができることを手伝おう」
雪がとけ、春になり、また次の冬がやってきても、男は普賢のもとに居座った。
男は薪割りから火起こしまで器用にこなし、話し上手で、釣りをたしなんだ。そのへんに放ってあった木の切れ端で彫る椀や箸は実に見事で、村で高く売れた。村人と打ちとけ、頼まれごとを引き受けた。まるで昔からそこにいたように、いつもみなの笑いの真ん中にいたが、ふと見せる横顔に、あの日の夜の昏い目が潜んでいるのを、普賢は見逃さなかった。
まちがいなく、この男はあのときの男だ。あの日、祖父を失った、そしてこの男によって命拾いをした。こうしてまたやって来たということは、今度こそあちらに連れていくつもりだ。絶対に話すなと言ったそれを、普賢がふとこぼしてしまう瞬間をじっと待っている。それなら
「望ちゃん。きみは——
言いかけ、普賢は男をじっと見た。
「どうした」
問い返されて、普賢は首を横に振った。今ではない。きっと、もう少し先だ。
「なんでもない」
男は目を細めた。
「ああ、明日からまた積もりそうだ」
窓の外に、またあの厚く冷たい白が降りはじめたのが見えた。