食いしんぼうの神様

「腐れ縁」の望普。伏羲になってしまいました。

「おいしいって聞いたから」


街で人気の老舗の中華料理店だった。
遠く県外から足を運ぶ客も多く、休日のお昼時は順番待ちの長い列ができるほどだった。
彼がやってきたのも「特に桃饅頭や月餅など、甘いものが最高においしい」と耳にして、それほど評判であるなら行ってみようと思い立ったからだ。開店前の行列に辛抱強く並び、いよいよ順番がやってきて、店員が申しわけなさそうに頭を下げた。
「すみません、混みあっておりまして、おひとり様には相席をお願いしています」
後ろを見ればさもありなんという数だ。そういう事情ならと快諾して、ようやく窓際の席に案内された。
先客にかるく一礼して向かいに座り、渡されたメニューに目を通す。まずは麺類を頼もう。最後に絶品だという甘味をいくつか、
「あれえ、望ちゃん」
少々間の抜けた声がして顔を上げ、言葉を失った。青菜の炒めものやシンプルな炒飯に、いまにも箸をつけようとしていた人が、屈託ない笑顔を向けている。
あらためて確かめるまでもなく、その名で呼ぶのは一人しかいない。
「普賢……なんでここに」
「おいしいって聞いたから」
「いや、そういうことではなく」
「あ、待ってる間に望ちゃんもどう?」
小皿を差し出されてめまいがした。千年以上連絡もしなかったのに、まるでついこの前まで会っていたみたいな調子で「久しぶりー」と笑う。
夏休み明けの中学生か。
「まあ、いろいろあってさ」
普賢はもぐもぐと炒飯をほおばりながら、なんだかとてもうれしそうだった。
「それはとりあえずおいといて、せっかくだからおいしくいただこうよ」
なにか言い返そうとしたが空腹には勝てない。ニラともやしの焼きそばを注文してから、普賢に分けてもらった青梗菜に箸をつけた。腐れ縁も運命と受け入れるしかない。
店内は満席で、あちこちで注文を取る声、追加を頼む人の声でにぎわっていた。ちまちまと小皿をつつきながら、ちらりと上目遣いで向かいを見れば、普賢もにこにことこちらをうかがっている。
「で?」
どうせ教えてくれないだろうと思いつつもう一度訊ねる。普賢はしばし考えてから
「おいしいものを食べたくなって」
「おいしいもの……?」
「望ちゃん。神様って、おなかすくんだよ、ものすごく」
嘘つけ、と言いかけてやめた。普賢の目は真剣で、嘘なんかついていないのがわかった。肉体のない神に人間的な身体感覚があるわけがないので、これがどういう現象なのかわからないけれど、この真面目な神はおそらく、見知らぬだれかの身体感覚を受け止めている。この食事が終わったら、またどこかに手を差し伸べにいくんだろうか。
「もしかしたら人が神様にお供えをするのは、そういう理由もあるのかもしれないね」
「んなわけあるか」
二人で笑い合っていると、焼きそばが運ばれてきた。香ばしい香りに「望ちゃんもおなかすいてるでしょう」と普賢が声を弾ませる。そうだ、ものすごく空腹だ。だれかとこうして分け合って食べると、いつもより何倍もおいしいと、何百年ぶりに思い出してしまったくらい。
「あとで甘いものも頼もう。このお店、蓮の実の入った餡がすごくおいしいんだって」
「あー、ゴマ団子以外で」
すみませーん、と食いしんぼうの神様が手をあげた。