風向き

韋護が道行天尊の弟子になる過去捏造話。

「珍ちいというか……断られまちた」

仙人になるには仙人骨がなければならない。その確率は非常に稀で、仙人骨があるかどうか、普通の人間が見分けるのは困難である。突然変異もしくは遺伝によって決まるため、仙人道士の血筋であるとわかればわざわざ仙人界から確かめに来る。場合によっては生まれる前から「無事誕生したあかつきにはぜひともわが山へ」と両親に申し出る仙人もいる。それというのも、仙道の修行は厳しく、費やす時間もたいへん長大であるため、幼いうちから環境に順応させるためである、とされているが、つまるところ、成長してからでは探しにくいため、物心つかぬうちに連れてきてしまったほうが手っ取り早いという理由もあった。実際、道士のほとんどが、成年を待たずして昇山している。
「であれば、あやつはそうとう珍しい例ではないのか」
太公望に訊ねられ、道行は「そうでちゅねえ」と首を傾げた。窓の外はすがすがしい青空とゆったり流れる白い雲。一見、のどかな雰囲気ではあるが、この「船」が向かっているのはまだ見ぬ敵の本拠地である。
「珍ちいというか……断られまちた」
「断った?!」
「三度ぐらいでちたかね」
またなんで。驚く太公望に、道行は「あの子にはあの子の事情があったんでちゅよ」と笑った。

先の大戦の際、太公望と普賢のチームにサポートとして駆け付けたのは道行天尊の弟子の韋護で、楊戩や哪吒とともにたいへん力になってくれたと聞いた。仙人界に来て日が浅いというわりにそこそこ年を重ねていて、実力があるならもっと早くにスカウトに行っていたのでは、と太公望は言う。
「はー……断る者もおるのだな」
「断ること自体は珍ちくはないんでちゅがね。三度断った末に自分からやってきたときは驚きまちたねえ」

仙人骨をもった人間がいると情報を得て、はじめて地上に赴いたとき、まだ彼は少年だった。質素な身なりをしていて背中には赤ん坊を背負っているが、たしかに仙気を感じる。鍛えればそこそこの道士になるにちがいない。
「仙人?」
不思議なものを見るような目で、彼は道行を見上げた。山間の山村では仙道に出くわすこともないから、実際不思議だったのだろう、しばらく考えてから「……よくわかんねえな」と道行の後ろを指さした。
「これから森へ子守りに行くんだ。帰ってからでもいいかい」

「そう言うので、ずっと待ってたんでちゅけど帰ってきまちぇんでした」
道行はしみじみと話す。うまいこと言って逃げられたのだとわかったのは三日後だった。
二度目は「川へ洗濯を乾かしに」
三度目には「親がどっちもいなくなっちまったから、お役をつとめなきゃなんねえ」
行くたびに増える小さな弟や妹が、まだ彼の足にたくさんまとわりついていた。かいがいしく世話をする様子を見て、道行は諦めた。
残念だが彼の人生でいまもっとも大切なのは幼い弟妹の世話なのだろう。「達者で暮らせ」とだけ言いおいて、道行は崑崙山へ戻った。

仙人骨がある者などそう多くないし、さて今度はいつ見つかるやらと思っていた、ずいぶん経ったある日
「ここが道行天尊のうちかい?」
入口からひょっこり覗き込んだ顔に、道行は思わず持っていた箸をぽとりと取り落とした。韋護はにやりと笑って見せる。長い前髪の奥にどこかいたずらっぽい目が見えた。
「弟子になりに来てやった」
うちの弟子にと望んで、断られても足を運び、成長を見守ってきた。たくさんの弟妹に囲まれ、仙人のことなどすっかり忘れて人としての一生を全うするなら、幸せになってほしいと祈っていたのだ。
道行は無言でふわりと浮かび上がった。自分よりもずっと背丈の大きな弟子と、真正面から目を合わせ、
「さっさと来んかいボケー!!」

「要するに、弟や妹がそこそこ成長したからということなんでちゅかねー」
結局、詳しいことは聞かぬままだし、どんな心変わりがあったのか、そもそもあそこからどうやって自力で崑崙山に来たのかも不明だ。相変わらず怠け者ではあるが、それでも最初に感じた伸びしろは勘ちがいなどではなかったと、師匠としては自負している。
「ではもっと早く来ていればもっと伸びておったかのう」
太公望が茶化していうと「それはどうでちゅかね?」と道行は澄まして答えた。
「ボクを三度待たせからこそ、あの子はあの短期間に伸びたと思いまちゅよ?」

何やら大声が聞こえた。どこかで道士たちが大騒ぎしているらしい。噂の弟子もその中にいるようだった。
「まったくあやつら……
「好きにさせておいていいのでは?」
「あー……さすがにそういうわけにはいかんだろう」
濃い青空を、大声に驚いた鳥たちが羽ばたいていく。二人はやれやれと苦笑しながら立ち上がった。