明朗快活で情に厚く、朝から晩まで泣いたり笑ったり喜怒哀楽の波が大きいのが、うちの弟子のいいところでもあり、めんどくさいところでもある。そう思っていた雲中子だったが
「今日はなんだか一段とやかましいね」
深夜、寝室から血相を変えて転がり出てきた雷震子に、とりあえず白湯を差し出した。ぎゃあぎゃあとわめきながら湯呑を受け取って、それがとても熱かったのでまたぎゃあぎゃあとわめき、それでもなんとか飲み干してから、
「おばけがいた!」
「おばけ……?」
「そう! 窓の外!」
「そんなもの……(いつ生成したやつだっけ)」
記憶をたどろうとしたものの、心当たりがありすぎる。弟子はそれには気づかず、どうにかしろよとがしっと袖を掴んだ。
「きみ、案外小心者だね?」
「っざけんじゃねえ! てめーが鈍感なだけだろう!」
「正体もわからないのになにをそんなに怖がるんだい」
「わかんねーから怖いんじゃねーか!」
わけがわからない。正体不明ならまずは正体をあばきたいじゃないか。だってあの子もそうだし、あいつもそう言うはず。数人の顔を思い浮かべたけれど、どうやらこの子はちがうらしい、という理解に落ち着くまでに数秒。
「要するに」
空になった湯呑を受け取って、雲中子は弟子に訊ねた。
「私におばけ退治をしろと?」
「だからさっきからそう言ってんだろ?! 早く追い出してくれ!」
それならそうと早く言ってくれればいいのに、という余計なひとことを我慢したのは正解だったと思う。これ以上やかましくなるのは勘弁してほしい。
そういうわけで件の部屋に向かった。
雷震子は白衣の裾をギュッと握りしめ、背中に隠れるように肩越しに様子をうかがっている。なんだかいつの間にか私より背が高くなっているような。そういえば成長期だったなと、しみじみ感じ入りつつ明かりを掲げてみた。廊下のむこう、光の伸びた先の突き当りで扉があけっぱなしになっている。慌てて出てきたのだろう。
部屋の窓の外で、何かがうごめいているという。さて、と雲中子は考える。
洞府のまわりは切り立った崖で、泥棒が忍び込むなら命がけだ。そもそも盗みたくなるようなものがあるわけではないし、ここになにがあるか知っている者もごく一部。
だとすると、(あれか)
「おーい。そこにいるのか」
「バカじゃね?!」
「怖いなら黙ってなよ」
半泣きの弟子を静かに一喝してそろり、そろりと一歩、近づく。背後でぴったりくっついてがたがた震えている弟子がうっとうしい。
「雷震子」
低く呼びかけると、腕を掴んだ手にいっそう力が入るのがわかった。
「私がいいというまで目を閉じていなさい」
「はあ?!」
「早く!」
奥でガサリと音がした。高い悲鳴を上げながら雷震子は背中にしがみつく。いいタイミングだ。にやりと口の端を上げて、雲中子は「それ」の尻尾を掴んだ。
「それで?」
おだやかな朝の光にそぐわぬ仏頂面で、弟子は雲中子を睨んだ。
夜中に大取物をしたあげく、ひと晩かけておとなしくさせたのだ、すこしは感謝してくれてもいいと思う。
「なぜそんなに気を悪くしているんだい。きみが言う通り『おばけ』を捕まえてやったのに」
「だから! なんでこんな得体のしれないもんがここにいんだよ!!」
「得体がしれないとは心外だ。これは螭吻といってれっきとした合成生物……」
「得意げに言ってんじゃねえ!!」
ちらりと背後の檻を見れば「それ」はぐっすりと眠りこけている。竜のような魚のようなその不思議な生物は、ずいぶん前の実験の折に偶然生まれた産物だったけれど、いつのまにか姿を消し、仙界の空をさまよったあげく、よれよれになってたどりついたのがたまたま雷震子の部屋だったらしい。
「おばけの正体もわかったのだし、明日からはきみもよく眠れるだろう」
なんだか納得いかないというように口をへの字に曲げていた雷震子はやれやれと頷いた。
「……まあ……そうだな」
雷震子は檻にそっと手を伸ばして、眠っているそれを撫でた。あれだけ怖がっていたのに現金なものだ。まあそれならそれで、ちょうどよかった。
「というわけで、今日からこの子の世話はきみの仕事だから」
「だから! 勝手に決めてんじゃねえよ!!」
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