祝杯

文字書きワードパレットから「金のがちょう」親切に・くっつく・笑う、を太乙さん周辺で。ありがとうございました!
「泣いたんだよ」

すっかり夜も更けて訪ねてきた太乙はやけに上機嫌で「酒でもどう」と酒瓶を差し出した。
就寝の準備をしていた普賢としては、酒が飲みたいなら自分の洞府でどうぞという気持ちもあったのだけれど、こんなにいそいそと楽しそうなのも珍しいので、それならと便乗することにしたのだった。
酒器をひと揃い卓に並べ、思い立って庭木からひと枝、梅の蕾を切って箸置きにした。ささやかな酒宴のしつらえに、太乙はすごいと小さく拍手をして、酒の封を切る。
「哪吒がさ、」
酒をとくとくと注ぎながら、待っていられないという調子で口を開いた。
「泣いたんだよ」
「泣いた?」
「まあ正確には、太公望に泣かされたんだけどね」
なみなみと注がれた杯を受け取って、普賢は目を丸くする。
「望ちゃん……ああ。会ったんだ」
大きな任務を背負って地上に降りた同期からはその後、一度も連絡がないけれど、地道に味方を集めているのだと、親切な仲間から聞いていた。きっとその一人が、目の前の仙人がつくった宝貝人間なのだろう。
それにしてもわが子(宝貝とはいえ)が泣いて喜ぶとは。
「すごいことなんだ、これは」
手酌で注いだ酒を舐めてから、太乙は興奮気味に語る。
「宝貝としての性能はもちろん想定して造っているけれど、人として当然持ちうる感情については未知数だった。これは私の領域じゃないから、李家で育つうちになんらかの刺激を受けてくれればいいとは思っていたんだ。でも予想以上だよ」
うれしそうに杯を空にした太乙に、こんどは普賢が酒を注いだ。
宝貝は仙人の力を増幅させる兵器だけれど「自分で考えて自分で攻撃する宝貝」なんていうものを造りたがった人が、人としての感情というものに、ここまで喜ぶ理由がわからない。
「感情はないほうがいいのでは? 戦闘の邪魔になる」
恐怖を覚えて足がすくんだり、動揺して標的を見誤ったりするのは、作戦遂行に圧倒的に不利だ。だから戦場ではつねに平常心が求められる。感情が昂って泣く、なんていうのはもっとも排除したいものの一つなんじゃないだろうか。
そうだねと太乙は笑った。
「ただ言われた通りに攻撃する宝貝なら、それでいいんだけどね。私が求めているのはその先」
「先?」
普賢は首を傾げる。
「攻守の判断まで、できるといいなと思ってる。たんなる攻撃力に長けた宝貝なら、なにも人間に産ませるなんて回りくどいことはしないよ」
乳児の頃の「泣く」は生きるための自己主張だ。成長とともに、自分と自分以外の立ち位置を俯瞰し、社会的、時間的なつながりを理解する。そこに生まれるさまざまな感情——好き、愛してる、嫌い、苦手、もどかしい、苛立つ、悔しい、悲しい、それらの発露の先に「泣く」という行為があるのなら、きっと哪吒はこれから、複雑で豊かな感情を体得していくだろう。そして大切ななにかを自分で見つけ、守るために戦うことができるようになるかもしれない。
「なるほど」と普賢は頷いた。
「自分で考えて自分で攻撃するって、そういうことなんだ」
「すごいだろう」
得意げに胸を張るけれど、きっとこうして夜更けに酒をもってやってくるほど思いがけないことだったのだ。もう何回目かわからない手酌で杯を満たしながら、太乙は「きっとその日は遠くはないよ」と呟いた。
「いつまでも私がくっついてまわるわけにはいかないからね。遠い未来に私がいなくなっても、そうして大切ななにかを守れる者であってほしい。親心ってやつかな」

「望ちゃんのおかげだね」と普賢が笑えば「私の自信作だからさ」と太乙も笑う。
そして残り少なくなった酒を惜しみながら、彼らの邂逅について、語り明かした。