猫をよろしく

子猫が望ちゃんで飼い主が普賢のパラレル。両片想いにはなりませんでした。

「よろしくね、ぼうちゃん」

わしは猫である。
名前はまだないが、あやつはわしを「ぼう」と呼ぶ。あやつというのはここのところ、わしの面倒を見させてやっている人間のことで、アパートの2階の東側の部屋に住んでいる。

あやつと出会ったのはわしが今より幼かったころだ。いなくなった母親を探して地面を這いまわっていたところを拾い上げたのがあやつだった。
「生きてる? 大丈夫?」
うっすら目を開けた先で、心配そうにのぞき込んでいる。人間に対する警戒心を抱く前に、わしは悟った。こやつはわしと暮らしたがっている。
それから部屋に連れて行かれ、あたたかいもので洗われ(これは最悪ながら快適な記憶だ)やわらかなもので包まれて眠った。目を覚ましたとき隣でまだ眠っている天使のような寝顔を、今も覚えている。
「僕は普賢。よろしくね、ぼうちゃん」
部屋の隅に箱が置かれ、そこがわしのすみかとなった。普賢は毎日水を換え、食べ物を与え、かいがいしくわしの世話をした。ときどきわしが喉を鳴らすだけで、普賢はとろけるように笑う。そうそう、それが見たくてわしはおぬしの足元に擦り寄るのだ。
普賢は朝早く出かけ、夜帰って来る。毎朝、名残惜しそうに「お留守番していてね」という普賢だが、もちろんわしは引き留めたりなどはしない。「ここはわしに任せておぬしは行け」と堂々と送り出すのも主人の役目なのだ。

こんな毎日が永遠に続くと思っていたある日、帰ってきた普賢は大きなため息とともに床にぺたりと座り込んだ。どうした。なにがおぬしをそんなに暗い表情にさせるのだ。動かない普賢の膝に乗り、頬を撫でてやれば、普賢は電気もつけないまま困ったように笑った。
「ごめん、ぼうちゃん。僕はひっこさないといけない。猫と人は一緒に暮らせないんだって。だからもうすぐおわかれだよ」
ひっこす? どういうことなのかわからないが、それが普賢を悲しませていること、そしてこの暮らしが終わるだろうことはわかった。
こんなにわしのことが好きなのに、おぬしそれでよいのか?
それから毎晩普賢は布団の中にわしを招き入れ抱きしめて眠った。暑苦しかったけれど、それを普賢が望んでいるなら、いくらでも一緒にいてやる。頬を寄せると普賢もうれしそうに何度も背を、頭を撫でる。
「きみを大切にしてくれる人はちゃんと探してあるから大丈夫」
そう呟いたが、そんなのはどうでもよかった。
晴れた寒い日の朝、普賢は部屋のものを片づけはじめた。わしは邪魔にならぬよう、箱の中で丸くなって眠っていた。ほかの椅子や机をすべて運び出しても、普賢はそのまま最後まで残してくれた。名残惜しいのだろう。その気持ちは痛いほどわかる。
慌ただしい物音を聞きながらうとうとしていたとき
「この子がぼうちゃんだよ」
両脇を持ち上げられ、差し出された先に、なにやら眉間に皺を寄せる人間がいた。誰だ、これは。
「これをなんとかしろと?」
「だって、他に頼める人いなくて。ちゃんと世話をしてほしい」
普賢は残念そうに呟く。
「転勤先は動物禁止なんだって。だから頼むよ、望ちゃん」
うーむと唸ってから、その人間はわしを普賢の手からひょいと抱き上げた。勝手になにをするのか。
「それはよいとして、なぜこやつがぼうちゃん?」
「だって望ちゃんに似てたから」
「どこが……
「うーん、なんか、淋しがり屋のくせにえらそうなところ」
「望ちゃん」に抱きかかえられたわしに、普賢が淋しそうに笑って頬を付けた。
「ときどき遊びに行くよ。だからお利口にしていて」
トラックの助手席で手を振る普賢を見送った。トラックが見えなくなってから「望ちゃん」は「さて」と息をつく。
「わしは普賢のように甘やかしたりはせぬ。せいぜい自立した猫になれ」
普賢に言われたことを忘れたのか。おぬしはわしをちゃんと世話するのだ。
喉の奥で低く威嚇してみせると「なるほど」とにやりと笑う。
「わしに似ているというのは、あながちまちがいではないやもしれんのう」
普賢が戻ってくる頃までには、おぬしを手懐けてやらねばならん。覚悟しておけ。
自信満々の「望ちゃん」を見上げて、わしはそう心に誓った。